<1. Run out from the Room_>
――私たちって、どこから来たんだろうね
空を見上げ、彼女は言った。
――私たちって一体何者で、一体どこに行くんだろう?
僕はまだ、その答えを知らない。
僕らはきっと、その答えを求めて人生の旅をするから――
***
――月ってこんなに大きかったっけ?
僕は空を見上げて問いかけた。相手は自分だ。
もちろん、月は大きかったのではない。大きくなったのだ。
空から手元の画面に視線を戻す。自室に幾つも所狭しと並べたモニターには、インターネットを通して様々な情報――ニュースが表示されている。
どうも、世界は大変なことになっているらしい。
世界中の異常気象や異常な潮汐変化、野生動物の異常行動。重要な海峡を繋ぐ運河の機能停止。国内各地では交通事故が頻発し、インフラは既に麻痺しかかっている。
そして、それを訴えているニュースキャスターもまた、無意味に立ったり座ったりを繰り返している。
……まったく、異常行動は人間もだ。
僕はそんな様子を呆れて見ていたが、やがてインターネットも繋がらなくなった。回線が落ちたのだ。こうなると、回線が復旧されることはないだろう。
仕方なく、僕は古いヘッドフォンを引っ張りだした。ラジオ機能付きのヘッドフォンだ。このご時世インターネットがあれば何でもできる世の中で、わざわざAM・FM波を拾う機能をつけるなんて酔狂な製品だ。『彼女』からこれを貰った時はそう思ったが、図らずも活用できるタイミングが巡ってきたかもしれない。
「うん……ラジオは生きてる」
意外と、あるいは当然というべきか、原始的なインフラの方が生存性は高いのかもしれない。インターネットは無数の中継機器が全て生きている必要があるが、ラジオは局さえ生きていれば、そこからの電波は届く。シンプルゆえの強みというべきか。『彼女』は時代遅れのアナログ人間だったから、こういうものを好んだものだ。
(……)
とはいえ、ラジオ局が平常運転かといえば全くそんなことはなかった。ほとんどのラジオ局は機能していないらしくどこの周波数もノイズまみれ、また周波数によっては緊急放送のようなものが流れているが、よく聞くと同じ内容の繰り返し――おそらくは録音だろう。
一通り周波数を探してみるが、ろくなものがない。そう思っていたが……
(……ん?)
ふと、周波数を弄っている途中に、何か聞き覚えのある声がしたような気がした。
(気のせいか……?)
空耳かも、と思いつつ、直前の記憶を辿って声が聞こえた周波数を探っていく。
果たして、その周波数を――どうにか見つけ出すことができた。
(……!)
聞こえる。ノイズまみれだが確かに。僕はこの声を知っている。これは――『彼女』の声だ。
よくも悪くも、僕の人生に大きな影響を及ぼした『彼女』。もう何年も自分の部屋から出ることのない生活を続けているが、それも『彼女』の存在を喪ったから――
(だけど……本当に『彼女』か?)
ただの思い込みかもしれない。僕の無意識の願望が関係のない音をそう聞こえさせるだけかもしれない。僕はそう思い直して、もう一度よく聞く。
――……、……――……
「嘘……だろ。まさか、本当に――」
気がつくと僕は思わず立ち上がっていた。それは、僕と『彼女』しか知らない、僕の呼び名。偶然はあり得ない。
――でも、彼女はもういないはずだ――
――いや、生きているかもしれない――
矛盾する二つの思いが僕の脳内を駆け巡る。
どちらにせよ、この声に手掛かりがあるはずだ。
――もう一度、彼女に会えるかもしれない――
それは、とても甘美な誘惑だった。あり得ないと思いつつも、ほんの少しでも可能性があるのなら、それに賭けずにはいられなかった。
「――もう一度、会うんだ」
だから僕は、衝動に任せて部屋を飛び出した。