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バレー部のタチバナさん  作者:
バレー部のタチバナさん
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5 電話


 明日から始まる期末テストに備え、1日目の鬼門とも言える英語の教科書を開きつつ、私の意識はスマホの中の動画にあった。


 重村と付き合い始めて1週間。

 恋愛にうつつを抜かして成績が下がる、なんて話をよく聞くけれど、勉強しなきゃいけない環境を作り出してくれた重村には感謝している。お陰で勉強の進み具合はまずまずだ。


 中学生である私の妹も期末テストが近いらしく、それなのに夜10時になってから隣の部屋から掃除機をかける音が聞こえてくる。

 ……大丈夫なのかな?


 イヤホン越しに掃除機のモーター音が聞こえてくるのを煩わしく思い、動画アプリを終了させたところでスマホが通知を知らせる。

 LINEの送り主は重村で、内容は【今電話して大丈夫?】とのことだ。


 放課後に図書室または教室に残って勉強し、一緒に帰って、夜にちょこっとメッセージのやり取りをする。その他は特に進展もなく、電話なんて一度もしたことがない。一体どういった用件で電話がかかってくるのかは分からないけれど、断る理由は特にない。

 別に見られる訳でもないのに、なんとなく前髪を整えてから【大丈夫だよ】と送るとすぐに既読がついて電話がかかってきた。3コール経ってから軽く咳払いをし、意を決して電話に出る。


「……もしもし?」

『もしもし、橘』


 イヤホンから直接聞こえてくる声は、いつもより低いような、そうでもないような。そういえば、電話の声は本当の声とは違うというのをテレビで見たことがあったけれど、もしかしたらそれが原因なのかもしれない。


「今妹が隣で掃除機かけてるから、ちょっとうるさいかもしれないけど大丈夫かな?」

『全然。それより明日英語のテストあるじゃん。それで分からない問題があって電話したんだけど、今いい?』

「いいよ、今ちょうど疲れてたところだから息抜きにもなるし。で、どこが分かんないの?」

『教科書の――』


 パラパラとめくったページの問題は、たしか数日前に重村に教えたような気がする。まぁ、私も物理の同じ問題を2回ぐらい繰り返し質問したから人のこと言えないんだけど。

 電話越しだから説明を聞いても分からないかな、なんて思ったけれど、どうやらそれは稀有だったようで。


『なるほど、分かったかも!』

「本当? じゃあ良かった。他は大丈夫?」

『うん、マジでカンペキ。これなら明日60点取れる!』

「それってカンペキなの?」


 アハハと笑う私につられて重村も笑い、そして会話が途切れてしまう。

 いつの間にか掃除機の音は止んでいて、代わりに何かを片付けるようなガタガタといった大きな物音が隣室から聞こえてくるだけ。



 もう、電話切っちゃっても良いんじゃないかな。

 用件も済んだことだし、なんて思いながら「明日からテストだしそろそろ切るね」と伝えると、『最後に1個だけいい?』と重村の切羽詰まったような声が聞こえてきた。


『あのさ、テスト終わったらの話なんだけど』

「何?」

『……休みの日、2人でどっか出掛けよう』

「えっ? あ、はい」

『よし、決まり! 俺の用事はそれだけ。じゃ、おやすみ!』

「おやすみ。……え? ちょっと!」


 待って、と呟いた声はティロンと鳴る電子音にかき消されてしまう。


 男女が、2人で、出かけるってことは……。

 こんなの誰だって分かる。いわゆるデートってやつだ。


「で、デート……」


 パンクする頭を休めるために、背を預けていたベッドに頭を乗せ天井を仰ぐ。直接目に降りかかるLEDのライトの眩しさから目を守るため、ギュッと目を瞑る。


 ……


『ウチのクラスの男子ってマジないよね〜』

『あれ、お前らもしかして2人きり?』

『これからは出来るだけ私に話しかけてこないで』


 ……



 待って!

 今、すっごく嫌なこと思い出してしまったかも。


 目に力を込めて押し開き、姿勢を正すためベッドから背中を離す。頭を左右にブンブン振って邪念を消し飛ばし、机の上にある問題集へと意識を集中させることにした。



 セーラー服に緑のスカーフを巻いていた、あの1年間のことなんて、今の私にはもう関係ないのだから。



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