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バレー部のタチバナさん  作者:
家庭科部のタチバナさん
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7 彼女のコンプレックス

前回に引き続き、ハナちゃんの話です。


 急に腕を掴まれることは、なかなかの恐怖だ。

 それがたとえ家族だろうと、親しい友人だろうと、恋人だろうと。

 びっくりして大声を出さなかった私を褒めてほしい。


「えっ……、外崎くん? どうしたの?」

「芭奈が1人でいたの見たから、何かあったのかなって」


 うなじに手を当てながら「ごめん」と謝ったのは、彼氏の外崎くんだ。

 先程強い力で握られてしまった腕は、振り解けるくらいの握力で掴まれたままで。心配そうな表情を浮かべる彼に、私は努めて明るい声でニコリと笑って見せた。


「……ちょっと応援席に忘れ物しただけ。友達に付き合ってもらうのも悪いから1人で戻ってきたの」

「そっか。じゃあ俺もついてく」

「ううん、1人で行けるから大丈夫。外崎くんは教室戻ってて」

「……分かった」


 そう言って彼は納得する素振りを見せたものの、戻ろうとはしない。きっと、私が忘れ物を回収するまで待っているつもりだろう。


 思いがけず急がなければいけない理由が出来てしまった私は、1組の応援席に戻り、忘れ物を回収するフリをしてから小走りで駆け出した。


 目視ではっきり彼を確認出来る程の距離に達してから、ふと違和感に気づく。

 外崎くんが、4〜5人の女の子グループに囲まれているのだ。

 外崎くんはカッコいいから女の子から人気がある。一緒に登校しているときも、彼が名前を把握していない女の子から挨拶される場面を時折見かけるほどだ。


 体育大会のテンションがそうさせるのか、女の子がペコリと頭を下げて横に並び、それを別の女の子がスマホで写真を撮る。女の子達はスマホを囲んで盛り上がったかと思えば、また別の子が外崎くんの隣に並ぶ。


