正義の行方
悪意はどこにでも潜んでいる。
その男は小柄なおばさんに罵声を浴びせていた。
自分の家の塀にお前の犬が小便をかけた、と言って。
「ババア! どうしてくれるんだよ!」
おばさんのくすんだ緑の上着を握り、掴みかかっていた。
おばさんの連れている犬は見たところチワワの老犬だった。震えているが、主人のアクシデントにうろたえているのかどうかは判断できない。
ここは住宅街のど真ん中だというのに、
誰も出てこない。
誰も助けない。
でも、しばらくして警察は来た。
誰かが通報したのだろう。
少年はホッとしたのかカメラを止めた。
そこまでの流れを動画で撮っていた。
男の悪事を暴く正義の使者のつもりで。
私は見ていた。少年の散歩させていた柴犬もまた、塀に小便をかけていた。
おばさんとチワワより前に散歩をしているからか、男は知らないらしい。
しばらくすると、柴犬の散歩を終えた少年が一人で現れ、わが家の生け垣に隠れた。いずれやってくる老犬が塀に小便をかけ、怒って男が出てくるのを待っていたのだ。
男がおばさんに対する怒りを日々積もらせていることを知っていて、いつかこうなることを待っていたのだろうか。
わざわざ戻ってきて、人の家に隠れて撮影をするなんて。
おばさんを恫喝する男の様子は少年のスマホに録画され、顔が映らないように編集した動画をあげるのだろう。
こうして塀に小便をかけていた罪はおばさん一人に被ってもらい、男の横暴も晒すことができる。
少年の計画に人々は騙されてくれるだろうか。
彼の腹の底から愉悦ってやつが込み上げるのだろうか。
少年の背後で私が笑っていると知るのはいつだろう。
少年の行為は全て記録している。
私は彼の後ろ姿をカメラでとらえ続けていたわけだから、男とおばさんの動画が晒された後で真相を知らしめることができる。
頭を抱える少年の姿を思い浮かべると、私は愉快でならなかった。