第一章 2話 「一つの始まりと,一つの決戦」
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※詳しくは12話をご覧ください
少年は、薄汚いズタボロの服を着ていた。彼の衣類は、それだけだった。本来なら美しいはずの金髪は、ろくに散髪もせず、放置しているせいでボサボサ。当然頭もほとんど洗わないせいでノミだらけ、フケだらけ。当然、周りからの視線は厳しかった。街を出歩けば石を投げられる。食べ物を買いに行っても、もらえるのはカビの生えた固いパンだけ。
少年の名前を、ここで語ることはできない。もうすでに、この世界に幼い彼の名前を知るものはいない。
買い出しから戻る途中に何不自由なく育った体格のいい同年代の少年たちに囲まれ、暴力を振るわれることもしばしばだった。幾度となく、彼は街の石畳を舐めた。
そんな少年には、ただ一つの得意技があった。それは、嘘をつくこと。彼の嘘は完璧だった。一度彼が隠し通そうと決めれば、誰もそれを暴くことはできない。無論、怪しまれることは多々あるものの、誰も証拠を見つけられないのだ。
だから、カビの生えたパンがいやで、焼きたてのパンを盗んだときも、泥水を飲みたくなくて水売りから水をかすめ取ったときも、見つかりさえしなければ逃れられた。
彼は、決して嘘が好きだったわけではない。全ては、大好きな母のため。母は貧しく、自分を育てていくのでやっとだった。
母はこんな過酷な状況にいるにもかかわらず、とても優しかった。
特にいうこともないある日。彼はある紙切れを見つけた。
「学生・・・・・・募集?」
それは、名門校の出した学生募集の案内だった。
ーそうだ。学校に行けば、まともな仕事に就ける。そうすれば、お母さんを助けてあげられる。
少年は、賢かった。すぐさま、母に自分の計画を話した。目的こそ言わなかったものの、母はそれとなく少年の心を見透かしていたらしい。少しだけ寂しそうな目をした後、母は少年に言った。
「いい?学校に入ったら、まずはお友達を作りなさい。友達は、助け合うもの。だから、あなたが困ったときには頼ればいいし、頼られたらきちんと手伝ってあげるの。友達をだますようなことをしちゃだめよ。一回壊した信頼は、作り直すのが難しいんだから。わかった?」
少年は、まだ子供。母の思いを全てくみ取ることはできなかったが、勢いよくうなずいた。
それから、少年の奮闘が始まった。使える物は、何でも使った。町中を駆けずり回って落ちている新聞を集め、読み、それをまねて書き、廃棄された数学の問題をひたすらに集めて解いた。白い石が鉛筆代わり、地面が紙の代わりだった。彼の住む路地は,文字で埋め尽くされて真っ白になっていった。寝るときと、食事の時間以外を全て勉学に費やした少年は、いつしか教養のある大人に負けないほどの知識の持ち主になっていた。
髪を整え、捨てられていた黒い服を繕って着ると少年は誰かわからないほどに見違えた。
その姿で学院の入学試験へと参加しても、誰一人として彼を最底辺の下民だと思う者はいなかった。
試験を終え、家に着くと少年は母にそのことを伝えた。母は、まるで自分のことのように喜んでくれた。
ところが、その夜。不運とは、往々にして突然訪れるものである。
少年と母は、いつものように路地裏でぼろ布にくるまって、横になって眠っていた。普段は、そこを通ろうとする者はほとんどいない。いるとしても少年たちと同じような境遇の者たちだけである。
ところが、その日は違った。偶然。そう、小さな偶然の重なりが、この物語を生んだ。
偶然、その近くの舞踏会場で、宴会があった。偶然、ある貴族が自分の分の馬車を呼ぶのを忘れた。偶然、その貴族が道を一つ間違えた。そして・・・偶然、その貴族がつまずいたのは少年の母親だった。
その貴族は、極端な潔癖症でもあった。汚らしい下民につまづき、自分が地を這っている。そんな状況が、その貴族はどうしようもないほどに許せなかったようだった。
少年は、知らない男がひどく激昂して喚いている声を聞き、目を覚ました。
