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何も知らない忌み子の子  作者: 田原 登
鬼渡し編
5/79

4話 変人襲撃者

「…………ねぇ、お願いだよ。一生のお願い」


「そんなこと言われても、流石にそれは……一般人にも迷惑がかかりますし……」


「……」


「っ……。どうしても、やらなければならないと?」


「うん……お願い。そうしないと僕……僕っ…………!」


「はぁ。善処しますよ……全く……………」


「ありがとう。出来れば早くやってもらえるとありがたいかな」



_____________________



土曜日日曜日の二日が過ぎて、月曜日が訪れた。

金曜の夜から軈堵(やがと)は家に姿を見せず、退屈で長い二日間だと練摩(れんま)は感じた。長いというのも、早いこと百良(ももら)に会って事の顛末を伝えたいという、ソワソワした気持ちに駆られていたからのこと。



「……ていうのがあって」


 二時間目と三時間目の間の休憩時間、練摩と百良は出会った日と同じく、校庭の隅で話し合いをしていた。練摩は百良に、軈堵と接触できたことを話した。


「じゃあ本人に会えたんだ。良かったねえ」


「うん。でも、鎖羅木(さらぎ)家のことについて聞こうとしたら、その話するなーって感じで怖い顔されちゃって………」


「あれ、やっぱり」


「え?」


 百良の反応に、練摩は不思議な眼差しを向ける。


「ウチのお母さんにも聞いたんだよ。あんたの父親、軈堵(やがと)さんのこと。そしたら……」


 百良は簡潔に当時の説明をし始める。

 夕食のあと、百良は母親の飌奈(ふうな)に軈堵に関することを聞いた。しかし、飌奈はただ申し訳なさそうな顔をするだけで、質問をはぐらかしてマトモに答えてはくれなかった。

 分かったことは、軈堵は今から約二十年前に鎖羅木家を勘当(かんどう)されたこと。そして、軈堵は飌奈の実の弟だということ。

 それ以外の情報は得られなかった。何故軈堵は勘当されたのか、今までその存在を教えてくれなかったのは、他の家族に話してはならないというのは……。


「かんどう……?」


「勘当。要は家を追い出されたってこと」


「そうなんだ……それで、百良ちゃんのお母さんは、僕のお父さんのお姉さん……ん?」


 練摩は頭の中で家系図を思い浮かべる。


「てことは、百良ちゃんは僕の従姉(いとこ)ってこと⁉」


「そうなるね。いやぁまさか、家族だってのは分かってたけどこんなに近縁だったとは。私もちょっとびっくりしちゃったよ」


 練摩と百良はお互いに苦笑いした。


 その時、ピンポンパンポーンと、学校の無機質なチャイムが鳴った。



『……児童の呼び出しです。五年一組、小形日(こがたび)練摩(れんま)さん、鎖羅木(さらぎ)百良(ももら)さん。音楽室に来てください』



 それは、練摩が小学校に通って五年間、一度も聞いたことの無い声であった。成人にしては幼い、高めの男性の声であった。

 それだけでなく、音楽室という場所も不思議でならなかった。授業以外で基本的に使うことの無い場所。そんなところに呼び出して何をするというのか。はたまた、誰が呼び出したのか。


「音楽室? 何で私たち指名なの」


「さ、さぁ。とりあえず行ってみようよ」


「うん。てか、今の誰先生の声? 音楽の先生って確か女の先生だったよね? 担任だって女だし」


「僕にも分かんない……」


 言われるがままに、練摩と百良は校舎に入り音楽室へ向かう。


 練摩たちの通っている小学校の校舎は一棟と二棟の二つに分かれており、その間を渡り廊下でつないでいる年季の入った風貌をしていた。一棟に児童の教室が集中し、二棟には図工室やPC室、図書室などの部屋が揃っている。音楽室は二棟の四階、最上階に位置しており、一棟の昇降口からは最も遠い位置にある。練摩は小さく溜息を吐いた。


