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何も知らない忌み子の子  作者: 田原 登
始動編
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1話(後半) 糸口

 二時間目の授業が終わり中休み・業間休み・20分休みなど、様々な呼び名のある長い休み時間に入る。練摩(れんま)は転校生の百良(ももら)に誘われ、校舎を出て校庭の隅へと二人で向かった。多くの児童は校庭に出るなり、サッカーをしたり鬼ごっこをしたり、あるいは縄跳びをしたり……。児童一人一人が思いのままに遊びを楽しんでいた。

 そんな中神妙な面持ちで百良に校庭に呼び出された練摩は、得体のしれない緊張感に唾をゆっくり飲みこむ。


「あの……僕に何か用事でも…………?」


 同い年の異性と話すことがあまり得意でなかったのと、ほぼ初対面の人間に名指しで呼び出された不可解さに、練摩は恐る恐る声をかけた。


「……あんた、名前なんて言うの?」


 質問をしたつもりが質問を返され、練摩は少し戸惑う。百良は練摩と違い、初対面とは思えないほど馴れ馴れしく話しかけてきた。


小形日(こがたび)練摩(れんま)……です……」

鎖羅木(さらぎ)家の人じゃ無いの?」


 練摩は面食らった。鎖羅木というのは、目の前で話している百良の苗字だ。訳が分からない。何をもって彼女がこんなことを言っているのか。


「え?……いや、さ、鎖羅木家…………?」

「でも確かに何度か神奈川(コッチ)に来たことはあるけど、あんたのこと見たことないもんなぁ……」


 百良は練摩の顔を急接近してマジマジとみる。長いまつ毛、シャンプーの柔らかい香り、しっとりとした肌……。目から、耳から、鼻からと、多くの器官から入ってくる情報に練摩は混乱し、頭に血がカーッとこみあがるのを感じ取っていた。「ちょっ、近い近い!」と練摩は百良から一歩離れた。


「さ、鎖羅木って、確か百良(キミ)の苗字だったよね? それがなんで、僕がその、か、家族みたいな……」

「キミじゃなくて、百良でいいよ。なんでってあんた、『(まと)()』出てんじゃん」

「…………は?」


 それは練摩の聞いたことの無い単語だった。しかし、百良は至って真面目な表情で淡々と話している。冗談でおちょくっているようにはどうにも見えない。


「まといぎ? なに、それ?」

「なにって、あんた知らないの? 親から教えられてないの?」


 馬鹿にしている様子は一切なく、驚嘆に満ちた声色で百良は尋ねた。

 沈黙が流れる。二人の間に微妙な空気が流れる。その空気を振り払おうと、慌てて百良が話を続ける。


「え、えーっと、え? あんた、本当に鎖羅木の人じゃ無いの? 母親の旧姓とか違うの?」

「い、今の小形日(こがたび)って苗字が、お母さんの苗字で……」

「じゃあ父親は? 婿入りしたとかだったらあるいは……!」

「知らない。僕のお父さんは……小さい頃会ったことがある気がしなくもないけど、全然まったく会ったことが無くて……家にもいなくて……顔も、名前も知らなくて……」


 二人の間に、またしても微妙な空気が流れ始めた。練摩の有耶無耶(うやむや)な言い方に、百良はつい話を引き延ばした。


「……別居してるとか? それとも離婚とか、それとも、もう……」

「分かんない。本当に知らないんだ。言われてみれば、お母さんからお父さんについての話なんてされたことないし……」



 練摩は今まで、日常生活に不満や疑問を感じたことなどなかった。普段母親とのほぼ二人生活での雰囲気も、何一つ違和感を感じていなかった。毎日母親の作った料理を食べ、休日は母親と出かけ……。そんな過去の生活も、今この場で百良に尋ねられた質問を通して振り返ると、(にわ)かに奇妙なものを感じて冷や汗が一つ滴り落ちた。


「帰ったらあんたの母親に聞いてみてよ。多分あんたの父親、鎖羅木家の人だから」

「うん。で、さっきの話に戻るけど、纏い気って……?」

「あーそうだったね。えー纏い気ってのは~、あ~なんか……私たちの~鎖羅木家の人の体からなんか~出てるやつで~…………」


 手を必死に動かして説明する百良であったが、抽象的過ぎて練摩には伝わっていなかった。うまく言葉にできず埒が明かないと痺れを切らした百良は「あぁ、見てもらった方が早いか」と仕切りなおした。


