前世編4 わけありドラマの事情
アイドルの活動に戻った友梨香にドラマの仕事が舞い込んだ。そこで東里出塁という駆け出しの俳優に出会う。そしてそのドラマが彼女の運命を決定づける伝説のドラマになることも知らずに。
姫乃友梨香の失踪は表沙汰になることもなく、復帰した友梨香は以前より多忙になったスケジュールをこなし、アイドル活動に全身全力の姿勢を貫いた。そんな友梨香に新しい仕事が入ってきた。テレビドラマの仕事でタイトルは『サイキック少女ひろみ』といい、超能力を持つ少女・冴木ひろみが運命に翻弄されながらも戦うSFドラマである。以前は単発ドラマで主役を張った友梨香だが、連続ドラマでは初の主演作となる。
クランクインの日、友梨香は出演者やスタッフに挨拶する。
「初めまして、主人公の冴木ひろみ役の姫乃友梨香です、よろしくお願いします」
続いて共演者達が自己紹介する。
「中田英雄役の市来徹也と言います」
市来徹也とは若手注目株の男優である。そして両親役や悪役の役者達の紹介が続いて、今度は四十代くらいの男性が付き人らしき若者と現れる。
「影村刑事役の神峰竜史です、あ、こいつは付き人ですが、駆け出しの役者です」
「初めまして、英雄の弟分・マサル役の東里出塁と申します」
挨拶してから頭を上げた塁は、友梨香と目があった。
「うあ・・・実物のほうが可愛い」
塁は思わずそう呟いた。
「えっ…」
どうやら聞こえたらしく、驚いた表情の友梨香。
「おいおい、トップアイドル相手に口説くんじゃねえぞ」
神峰に大声で冷やかされる塁。
「そ、そんなことありませんよ!」
「そうですよ、トップアイドルだなんて…私まだまだ松樹留美子さんには及びませんし」
友梨香と同じ事務所の先輩である松樹留美子は、現在は結婚して休養中とはいえ、未だトップアイドルとしての影響は強く残っている。
「ではこのキャストとスタッフでドラマを作っていこう!」
監督が〆の言葉を放った。こうして姫乃友梨香初主演となる連続ドラマがクランクインされた。
「今日はここで終了、お疲れ様でした-」
一日目の撮影は無事に終了した。友梨香は神峰と塁と一緒にいた。
「やるね友梨香ちゃん、殆どNGも出さなかったし」
「いえいえそんなこと」
「そう言う塁、お前かなりNG出してたじゃねえか!台詞少ないくせにとちるなっての!」
「す、すみません」
「塁君はまだデビューして間もないから緊張するんだよね?」
神峰にNGを指摘された塁をすかさずフォローする友梨香は、塁とは既に下の名前で呼び合うほどに距離が近くなった。
「竜ちゃーん!飲みにいかねえか?」
出演者のベテラン役者勢から飲みに誘われる神峰。竜ちゃんとは神峰竜治の愛称で、主に同じ世代からそう呼ばれている。
「じゃあ俺は一杯やりに行くけど、お前は友梨香ちゃんの相手してやりな。いいか、口説くんじゃねえぞ!」
「はい、竜さん!」
威勢良く返事をする塁。
「いやほんと、うちの師匠はやたら声がでかくて…口説くとかそういうことはしないから安心して」
「それは大丈夫、私、今は恋してないから」
「え?」
「実は私、最近失恋したの」
明るい口調で失恋したと発言する友梨香に塁は驚く。
「友梨香ちゃんが失恋…相手は誰?」
「詳しいことはあまり言えないけど、私が困っていた時にいろいろ助けてくれたの。でも私の友達がその人のことが好きで、私にはアイドルとしてやらなやいけないことあるから身を引いたの…」
「恋より仕事を優先したのか、友梨香ちゃんは相当なプロ根性の持ち主なんだね」
「そう言う塁君は将来、どんな役者さんになるの?」
「そうだな…俺でないもう一人の俺になれるから、いろんな自分になりたいために役者の道を選んだのかな?どんな役でも来るもの拒まずだよ」
そんなこんなで二人の話は弾んだ。
すっかり意気投合した友梨香と塁は撮影も進む中、友梨香はある感情が芽生えた。
「あの…」
「なんだい友梨香ちゃん?」
「塁君のこと、お兄ちゃんと呼んでいいですか?」
「えーっ?」
友梨香の告白?に驚く塁。
「な、なんでお兄ちゃんと…」
「私、塁君みたいな男性好きです。でも恋とかそう言うのでなくて、頼れるお兄ちゃんみたいで…私にはお姉ちゃんがいるけど、家族の中では浮いていて、今はかなり距離あるかなって」
「俺が…人気アイドルの兄貴分に?」
東里出塁の家族は母一人子一人で、父は幼い頃に交通事故で他界。他に頼れる親類もなく、母と二人三脚で過ごした。役者になりたいと願う塁に、母は先ず大学まで進学して勉強することを条件に許しを得た。一人っ子であった塁は、きょうだいでも妹が欲しいと心の中で願っており、ちょうど塁は友梨香より二つ年上であった、ちなみに友梨香も実姉と二つ違いである。
