38話 苦悩に負けるな
「さて、無事私タチも和解したところデ………………」
「いやいやいや」
「してないんだけど?」
何事も無かったかのように話し始めるアベレージに対し、練摩と百良が間髪入れずにツッコミを入れる。
「ソコの|練摩《Light blue boy》の言う通りネ。この銃売ればお金貰えるヨ」
練摩が勢い任せに言った言葉が、予想以上にアベレージに効いていた。
ここまでの事をしでかしておいて、それだけで簡単に心変わりするアベレージの神経に全員が戸惑いを隠せなかった。
「さっきその銃、相棒って言ってませんでしたか?」
餅崎が目を細めながらアベレージに尋ねた。
「愛着あっても執着してないネ。私のためにお金になってくれるナラ、喜んで売るヨ!」
「あの人絶対彼女出来ないだろうね」
「なんかあったらすぐ切り捨てそうだな……」
アベレージと餅崎のやりとりを聞いて、垣端と緡伊江が離れた場所から嫌味を漏らす。橘は相変わらず無言無表情であった。
「あー………じゃあなに? アンタはもう危害加えてこないってことでいいの?」
百良が訊くとアベレージは「Yes!」と快く返事をした。
「そもそもこのままお金持っていっても、どっちみち私たちココから逃げられないヨ。何やっても意味ないナラもう何にもしないヨ」
お手上げといった具合に、アベレージは乾いた笑いをしながら手を上げる。
今までの態度と言い、本当なのか嘘なのか、見分けがつかないアベレージの様子に全員が眉をひそめた。
「Boss………」
突如、五人の背後から物音がした。
振り向くと、先程弾丸を投げ返されたにも関わらず意識があった犯人の一人が、机に手を当て震える足を支えながらゆっくりと立ち上がっていた。息が上がっており、顔は見えないが意識も朦朧としている様子であった。
「Are you kidding me?………We have our livelihoods on the line! Do not decide on your own!!」
ネイティブな英語はアベレージの耳にだけ正確に届いた。
練摩たちは何がなんだか分からないが、アベレージは気さくに「I'm serious. So much for this story」と返事をした。この返事もまた、練摩たちには理解ができなかった。
アベレージの返答が気に食わなかったのか、相手は大きく歯ぎしりをし低く唸る。
腰についていたホルダーに手をやると、入っていた銃を勢いよく取り出し「F**k you!!」と痰の絡まった怒鳴り声を上げながらアベレージに向けて銃口を向けた。
______________。
相手が銃を取り出した時には、銃口を向ける前には、とっくにアベレージは動いていた。
アベレージも相手と同じように、腰回りのホルダーに取り付けていた拳銃を取り出す。それも、相手と比にならぬほどの速度であった。
そうして正確に、相手の銃を打ち抜く。全員が相手の銃に夢中になったその瞬間に、空を切って弾丸が一直線に飛んだ。
小さな爆発音が聞こえたかと思えば、相手の銃が相手の手から弾かれたように宙を舞った。
「|無駄だ《It's too late》」
弾丸が当たった衝撃で、跳ね上がった銃と、痺れる手先。
相手自身が何が起きたのか理解できない須臾の時間。その間にも、アベレージは次の行動をしていた。
投げた。
相手に向かい、拳銃本体を。
回転をつけ、相手の顔面をめがけて飛んでいく。相手が無防備なのをいいことに、中心の鼻辺りをめがけて飛んでいく。
ぶつかった。
銃の部品音と、ペキョッという痛々しい音が相手から鳴った。
そうして、意識を失ったのか、後ろにゆっくりと倒れた。
「………これで信用シテもらえたネ?」
張り詰めた空気を打ち破るように、アベレージははじけるような笑みを浮かべた。
ほんの数秒前にあれほどの達人芸をしたとは思えない雰囲気の変わりように、全員が息を呑んだ。
「ドウセ抵抗してモ、アナタタチにかなう未来見えないネ。嘘つくコトと無理はしない主義ヨ私」
「………………そこに『犯罪』が入ってれば、完璧なんだけどなぁ」
垣端が溜息交じりに肩を落とし、周りの全員が苦笑いした。
アベレージについてはは先程会ったばかりではあるが、一連の流れからみて今の発言に嘘は無かろう、と確信はないが直感的に思った。
こうして練摩たちは、アベレージの犯行の拡大を防いだ。
人質 (?)となっていた餅崎の安否も確認できたが、すぐさま次の問題が訪れた。
「………! …~!!」
窓の外から微かに聞こえる人の声。
現在練摩たちのいるフロアは地上六階。外からの声となると、かなりの声量であることがわかる。