ちょうど、母が連れ去られていくところだった。少年は必死に手を伸ばしたが、ついに彼は母の手をつかむことはできなかった。彼の幼い心に、確かな炎が灯った。
その炎は、暗く、深淵から来るものであった。それは、復讐の衝動に他ならない。
その炎はやがて彼自身をも焦がし、破滅へと導くものだというのに、彼はそれに気づくことができなかった。その翌日、学院から試験合格の通知が届いた。
9月。学園での生活が始まろうとしていた。髪を整え、全てをその整った表情の奥に押し込めて、彼は学院の門をくぐった。
自分の教室へ向かい、廊下を歩いていると少年は何かが落ちていることに気がついた。
それは、手の込んだ飾りのついた高そうな髪留めだった。いつもの癖で、彼はそれをさりげなくポケットに放り込んだ。
しばらく歩き、大した苦もなく自分の教室の前にたどり着くと・・・この学院の地図は一通り頭に入っていた・・・扉の前で一人の少女が涙ぐんでうずくまっていた。
ー学院での地位を手に入れるためにも、誰に対しても優しく接する。
そう考え、少年は声をかけた。
「どうしたの?何かあった?」
肩を一瞬震わせ、少女は澄んだ瞳を彼に向けた。
「だあれ?」
「僕は■■■■。君は?」
少女はしばらく困惑したようにこちらを見つめていたが、やがておずおずと口を開いた。
「あたし、アメリア。アメリア・ロンド。」
そう言って、彼女は言いにくそうに続けた。
「どこかに、髪留め落としちゃったの。お母様からもらった、大事なものなのに・・・・・・」
そう言って、アメリアは再びうずくまってすすり泣いた。少年はふと、先ほど拾った髪留めを思い出した。いつもならば知らん顔で持ち去り、後で売りさばくところだったのだが。
今日はなぜかそういった気分ではなかった。
「これのこと?」
そう言い、ポケットから髪留めを取り出す。途端に、少女は目を輝かせてうなずいた。
「そう!それ!ありがとう!」
頬を上気させて髪留めを抱きしめ、涙を流す彼女の姿に少年は少しだけ微笑んだ。
それが、彼とアメリアとの出会いだった。
◇
耳鳴りがして、周りの景色が回るような錯覚に襲われる。吐き気がこみ上げてきて、雷は思わず手で口を覆った。ぽん、と胸に手を当てられ、はっと我に返る。そうだ。ここは学校だ。今倒れたらいろいろとまずいことになる。遠のきそうになる意識を胸に押し当てられた手のぬくもりに集中し、なんとかつなぎ止める。
「毒が入れられたって言ったよね?解毒の方法は、あるの?」
その問いに、彼女はゆっくりとうなずいた。
「わたしが、魔法で毒を取り除いて、別の場所に移すことはできる。でも、それには大きな代償が伴うの。」
そして、雷の目をまっすぐに見つめた。
「・・・・・・わたしが、その毒を肩代わりすることになるから。」
雷は驚愕のあまり目を見開いた。
「そんな、駄目だ。そんな危険なこと、もしも本当にしたら・・・・・・」
「まず間違いなく、わたしは死ぬ、だろうね。別に、毒に耐性があるわけじゃないし。」
しばらく、二人は黙ったまま考え込んでいた。やがて、雷が口を開いた。その方法をとるなんて、どうかしていると自分でも思う。でも、これしかない。そう思った。
「毒を浄化しよう。」
「えっ、でも・・・・・・わたし、・・・」
そこまで言って彼女もようやく気づいたようだった。
「まさか、雷くんが毒を吸収するつもり?そんな、無茶だよ!」
「いや、もし毒を吸収するなら、僕じゃないと駄目だ。君にはそんな危険なことはさせられないし、他に自分から毒を喰らってくれるような人もいない。だったら、僕がやるしか・・・!」
それを聞いて、愛美は血の気の引いた唇の端を少しだけ上げて微笑んだ。
「その手段を取るとしても、雷くんは死なせないよ。わたしが、治療魔法で治すから。」
ーなんだ、じゃあ大丈夫じゃないか。
と、そこで雷はふと考え込む。そんなことができるのなら、なぜ自分で吸収した毒を自分で治療しないのだろうか。それを愛美に聞くと、彼女は哀しそうに笑った。
「治療魔法、治癒魔法はね、自分に使うことはできないの。」