「こんな俺で良ければ…君の兄貴になるよ」
「よろしくね、お兄ちゃん」
「こちらこそ友梨香ちゃん」
「そこは呼び捨てにして」
「うーん…では友梨香!」
「はい」
こうして塁は友梨香と疑似兄妹の契りを交わした。
撮影は順調に進み、塁は友梨香の兄貴分で良き相談相手となった。塁が演じるマサルは中盤で敵のボスに殺され、それがひろみと英雄の兄妹に新たに戦う決意をもたらす展開となる。そんな中で友梨香が楽屋で疲れた表情でたたずんでいた。
「お兄ちゃん…」
「なんだい友梨香?」
「お兄ちゃんのキャラ、中盤で死んじゃうんだよね」
「ああ、でもまだ竜さんの付き人としての仕事があるから、撮影は最後までいるよ」
「そう…」
「どうしたんだい?今日は元気なさそうだけど」
「私…このドラマ好きじゃない」
「!?」
ここにきて友梨香がこの仕事もといドラマについて不満を漏らす。
「主人公のひろみが悲劇的な運命をたどる話なんだけど、このテレビ局で同じ日時のドラマはこんなのばっかり…私はもっと明るいタイプのが良かったな」
「仕方ないよ、俺らくらいの若造だと仕事選ぶ権利ないんだから。友梨香もそう言いつつちゃんと演技こなしてるじゃん?」
「求められているものに応えるのがアイドルなんだし、私も演じることは好きよ。でもそれはやりたいというよりやらされてる感じがする…」
ここで友梨香は自分の理想を語る。
「アイドルも一人のアーティストとして、もっと自主的に活動できたらなと思うの。ただ与えられた仕事をこなすだけじゃなくて…」
「俺の大学での演劇部も演目決めるときも部員の意見出し合って決めたり、そういう自主性は学校とかの部活ならありうるんだけどね」
「そうそれ、思ったんだけどアイドルを部活動でやれたら良かったかなって」
「部活でアイドル…ありそうでないけど、あったら面白いね」
二人は笑い合いながら会話が弾んだ。
「お二人さん仲良いじゃないの」
横から大きな声が聞こえた。塁の師である神峰竜史がやってきたのだ。
「あっ竜さん」
「神峰さんお疲れ様です」
「どうだ、俺とそこまで付き合わないか?」
「竜さんと?彼女も連れて?」
「友梨香ちゃんは未成年だからソフトドリンクと軽食でね」
「は、はい…先ずマネージャーさんに」
二人は神峰の誘いを受けて同行する。
友梨香達が来た店はスナック「インティゴ」で神峰の行きつけの店だ。そこの店主もといママであるランコと神峰はかなり良い仲である。来客は神峰、友梨香、塁。そして友梨香の相手役である市来徹也と、そのもう一人の弟分を演ずる役者・加藤昇もいた。
「今晩は市来さん、加藤さん」
「今晩は」
徹也は真面目でおとなしい感じだった。返事も普通に礼儀正しい。
「市来、前から思ってたがお前けっこう固いな。彼女はお前の妹役なんだし、もっと砕けてもいいんじゃねえか?」
「まああくまで役の上ですから。監督に注意された点をどう直すか、そっちの方が気になりますし…」
神峰の意見に真摯に返す徹也であった。
「竜ちゃん、市来君は演技にストイックなのよ。今時の若手の中では特に」
ママのランコがすかさずフォローする。
「こうしてみると友梨香ちゃんが市来に取っつきにくいのも分かるね~まさか市来の弟分役の塁の方が友梨香ちゃんの兄役になってるとはね」
神峰はより演技に真剣な姿勢に感心しつつも、意外な人間関係の発展に目を見張った。
「ところで東里出の役は次回で死亡退場だろ?」
今度は加藤が話を振った。
「はい、けれどその後も竜さんの付き人の仕事がクランクアップまでありますし」
「新人は大変だよな、でも付き人やりながら役者もやれるのは幸運じゃね?まあ役降りてからは、残されたユウに任せろ!」
ユウは加藤演じる英雄のもう一人の弟分の名前である。
「は、はい…後はよろしく先輩」
「こちらはこれからもよろしく先輩」
塁に続いて徹也も返事する。
「役では兄貴分が俺より後輩だけどね」
「わはははは、そうだっけ?」
客席では笑いで盛り上がる。そして加藤が塁に問う。
「ところで塁後輩、友梨香ちゃんとはどこまでいったの?」
「こらっ!マネージャーがいるの気づかんのか?」
神峰の言うとおり、カウンターの端で友梨香のマネージャーが監視役として目を光らせていた。
「そういうのじゃありません、私にとって塁君はお兄ちゃんですから」
「お兄ちゃん?」
「私、実は他に好きな人がいたんですが、その人のことを私の友達が好きになっていて、悩んだ末に私は今の道を選び、友達にその人を託したんです」
「つまり友梨香ちゃんは既に失恋を経験していると?」
「はい…」