 突如発生した写真撮影タイムに、思わず駆け出していた足が止まる。とはいえ、私を待ってくれている外崎くんを放置する訳にはいかない。

 どうしたものか、と迷いが生じる足でゆっくり歩いていると、背後から「芭奈ちゃん!」と声をかけられた。


 声のした方を振り向くと、そこにいたのは半袖半ズボンにジャージの上着を腰で巻いた、1年8組の橘香里ちゃんだった。


「……香里ちゃん。1人でどうしたの?」

「私? 私は忘れ物。応援席にスマホ置いてきちゃってめっちゃ焦った。芭奈ちゃんも1人だけどそんな感じ?」


 水色のはちまきをまいた香里ちゃんが首を傾げるとポニーテールが揺れる。「そうなの」と首を縦に振ると、香里ちゃんは「一緒だ。仲間だね」とはにかんだ。


「芭奈ちゃんは今から校舎戻るところ? 途中まで一緒に行かない?」

「え、えっと。実は待ってくれてる人がいて……」


 ちらりと外崎くんの方を見てしまうと、香里ちゃんはそれだけで察したのか「……なるほど」と呟いた。


「それなら私は帰ろっかな。じゃあ、お先!」


 そう言って校舎の方へ歩き出した香里ちゃんだったけれど、私は「待って!」と彼女の方に手を伸ばしながら呼び止めた。


「やっぱり、私も今から教室戻ろっかな。先に帰って良いよって言ったんだけど……。多分、義理で待ってくれてるだけだから」

「そ、それは尚更待った方が良いんじゃないの?」

「ううん、良いの。どうせ私と一緒にいたところでつまんないだろうし、気にしないと思う」


 心配をかけないように、私は香里ちゃんに作り笑いを浮かべてみせる。

 けれど、香里ちゃんは途端に険しい表情を浮かべて。眉を顰めながら「どういうこと?」と低い声で唸った。


「……何それ。あの人、芭奈ちゃんに『つまんない』なんて言ったの?」


 香里ちゃんは外崎くんの方をちらりと睨みつける。


「ち、違うよ! 別に本人から言われた訳じゃないよ」

「じゃあ、彼氏本人が『つまらないですオーラ』でも出してる訳? それって傲慢じゃない?」

「待って、そうじゃないの! 私が勝手に推測してるだけだから!」


 あたふた両手を振って、何とか怒りを鎮めるために、香里ちゃんの説を必死になって否定した。腑に落ちてないのか、香里ちゃんは腕を組んだまま首をひねる。


「余所のカップル事情に首を突っ込むのはどうかと思うけど……。それって彼氏本人に直接聞いた方が良いんじゃないの?」

「う、うん。そうだよね。そうなんだけど……」


 私だって、そう思う。

 でも、怖いから聞きたくない。

 それに、なんて言い出したら良いのかも分からないし。

 ウジウジと俯きながら「こういうの苦手なの」と、か細い声を絞り出した。


 きっと、香里ちゃんはこんな私を軽蔑してるだろう。

 思ったことを言えないで、1人でもがき苦しんでる私を。


 だけど、香里ちゃんが発したのは意外な一言で。

 あっけらかんとした口調で「それは分かる」と言ったのだ。

 思いがけない反応に、顔を上げた私は「え?」と彼女の表情を勘ぐってしまう。


「私も言いたいこと口に出来ないときあるもん。大人数のときとか、すぐ周りに流されちゃうし。中学の部活でも『イイ子ちゃんぶってる』とか言われて揉めたことあるし。たまにイライラ溜めちゃって爆発しちゃうし。だから芭奈ちゃんの気持ちすっごい分かる」

「……か、香里ちゃんが? 香里ちゃんでもそんなことあるの?」

「結構あるよー。……もしかして、私って何でもズバズバ言うタイプの人間に見えてる?」


 香里ちゃんはおどけてみせるけど、香里ちゃん自身にそんなイメージはない。彼女はおそらく周りに遠慮出来るタイプの人だと思う。むしろ私が驚いたのは、香里ちゃんでも誰かと上手くいかないことがあるのだ、ということだった。


 フルフルと首を振って見せると、「まぁ、イライラしちゃったら結構色々言っちゃうんだけど」と香里ちゃんは苦笑いを浮かべる。

 私の中に構築されていた『香里ちゃん像』の表面の塗装がポロポロと剥がれていく。きっと私は、自分に足りないものを持っているよく似た苗字の彼女を、勝手に完全無欠な人間かのように捉えていただけなのかもしれない。


「……こんなこと、私が言うのはどうかなーって思うんだけど。なんとかタイミング伺って、言いたいこととか聞きたいこと口に出してみたら良いんじゃないかな。……いきなりは難しいかもだけど。上から目線みたいなこと言い出してごめんね」


 目線をそらしながらもじもじと話す香里ちゃんに、私は「ううん」と頭を左右に振った。


「むしろ話聞いてもらってスッキリしたかも。ありがとう」

「良かった。じゃあ、私は先に教室戻るね」


 私に手を振ってから、香里ちゃんは校舎の方へと駆け出してしまった。その姿を見送った私の元へ外崎くんが寄ってくる。私の顔をまじまじと見つめながら、彼は「何かあった?」と相変わらずあまり変化の見られない表情で尋ねてきた。


 なんでもないよ、と言いかけて止めた。

 それじゃあ、だめな気がする。


「……話の内容は上手く言えないんだけど。でも、話して良かったなって思う」


 漠然とした答えの私に、外崎くんは「そっか」と満足そうに微笑んだ。



 ■



 高校生活初めての体育大会は1年生8クラス中6位という、なんとも微妙な結果で終わってしまった。


「そもそもなんだけど、どの競技で何点つく訳?」

「たしかに! とりあえずクラス皆で頑張ったってことでしょ?」

「何よ、良い感じにまとめちゃって。それより明日絶対筋肉痛だぁ〜」


 先生から配られたスポーツドリンクを飲みながら、1組女子の皆で今日の体育大会の感想で盛り上がる。体育大会が始まる前の私はあんなに失敗に怯えていたのに、蓋を開けてみればクラス全員、順位への執着心が大してなかったのだ。