「いい? ちょっとだけだから私から目離さないでね」


 百良はズボンのポケットから御守りを取り出す。そしてそれを地面に落とした。なんて罰当たりなことするんだと思った練摩だが、その考えは即座に別の考えに上書きされた。

 見間違いではない。深呼吸をする百良の体から、青色のオーラのような物が出ていたのだ。視界に捉えるものだけではない。肌を押すような微量の圧迫感も、その存在を確かに示していた。


「これが纏い気。鎖羅木家の人間から出るオーラだよ。まぁただのオーラってワケじゃないんだけど…………その説明は今しなくてもいっか」


 練摩が纏い気を認識していることを確認すると、百良は落した御守りを拾い上げた。するとたちまち、纏い気は百良の体に収まって跡形も見えなくなった。


「今の、青いのが?」

「そうそう。この纏い気ってのは、鎖羅木家の人間なら感じることが出来るんだ」

「ってことは、僕も……」

「多分。てかさっきも言ったけど、あんたも出てるんだって纏い気。だから私はあんたに声かけたの」


 そう言われ、練摩は手や足など自分の体を見たが、先程の百良のような纏い気らしきものはどこにも見当たらなかった。その様子を見て、百良はフッと微笑む。


「自分の纏い気は、自分には見えないんだよ。出来ればしまった方がいいんだけど、そういえば儀式受けてないよね? にしては出てる纏い気がが多い気もするけど……」



 段々と声が小さくなっていき、背中を丸めてブツブツと独り言を始めた。そうして一区切りがついたかと思われたタイミングで、練摩は百良に「あの」と声をかけた。


「なんで鎖羅木さん?……の体から、その、纏い気? が出てるんですか? もしかして、なんか念能力が使える一族だとか」

「使えんわ! どこぞのハンター漫画の読みすぎだよ。……まぁでも、似て非なる物かな。纏い気が出てる理由は分かんないけど、鎖羅木家の人たちは周りの人たちにはない力を持ってるんだ」


 そう何気なく言う百良に、練摩の目が鋭く光る。まるで漫画やアニメのキャラの様に、特別な力を持っているという子供心をくすぐる言葉に、練摩は耳をよく傾けた。


「力? それって、超能力とか?」

「いや、力は力だよ」


 百良が右腕を垂直に曲げ、二の腕を左手で叩く。勢いが良かったらしく、パチッと小さな音が鳴った。


「要は怪力ってやつかな。人より運動神経とか体の動きがいいっていうか。ほら、纏い気出てるならあんたも経験あるんじゃない? 周りの人より自分めっちゃ体動くなぁって思ったこと」

「そういえば……」


 そう言われ、練摩は昨日の体力テストを思い出した。


 そのタイミングで、学校のチャイムが鳴った。校庭に散らばっていた児童たちが一斉に昇降口へ押し寄せる。


「もう休み時間終わっちゃった」

「早いもんだね。三時間目の授業は?」

「確か算数だったはず」

「うげぇー、私算数嫌―い。まぁ私は早退するから、頑張ってね」


 転校して来て初日に早退か。と練摩は思うことがあったが、何か事情があるのだろうと察して「そうなんだ。気を付けて帰ってね」とだけ言った。

 百良はこの時練摩の前を歩いていた。故に、練摩には百良の苦虫を嚙み潰したような顔は見えていなかった。



____________________



 帰宅後。家に入るなり靴を脱ぎ捨てランドセルを放り投げ、母親の真楽(まら)の元へ駆け寄った。仕事が早く終わり昼から家にいた真楽は、居間の座椅子に座り歌舞伎の雑誌を読んでいた。


「ただいま~」

「おかえり。どうしたのそんな息急き切って」

「お母さんに聞きたいことがあって」


 座椅子に腰かけ、真楽の目を見て話し始める。


「僕の……お父さんって、鎖羅木さんっていう苗字?」

「そうよ? どうしたの急に」


 さも当たり前かの様な返事に、練摩は一瞬ポカーンと口が開きっぱなしになった。

 百良の言った通り、練摩の父親は鎖羅木家の人間だったのだ。


「そ、そうなの? 鎖羅木って、くさり になんか難しい ら って漢字に木で?」

「うん。知らなかったの?」

「知らなかった……。ちなみに、僕のお父さんって今、どこにいるの? なんで、ずーっと家に居ないの? あと下の名前は? どんな姿してるの?」

「どんな姿してるって……え? 見たこと……ないの?」

「ないけど……」

「え????」


 つい興奮して質問攻めする練摩。その質問を一気に浴びせかけられ、真楽は練摩に待ったをかけた。

 真楽は雑誌を閉じ、困惑の色を浮かべた瞳で練摩の方を見た。




練摩(あなた)のお父さんなら、ずっと家にいるじゃない」

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