ランコの問いに一段落して答える友梨香。それに対して神峰が問う。
「そうか、友梨香ちゃんはその彼に操を立ててるんだ」
「そ、それはちょっと…」
恥ずかしそうに返答する友梨香。
「私にはファンの皆さんや期待してくれる人達を裏切れないので、恋人は作らないことにしているんです」
「今時のアイドル歌手には珍しく真摯だよね」
徹也が笑いながら言った。
「何だ市来も笑うんじゃねえか、共演者にはもっと愛想良くしとけよ」
「そうですね、なので東里出君がお兄ちゃんになったのか…役の上では僕がお兄ちゃんだけどね」
「はは、そういうことっすよ」
徹也は塁に更に突っ込んでゆく。
「彼氏になれないからお兄ちゃんになったとか、そう言う手があったか」
「え?まさか友梨香を…」
「僕はそんな気ないから安心して」
「ははは、市来も皆と馴染んできたじゃねえか」
若手の会話を笑って眺める神峰。
「そう言う竜さんの色恋事情は?」
会話に乗ってきた徹也が神峰に聞いてくる。
「ある女優とお互い一目惚れでそのまま結婚して子供も出来たけど、別れちまってね…結婚後も仕事するかどうかで折り合い着かず、女房の方から出て行ってしまったんだよ」
神峰にはかつての妻と離婚を巡って一悶着あったそうだ。
「女房と別れてからは俺がその子を養わなきゃならなくなって、もう大変だったよ」
神峰は現在、一人娘と二人暮らしである。
「まあ彼女も若かったし、いろいろやりたいこともあったのに、俺が引き留める形になって…悪いことしたなと後悔してるよ」
「竜さんにもそういう出来事があったんですか」
するとランコママが語り出す。
「あたしゃ3回ほど結婚したけど、酷い男だったり生活がグダグダで散々だったよ…だからもう結婚はこりごり!」
「そうだ!俺も結婚なんてもうするもんか!」
「あーまた始まったよ」
神峰とママの会話に呆れる塁。
「いつもこんな?」
「竜さんとランコママはどっちも離婚歴があって、それぞれ辛い思いがあったから色恋の話になって盛り上がると、こういうオチになるんだよ…本当、気が合うんだから」
「私と竜ちゃんはスナックのママとお得意さん、それで充分よ」
「俺もかつては主役も張ったけど、今は脇でいろんな役をこなすのも良いと思ってるよ、まあその大半は悪役だけどな」
「ハハハハハ」
スナック・インティゴでは和気あいあいとした笑いが響き渡った。
撮影から三ヶ月経ち、ドラマ「サイキック少女ひろみ」は無事終了を迎えた。
「皆さん今日までありがとうございました!」
友梨香は元気よく〆のあいさつをした。そして塁の元に駆け寄った。
「友梨香、今日までお疲れ様」
「あの塁君…お兄ちゃん」
「なんだい友梨香?」
「しばらく実家に帰るって本当?」
「ああ、母さんが今入院中でなんだ。うちは親一人子一人で、そのこと竜さんも分かっていて『おふくろさん安心させてやれ』ということで、しばらく休みもらったんだ…」
「そう…」
友梨香の表情が暗くなった。
「どうしたんだ、この三ヶ月ハードだったから疲れたか?」
「う、うん…寂しくなるね」
一息おいて友梨香は話を切り出した。
「実家の連絡先、教えてくれる?」
「え?」
「手紙や電話でお兄ちゃんとお話ししたいの、辛いことあったら相談に乗って」
「もちろんだよ、俺は友梨香のお兄ちゃんだからな」
「手紙出すときに差出人の名前は偽名使うね」
「俺もだよ、そうすれば事務所の人からはファンレターだと思われそうだし」
「じゃあきっとよ!」
こうして二人は文通したり時々電話するようになった。だがしばらくして二人の連絡は途絶えた。そして翌年の四月…
四月某日、塁は神峰の付き人として、駆け出しの役者として再び活動していた。入院中の母に「もう大丈夫だから」と励まされて復帰したが、しばらくして母が亡くなった。塁の母は癌を患っていたのだ。母は自分の命よりも息子の将来を優先して送り出したのだ。塁は母の死を振り切るように仕事に没頭した。だがその母の死を切っ掛けに、友梨香との連絡が途絶えてしまった、
「友梨香…最近はシングルチャートで一位を獲得したり、故郷の市民会館でコンサート開いたり順調だな。俺ももっと頑張らなきゃ!」
その時の塁は所属事務所の近くの食堂で昼食中であった。その時、食堂のテレビからニュースが流れた。
「只今、入りましたニュースによりますと、今日午後零時頃、歌手の姫乃友梨香さんが所属事務所のあるビルから飛び降り、全身を強く打って死亡しました。十八歳でした…」
「え…?」
突然、耳に入った訃報に塁の心は揺らいだ。
つづく
姫乃友梨香の突然の訃報…かつての共演者である東里出塁にマスコミの魔の手が伸びる。それを救ったのが…