 音楽室の前に辿り着き、「失礼します」とノックをしてから中へ入る。


 教室と同じように並べられた机の前に、黒板が設置されている。その横にグランドピアノが置かれ、壁には有名な音楽家の肖像画が横一直線に並べられている。部屋の端には音楽準備室へと通じる扉がある。音楽準備室は、木琴やハンドベルといった楽器が保管されている場所だ。


「誰もいないね……」


 音楽室中を見渡すも、人の気配が一切しない。


「聞き間違いだったのかな。でも確かに呼ばれたよね」


 練摩と百良は音楽室の奥へと歩を進めた。



「こうもノコノコやってくるとは……単純で助かるな」



 突如背後から声が聞こえ、二人が振り向く。

 音楽室にただ一つある出入り口の前に、先程まで確かに居なかった人影があった。


 深い赤色のフードマントと身にまとい、脚を揃え腕を組みながら立つ人物。(おきな)の能面をつけており、その人物の顔を拝むことは出来なかった。声的と体格的に、男性であるということは分かる。どちらかと言えば透き通るような低い声をしており、大体20代か、いっても30代ぐらいの年齢と察せた。


「えっ⁉ さ、さっきまで誰もいなかったのに……!」


 練摩の足が震えだす。ついに幽霊が目の前に現れたのかと、腰が抜けそうになったのを精一杯抑えた。


「誰だよあんた? 学校の先生には見えないけど」


 練摩と打って変わって、百良は強気にその人物に問いかける。


「ふん。本当なら答える義理などないのだが、一方的に知っておいてコチラが名乗らないのはフェアじゃないな」


 その人物は咳払いを一回した。



「私の名は(しん) 閒盧(あいろ)。覚える必要はないぞ。鎖羅木の小童ども」



 一人称が私で、紳士的な人物かと思いきや中々人を見下すような態度をとる。

 練摩は「こ、小童って……」と呆れていたが、百良は閒盧の名前を聞いて閒盧を睨みつけた。


「真……あんた、真家のやつかよ」


「思ってることは同じだ。私だって、貴様ら鎖羅木家の人間となど関わりたくなかったんだぞ」


 百良と閒盧の会話に着いて行けず呆然と立ち尽くしていた練摩。なんとなく良くない雰囲気なのはヒシヒシと伝わっていたが、内容がよく分からなかった。会話が一区切りついたところで百良に話しかけた。