「なんか騒がしいね」
「こんなことになってるんだから、警察とか来てるんでしょどうせ」
全員が窓に近づくと、緡伊江が何かに気づいた。
「……ねえ、なんか叩いてるような音聞こえない?」
掛け声とともに、金属を硬いもので叩くような音。金属といえど重厚感はなく、薄い金属を無理矢理殴打しているような音であった。
「………まさか!」
餅崎がふと何かに思い当たり、アベレージの腕を振りほどき窓を開け身を乗り出し、下の様子を確認した。
この『めうがや』には、東西南北全てに店の出入り口がある。
餅崎が無意識に駆け寄った窓の下にも出入口があり、見下ろすと人混みが出来ていた。
数台の警察車両が出入り口付近にバリケードを張るように停まっている。その外には野次馬と思われる人間が数えきれないほど押し寄せていた。
そして内側では、数名の警察官が鈍器のようなもので出入口のシャッターを叩いていた。
遡ること10分ほど前。
外に居ながら『めうがや』の異変を速やかに感じ取った利用客が、伊勢原駅の『めうがや』とは反対側の出口にある駅前交番に駆け込んだ。
最初は不審に思いつつ警察が介入する余地などないと思われていたが、『めうがや』からの告知がないこと、そして『めうがや』内から確かに聞こえてきた銃声にようやく異変を感知した。
『めうがや』の従業員に連絡を計るも不通。その時には、すでに犯人たちにより気を失っていたからである。
『めうがや』の店長である餅崎宛てに何本もの電報が届くも、アベレージにより固定電話は破壊され繋がることは無かった。パソコンのメールや携帯電話の着信も、餅崎には確認している余裕がなかった。
やがて連絡は、『めうがや』の親会社にあたる『井手野下社』へと注がれた。
社長である波瑠子は、アベレージの襲撃を知っていた。
予告状が餅崎の元に届いた際、餅崎は真っ先に波瑠子へ助言を求めた。波瑠子と餅崎は立場上は雇い主と雇用人となる。それだけでなく、仕事外でも酒を飲み合う仲であり、交友関係が深かった。
切り貼りの予告状を見て、波瑠子もイタズラだと思った。そこで、軽い気持ちで鎖羅木家と真家に依頼を頼めばと提案してしまい、警察への連絡を薦めなかった。
結果として予告状は本物であり、こうして事情を知らない警察やマスコミからの電報が鳴りやまないでいた。
彼らは『めうがや』内で何が起きているのか分かっていないのでその説明を求めているのだが、実際波瑠子も何が起きているのか明確に分かっていなかったので頭を抱えた。
「脅されていたとはいえ、やはり警察に言った方がよかったですね」
電話の着信音にかき消されないよう、波瑠子の秘書兼旦那である和凰が額の汗を拭いながら呟いた。
「そんなの今更よ~。あ~どうしよう。中の様子なんて私だって知らないわよ。餅崎ちゃんに電話しても繋がらないし。あの手紙が多分本物だったんだろうけど、それはそれでなんて説明すればいいの!」
「ちょっと! 私のズボンで顔拭かないでくださいよ~!」
膝から崩れ落ち、四つん這いで和凰に近づき涙にまみれた顔を押し当てる波瑠子。
頭を働かせているうちに混乱し、波瑠子は全てを投げ出したい気持ちで精一杯であった。
立場が立場な手前、憶測で物事を大々的に語ることはできない。だからといって、今のまま知らぬ存ぜぬの沈黙を続けているにも限界がある。
そもそも波瑠子は、鎖羅木家や真家のことを推薦しただけで、餅崎本人が実際に雇ったかどうかは知らない。
もしそれさえ分かれば、『めうがや』への強盗事件として表に断片的であるが情報を伝えることはできる。しかし、どうすれば分かるのか。
四面楚歌の中、絶望していた矢先に、波瑠子の携帯電話が鳴った。
仕事の電話であれば社内の固定電話に届く。携帯電話への着信ということは、波瑠子のプライベートの仲の者からしかこない。羽織っていた白衣のポケットから携帯電話を取り出し、電話に出た。
『もしもし、波瑠子さん?』
「氷魁さん!」
電話の主は氷魁であった。
『今『めうがや』大変なことなってますけど、波瑠子さんは大丈夫ですか?』
「私は大丈夫です。でも餅崎さんが中に居るんですよ」
『それは分かってます。鎖羅木家に依頼してきたんですから、いるだろうなとは』
氷魁の言葉を聞き、波瑠子の目の色が変わった。
「依頼ってことは、鎖羅木家にやっぱり頼んだんですね! じゃあ、『めうがや』の封鎖はやっぱり………!」
『強盗ってことで間違いないと思いますよ。さっきウチ近く通りましたけど、纏い気感じたので中でドンパチやってますよありゃあ』
