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バレー部のタチバナさん  作者:
バレー部のタチバナさん
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7 映画デート

 

 学割のチケットを割り勘して私達が選んだのは、金曜ロードショーで定期的に放送される有名映画監督の最新アニメ映画だ。キレイな映像と感動的なストーリー、人気沸騰中の俳優さんが声優を務める主人公達の歌が話題を呼んでおり、この前朝のテレビ番組でも特集が組まれていたのを思い出す。


 映画自体はとても面白かったけれど、私達の口から出てくる感想は「あの場面感動した!」「歌上手い!」「最後のシーンの絵がキレイ!」とか、まぁそんなレベルだ。ただの一般的な高校生の私達からは、高尚で気の利いたコメントなんて出てこない。残念だけど。


 部活ばっかりでバイトなんてする時間のない私達はそんなにお金がない。安価なドーナツショップは夏休み前の平日にも関わらず店内は満席で。多分あの場所がショッピングビルの中で1番混んでる。

 仕方なく併設されたスーパーでアイスを購入し、ショッピングビル内のフードコートで休憩することにした。


「いくらだった? 小銭あるか分かんないけど半分お金出すよ」

「パピコぐらい別に良いって。それより早く食べないと溶ける」


 重村は袋を破り、2つに繋がったチューブをパキンと割る。差し出されたそれに「ありがとう」と言ってから受け取ると、「ん」と照れくさそうに重村はパッケージの袋をリュックの前ポケットに突っ込んだ。


 数枚自撮り写真を撮ってから、先端部分を切り離す。チューブの底の部分を指で押し上げると、滑らかなコーヒー味のアイスが口に広がり、僅かにシャリシャリと小さい氷の粒が残る。


「美味しい〜!やっぱりアイス最高。重村ありがとう」

「俺の貴重な小遣いだから味わって食べろよ!」

「……そんなこと言われると食べにくいなぁ」

「ゴメンゴメン。気にせず食べてください」


 平日3時半のフードコート内はそこそこ人はいるものの、小さな子どもがよちよちと走れるくらいには空いている。フードコート特有の喧騒が、私は案外嫌いじゃなかったりする。


「子ども見てたらたまに思うんだけど、明らかに大人より食べる量少ないのに、なんで大きくなるんだろうな」

「……成長期だからじゃないの?」

「それもあるだろうけど。例えば親とか、毎日ご飯食べてるはずなのに身長なんて全く変わんないじゃん。でも今そこにいる子どもなんて、1年ですぐ伸びる訳だし。逆にそのままをキープしてる大人ってすごくね?」

「だから大人になって太る人がいるんでしょ? てか、そんなこと考えてたんだ」


 ペシャ、とその場で転んでしまいアーアー泣き声をあげる子どもを眺めながら「ピコピコ鳴る靴履いている子ども見るたびに考えてる」と真面目な顔をして重村は言う。私もこれから転けてしまった子どもを見るたび、この話を思い出すのだろうか。


 あっという間にアイスは残り少なくなってしまい、液体と化してしまったチューブの中身を傾ける。既にアイスを食べ終わってしまった重村は、安っぽい二人がけ用の四角いテーブルの上で頬杖を付きながら、私が食べ終わるのを黙って見ている。


 その視線が、何ていうか。


「……思ってたよりデートっぽいね」


 脈絡のない急な私の話に、頬杖から顔をあげた重村はひどく難しそうな顔をして首を傾げた。


「……デートっぽくない、デートって何?」


 まるで彼の苦手な英語の問題を解いているかのような表情を重村が浮かべているのに、つられた私も頭を悩ませてしまう。


「何だろう……? Siriに聞いてみる?」

「絶対そんなの『ヨクワカリマセン』って返事されるヤツじゃんか」

「別に良いじゃん。Siriなんて困らせて遊ぶようなものなんだから」

「たしかにそうだけど。でも理由は知らないけど、俺Siriに嫌われてるんだよな〜。『ヘイ、Siri』って声かけても大体無視される」

「アハハ、めっちゃ可哀想!」


 ケラケラと笑う私を見返してやろうと、重村はスマホに話しかけたものの、案の定一発では聞き取ってもらえず。2回目で聞き取ってもらえたものの、結果としてはネット掲示板の質問回答が表示された。思っていたのと違う。

 結局『デートっぽくないデート』とは何なのか分からなかったけれど、デートなんて楽しかったらそれで十分じゃないだろうか。そう重村に言ってやると、彼は少し黙り込んでから恐る恐る私に尋ねてきた。


「……橘は、今日楽しい?」

「えっ。そりゃあ、楽しいよ」


 部活終わりに映画を見て、アイスを食べて。

 時折部活の友達と寄り道することがあるけれど、私はそういうのが好きだから、今日だってもちろん楽しい。それに加え、平日なのに遊んでいるという背徳感が高揚感を高め、私の心を踊らせてくれる。


 重村も多分楽しいと思ってるでしょ、ぐらいの軽い気持ちで返事をしたものの、彼の様子はそうではなくて。

 テーブルの木目に視線を逃してから、彼は唐突ポツリと呟いた。


「俺、今日人生で初めてのデートなんだよね」


 重村の耳が赤く染まっているのに気づいてしまった私は、思わず目を見開く。


「……そうなの?」

「そりゃあ、まぁ。女子と2人きりでご飯食べたのも今日が初めてだし、女子と電話したのも橘が初めてだったから。俺あのときめっちゃ緊張してたし」

「そうなんだ……」

「……だから楽しいって言ってくれてめちゃくちゃ嬉しい」


 真面目な表情で話す彼に、私は妙な汗を掻きながらも、空のアイスのチューブを握る手がドクドクと脈打つ。

 何を言って良いのか分からず黙り込んでいると、彼は唐突に「今のナシ!」と騒いで無理矢理話題を転換させた。


 男子バレー部の友人の話をベラベラと話し出したのを話半分に聞きながらも、私の意識は遥か彼方にあった。


 私は、その場の雰囲気で付き合う決心をしてしまったけれど、思っていたより重村は本気なのかもしれない。

 軽い気持ちで告白を受け入れてしまった自分の浅はかさに今更気づいてしまって。


 私は、彼のことをもう少し真面目に考える必要がある。



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