いくら魔法でも、万能というわけではないのだ、と彼女は俯きながらもはっきりとした声で語った。それに、毒そのものを中和、治療するにも時間が足りないという。
「じゃあ、どうするんだよ。このままじゃ、みんな毒でやられるんじゃないか?」
驚きがおさまり、次第に怒りがわき上がる。ところが、そんな雷とは対照的に愛美はまるでいたずらをする前の子供のような笑みを浮かべた。
「ちょっとずるいやり方だけど・・・みんながお弁当を食べられないようにしたらいいんじゃないかな。」
「どういうこと?」
「雷くんの顔の傷、わたしが【偽装】で治ってないように見せてるでしょ?それの逆で、お弁当を全部、痛んでるように見せればいいんだよ。匂いとかも、魔法でごまかせるからね。」
「じゃあ、僕は何をすればいいんだ?」
愛美は少しの間考えていたが、やがてぽん、と手を打った。
「雷くんは、『おいみんな、弁当がなんか匂うぞ!』みたいなことを言ってくれるかな?」
眉をしかめ、雷の声まねをして見せた愛美がなんだか妹のようで、雷は思わず笑ってしまった。
すると、愛美は不満そうに顔をしかめた。
「・・・・・・何?」
「いや、妹そっくりだったからさ。」
そう言うと、愛美はぷっと頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
「・・・・・・ごめん。」
雷が謝ると、愛実は首を大きく横に振った。
「もしも家族なら、わたしがお姉ちゃんでしょ!」
「いや、そこなんだ?」
雷は思わず突っ込んでしまった。
「一番大事なところだもん。だって、私の方が大人っぽいもん!」
そう言って唇をとがらせる愛美の方が、ずっと子供っぽい。こうして彼女と話していたいのはやまやまだったが、しかし、こうしている間にも昼食の時間は近づいてきている。そこで、雷は愛実に言われたとおりの芝居を打つことにした。
全員分の弁当を保管している冷蔵庫のところに一番に行き、開け放つ。
「『偽装』」
後ろからかすかな声がしたその瞬間、お世辞にも美味しそうとは言えない匂いが漂い始めた。
「おい、みんな、大変だ!弁当から変な匂いがする!」
途端にみんなが集まってきた。
「うわ、本当じゃん!」
「これじゃあ昼飯食えねえよ・・・・・・」
「本当に全部痛んでるの?どれか一つくらい・・・・・・」
訝しむ声も上がり始めたので、この茶番も早々に終わらせなければ。
「先生に報告してくるよ。」
そう言って早足で先生を呼びに行く。幸いにも先生は弁当を食べることを禁止してくれた。そんなこんなで、愛美と雷の活躍によって毒物事件は未然に防がれたのだった。
その後、愛美が全ての弁当の中に入れられた毒を少しずつ中和していき、完全に安全な状態に戻すことができた。
授業が全て終わり、放課後になるとようやく二人は息をつくことができた。
「今日はいろいろ大変だったけど、これでやっと終わったんだね。」
雷がそう言って微笑みかけたが、愛実の表情は強張っていた。まるで何か禁忌に触れるかのように、不自然な動きでこちらを振り向く。
「雷くん。よく聞いて。元凶の悪魔が出てこようとしてる。」
頭が真っ白になり、何も考えられなくなった。
「それで、僕はどうすれば?」
愛美は青白い顔で、しかし依然としてはっきりとした口調で言った。
「前にも言ったけど、わたしは魔法での攻撃は得意だけど体は強くないの。だから、雷くんには前衛をしてほしいって感じ・・・・・・ごめん。やっぱり言ってることがめちゃくちゃだね。」
雷は、きっぱりと首を振った。
「やるよ。あのとき、約束したからね。」
そう言うと、彼女の頬が少しだけ赤みを取り戻した。
そう言って教室を出たのが、数分前。今二人は職員室の扉の前に立っていた。明らかな邪悪の気配が、扉越しでも伝わってくる。
心音が早鐘のように鳴り響き、異様にうるさい。緊張と、少しの恐怖。それが、今の雷の心の全てだった。愛美と顔を見合わせ、うなずき合う。ゆっくりと扉に手をかける。そして、一息に開け放った。
また一人登場人物が増えました。(まだまだ増えます)
追記:400PVありがとうございます!