鎖羅木家特有の纏い気。出さずとも素の身体能力で一般人を凌駕してはいるが、出すことにより鎖羅木家の潜在能力を引き出し肉体を強化する。
それを感じたということは、『めうがや』内で戦闘やら何か緊急事態が起きていることを示していた。
波瑠子は鎖羅木家の人間ではないので纏い気を出すことも感じることも出来ないが、氷魁から説明はされていたのである程度の認識はあった。
「そうなのね………! 今色んな所から何が起きてんだって連絡が来てて困ってたのよ。ナイスタイミングだわ! とりあえず強盗の件を話して、詳しいことは追々説明する感じでいいかしら?」
『いや、そう言うと何で知ってんだってなっちゃいますよ。ここは彩絵さんには申し訳ないですが、一旦シラを切った方がいいです。ウチの家族がいるんで無事に帰ってくるとは思うので、その時に彩絵さんと原稿というか、何て説明するかを練った方がいいかと』
「確かにそうですね。ところで、鎖羅木家からは誰が行ってくれてるんですか?」
『あ~……それは………』
ハキハキと喋っていたはずの氷魁の声が突如弱々しくなる。
なにか後ろめたいことがあるかのように間を置き、氷魁は話し出した。
『二人行ってもらってて、まず一人は百良』
「あぁ、飌奈さんのお嬢さんね。もう一人が?」
『………先に謝っておきます。波瑠子さんにちゃんと連絡しないでおいて申し訳ございません』
「?」
『もう一人は練摩なんです』
「練摩ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!!??????」
波瑠子と、波瑠子の叫び声に驚いた和凰がその場でひっくり返った。
「な、なんでっ! よりにもよって小学生二人で!」
『………イタズラだと思って……………舐めてました………………』
「………類は友を呼ぶんですね」
波瑠子は肩を落とした。
そこからは怒涛の勢いで時が進んだ。
事件に巻き込まれている練摩。謝る氷魁。鳴り響く電話の音。
全てが一斉に情報として入ってきたため、波瑠子の脳がパンクし一時的に気を病んだ。
頭痛と共に催す吐き気に耐え切れず、和凰に背中を擦られながらトイレに籠る。その間も、電話は鳴り続いていた。
「ハァ………いい加減、電話取らなきゃ………」
「無理しないでください。私がやりますので少し横になった方がいいですよ」
「大丈夫だよ和凰。ほとんどがマスコミとかだろうから………警察にさえ一本電話すれば、拡散してくれる………………」
波瑠子は警察に電話をかけた。
氷魁との話通りに事情が分からないと説明するも、相手側から聞き捨てならない情報が舞い込んできた。
『『めうがや』から銃声のような音が何回も聞こえますが、それについても本当に知らない感じですか?』
「はぁっ⁉ 銃!??」
素の反応が飛び出し、波瑠子は慌てて口を塞いだ。
「そ、そんな、そんな音が。いやっ、私には、分かんないです」
嘘をついている罪悪感。しかし本当話をすれば、なぜ警察に相談しなかったのかを問い詰められる。社長の立場云々よりも、波瑠子は鎖羅木家の存在が公に晒されることを危惧していた。そもそも、ここまで言っておいて今更嘘でしたなどは通用しない。
『そうですか………それでは井手野下社長、我々からお願いしたいことがあります』
「は、はぁ………?」
『『めうがや』の異常事態に対し、我々は武力行使を考えています。『めうがや』には現在出入口にシャッターが下ろされており、内部に侵入することが出来ません。そこで、少々やり方は無粋ですがシャッターを無理矢理開けようと考えています。そこで井手野下社長に許可を取りたいと………………』
どうするか。
開ければ鎖羅木家のことが世に出てしまうかもしれない。
しかし開ければ、事態が深刻になる前に治められるかもしれない。一般客の安全が確保されるかもしれない。練摩たちの安全が__________。
「構いません………よろしくおねがいします」
考えている余裕のなかった二つ返事。波瑠子は垂れる汗をものともせず顔をしかめた。
結局波瑠子は何も知らない体で、警察への電話を済ませた。
震える手で受話器を置き、青ざめた表情で和凰の方を振り向く。
「銃だって……餅崎ちゃんが………………練摩ちゃんがぁ~!!!」
情緒が不安定となり、心配する一心から号泣する波瑠子。和凰の胸元に飛び込み、無我夢中で泣きわめいていた。
「落ち着いてください。普通の子どもならともかく、鎖羅木家の子どもならなんとか………………」
「でも、でも、だからってぇ~!」
「今は心配している時ではありません。無事を、祈りましょう」
和凰は波瑠子の肩に手を置いた。