 とはいえ、それでも後悔が残る生徒はいる。

 バトンミスをしたリレーの女の子が「私のせいだよね〜。皆ゴメン!」と取り繕うように謝った。出来るだけ明るく謝罪を述べたつもりなのかもしれないけれど、どことなく顔は引き攣っているようにも見える。「気にしないで良いよ!」と皆が一斉にフォローするけれど。


 何か言わなきゃ、と思った私は皆の声を遮った。


「わ、私、実は中学のリレーでコケたことあるから! それに比べたら、その……。上手く言えないけど、最後までバトン繋がってカッコよかったと思う!」


 その場にいた全員が、しぃんと静まり返って私の方を見る。


 あ、間違ったのかも。

 衝動的に発してしまった言葉だった。後になってジワジワと恥ずかしくなってしまい、唇を噛み締めながらペットボトルをギュッと握りしめる。


 今の忘れて、と口を開こうとした瞬間だった。


「……フ、フフッ」


 100m走のリレーメンバーだった子が、笑い声を漏らし始めた。それにつられ、他の子も必死に笑いをこらえる。ついには誰かが我慢が効かなくなったのを皮切りに、皆が口を開いて笑い始めた。

 変なことを言ってしまった自覚に、思わず今日1番と言えるくらい顔が熱くなる。今すぐこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいになっていると、「ごめん、つい」と目尻から涙をこぼしたクラスメイトの1人が話し始めた。


「芭奈ちゃんのコケるとこ、想像つく……」

「……私も。芭奈ちゃんリレーで走らせるの危ないよ」

「てか、芭奈ちゃんの運動音痴って触れちゃいけないものだと思ってた」

「あ、私も。これ絶対言っちゃダメなやつだなって」


 共感でその場にいた全員がウンウンと頷く。

 口にこそ出さなかったものの、やっぱり皆私の運動音痴に迷惑を被っていたのだろう。「迷惑かけてごめんなさい」と頭を下げると、皆キョトンとした顔で私の方を見てくる。


「別にそんなこと思わないよ。芭奈ちゃん体育苦手っぽいのに頑張ってるじゃん」

「そうそう。ボール飛んでくるたび、すっごく不安そうな顔してるけどね」

「顔強張ってるもんね。それでもちゃんと腐らず体育出てるから、それで良いと思う」

「てか、笑ったらちょっと元気出てきたかも。芭奈ちゃんには悪いけど、なんか気分スッキリした!」


 ケラケラと笑うクラスメイトには一切の悪意を感じない。もしかしたら、どこかで不満を抱いている子もいるのかもしれない。

 それでも、クラスの皆に受け入れてもらえたという事実に、理解が遅れてしまった私は目をパチクリと瞬かせた。

 私の隣にいた友達がその様子を眺めながら「フフッ」と小さく笑った。


「芭奈ちゃんって見た目も可愛いけど、何より一生懸命さが可愛いよね」

「うんうん。そこが芭奈ちゃんの良さでしょ」


 ――そっか、私って『一生懸命』なんだ。

 皆にそう思ってもらえてたんだ。

 言われてみれば、そんな気がしてきたかも。


 今までずっとずっと、もがき苦しんできた。そこに一筋の光が差したかのようだった。

 自分という人間に、新しい付加価値がつけられたような気がして、気づいたら涙がボロボロと溢れ出てしまった。


「ス、ストップ! 芭奈ちゃん泣いちゃった! 誰かティッシュすぐ出せる人いない? 私カバンの中なんだけど」

「あるよ! ちょうど潤いティッシュがラスト1枚!」

「……ほんあ。もっ、もっはいあいよぉ……」

「良いから! 1枚残ってても微妙なだけだから!」


 涙と誰かから抑えられたティッシュで視界が覆われる。

 拭われた先に見えた世界は、どこか鮮やかなものに変わったような気がして。

 急には無理かもしれない。けれど、少しずつ私の中の何かが変わっていけそうな、そんな気がする。


 鼻を啜りながら「ありがとう」と笑うと、その場にいたクラスの友達が私に笑い返してくれた。



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