前編
夏休み最後の日曜。昼下がりの庭には蝉の声がうるさい。
今日は「冷房かけなくて良いかな?」というギリギリの気温だった。
最近の地球は暑すぎておかしい。
とは言っても、冬になれば寒すぎると言う訳だけど……
私はキャンプ用のチェアを広げて、アイスのガチムチ君をガリガリと食べていた。
宿題はギリギリで終わった。
あの量を数日で片付けたのは「自分で自分を褒めてあげたい」
達成感と放心感から焦点を合わさずボーとしている。
──その時、空から父が降ってきた。
――
「ッッッ!?」
驚きすぎて声が出ない。
ドサッという衝突音と、庭の物干し竿がバキッと折れる音だけが響く。
男はぐったりと地面に横たわっていた。銀色の光沢ある服、靴はおもちゃのように大ぶりだ。バーコードスキャナーのような謎の装置も付いている。
庭の土だらけになった顔が起き上がる。
私は息を呑んだ。
「……父さん?」
7年前に家を出たまま音信不通だった父。なぜか庭の真ん中で倒れて。
そのとき、男の口がゆっくりと動いた。
「地球……大気圏突入成功か」
かすれた声でつぶやくと、意識を失いがくりと頭を垂れた。
――
救急車が来る頃に母が帰ってきた。
ネギが飛び出るスーパーの袋をぶら下げ、この惨状を見て足を止める。
母はドスンと雑に袋を置き、顔を見下ろして言った。
「やっぱり、あんたか」
それだけ言って母は玄関に入っていった。
父は病院に運ばれた。数か所骨折したくらいで命に別状はない。
病室に入ると父はこう言った。
「久しぶりの地球の重力は強いな」
父は説明をすっ飛ばして【宇宙帰りの男】となっていた。
私は病室の椅子に座りたずねた。
「父さんどこにいたの?」
彼は真顔で言った。
「民間宇宙ステーションだ。トラブルが起きて不時着した」
「へぇ」
「まさか着陸地点が庭とはな……やはり運命には逆らえない」
「へぇ」
「脱出ポッドは見たか?」
「へぇ」
頭を打ったせいなのか元からなのか、私はどう反応すればいいか分からなかった。
とりあえず元気そうなので今日は帰ろう。
――
父は退院すると当然のように我が家に帰ってきた。
母は「は?勝手に戻ってこないでくれる?」と文句を言う。
しかし、次の日から朝食の味噌汁が3人分になった。
近所ではちょっとした騒ぎになっていた。
「空から人が降ってきた」──話だけがひとり歩きした。
近所の小学生が「UFOが落ちてきた」と騒ぎ、父を見かけると「宇宙飛行士」と指を差される。
本当に宇宙から帰ってきたのか?
この7年間どこで何をしていた?
なぜ空から?
ある日、置きっぱなしにしていたバッグを何気なく開けてみた。
中には折り畳まれた銀色のジャンプスーツ。
そしてメモの挟まった名札が入っていた――