「百良ちゃん、この人、知り合いなの?」


「別に知り合いってワケじゃないけど、コイツの家は知ってる」


「家?」


(しん)家。私たち鎖羅木家の仕事を横取りしてくるコソ泥みたいな家だよ。商売敵(しょうばいがたき)ってやつ」


 百良の言葉に、閒盧は噛みつく。


「コソ泥とは失礼な。これだから単細胞で野蛮で知能の低い鎖羅木家は嫌いなんだ」


「失礼なのはどっちだよ! ちょっと言いすぎでしょうが!」


 百良は赤い頬を膨らませた。

 ザックリと整理すると、鎖羅木家と真家はとりあえず仲が悪いということ。練摩はそう簡単に結論付けた。


「……で、真家が私たちに何の用? こんな真似までしといて、何もしないなんてことないでしょ」


「何もしないなんてことはない。ただ嫌がらせするだけだから安心したまえ」


「安心できるか~!」


 百良が地団駄を踏む。埒が明かなくなり、練摩が口を開く。


「それで、用とは……?」


 閒盧はジッと練摩を見る。顔は見えないものの刺すような視線を感じ、背中悪寒が走った。


「単純な事だ。貴様らに、私とこの校舎内で鬼渡しをしてもらう」


「おにわたし?」


「私が校舎内を逃げる。貴様らが私を捕まえることが出来れば、貴様らの勝ちだ」


「普通に鬼ごっこって言えよ」


 百良が呆れた様子で言い放つ。


「それに、いきなりそんなこと言われたところで、はいやりますってあんたと追いかけっこなんざするわけないでしょ。何が目的なんだよ」


「目的……それは言えないな」


 閒盧は少し口ごもった様子であった。


「貴様らがそう易々と受け入れてくれるなど、はなから考えていない。だから、そうせざるを得ない状況にする手筈(てはず)はもう整えてある」






 小学校の廊下。そこには消化管が収納された真っ赤な容器が置かれていた。強く押す、と書かれたボタンを前に、赤いフードを被った二人組がいた。


「本当に押していいの?」


「この学校の子どもたちには申し訳ないけど、そうも言ってられないからな。よし、押しちまえ!」


「う~、みなさん、ごめんなさい!!」


 消火栓のボタンを勢いよく押す。耳をつんざくような甲高い警報音が、校舎内外にとどまらず響き渡った。校舎内に居る児童や先生一同が異変を早急に察知し、避難訓練に慣れていたこともあって全員が校庭に飛び出した。



「よし、後は兄貴に任せてとっととズラかるぞ」


「ちょ! 待ってよお姉ちゃーん!」


 フードを被った二人組の()()は、軽い足取りであっという間に校舎内から姿を消した。

 消火栓の警報音は、もちろん音楽室に居た練摩と百良にも聞こえていた。


「これは……?」


「校舎内に他の人間がいると邪魔だからな。全員を追い出すための一番簡単なやり方だ」


「へっ、他の人追い出したからって、私たちがあんたと鬼ごっこする状況にはなってないでしょ。このまま先生に知らせて、警察呼んであんたなんか……」


 百良が喋っている最中に、閒盧(あいろ)はポケットからマッチを取り出し火をつけた。

 そして、火のついたマッチを天井に投げた。


 いきなり何をしたのかと思いきや、マッチの向かう天井を見上げた時、ある違和感に気づいた。蛍光灯がぶら下がる天井に、見たことの無い黒い物体が取り付けられていた。配線のような物が張り巡らされ、小さいながら真ん中にタイマーのような物もくっついている。


 その物体とマッチの火が触れた瞬間、物体から火花が飛び散った。

 と同時に「ヤッバ!」と百良の顔が青ざめ、練摩を抱いて音楽室の中心から壁際へ、物体の真下から離れた場所へ飛び移った。練摩が何が起こったのか理解出来ない、一瞬の出来事であった。


 するとたちまち、その物体が轟音と共に爆発した。窓ガラスが吹き飛び、外にガラスの破片が散らばる。四階から落ちたガラス片は、雨の様に落ち地面に突き刺さる。人間が居たら、怪我をすることは防げないだろう。机や椅子が見たことの無い勢いで吹き飛ばされ、蛍光灯が爆発の衝撃だけでなく、飛んで来た机にぶつかり砕け散る。まるで花火の様に色とりどりの火花を散らす様子に、閒盧は平然と「ちゃんと作れてるじゃないですか……」と小さく呟いた。

 練摩だけでなく、百良も何が起きたのか分からなかった。しかし、そこに相当な敵意があるのは目に見えて分かった。


「ルールはこうだ」


 閒盧は練摩と百良に淡々と話す。



「私が逃げて貴様らが私を追う。この学校にはすでに今の爆弾が至る所にあり、時限式で十五分後に全て爆発する。爆発すればこの老朽化した校舎は吹き飛ぶ。貴様らはその十五分以内に私を捕まえ、爆弾のカウントを止めるスイッチの在処(ありか)を聞き出し、爆発を防ぐ。そうすれば貴様らの勝ちだ。負ければこの小学校は崩壊する」



「は、ははっ。随分とやかましいことしてくれるな」


 百良は練摩から手を離すと「こちとらまだこの学校来て一週間も経ってないんだよ。そんなふざけた真似、させるかっての!」と俊敏に閒盧に飛びついた。閒盧は百良が来ることが分かっていたかのようにヒラリと身を(かわ)す。身軽な動きで、マントが音を立ててたなびく。


「文句は真家(ウチ)()()に言え。私は好きでこんな事する阿呆(あほう)ではない」


 そう言い残し、閒盧は音楽室を飛び出した。


 怒涛の展開に、練摩はただただ呆気にとられていることしか出来なかった。

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