1 女社会
少し前までは夏服を着ていたなんて、にわかに信じがたい。
昼間は暖かいので、長袖シャツとニットベストで十分だけど。
登校時にはめっきり欠かせなくなったブレザーを羽織った私は、下駄箱ですれ違った男女カップルの片割れの女の子に小さく手をフリフリと振られた。
「香里ちゃん、久しぶり」
「芭奈ちゃんだ、おはよ」
ニコっと微笑んだ女子生徒に手を振り返して見送り、靴を履き替えていると、バスケ部のエナメルバッグを肩にかけたクラスメイトの玲香が「香里じゃん」と声をかけてきた。
「おはよー。玲香にしては今日早いね、珍しい」
自転車通学の玲香は家が学校の近所にあり、いつもチャイムギリギリに教室へと駆け込んでくる。そんな玲香は、欠伸を噛みしめながら呑気に目尻を拭う。
「それがね……。私朝ドラ見てから家出てるって前言ってたじゃん? ハッキリ言うと今期微妙なんだよね。だから、今日は観るの良いかなって」
「そういうことね。じゃあこれからはバッチリ間に合いそう?」
「うーん、しばらくしたら、また同じような時間に出発してそう」
「ダメじゃん」
ヘヘ、とピースを作った玲香は「そういえば」と前方をキョロキョロ見渡す。
「さっき香里が話してたの、立花芭奈ちゃんカップルだよね。立花さん顔小さいし、細いなぁ〜」
「分かる。骨格からして私達みたいなのとは格差があるよね」
「あの2人も同じ制服着てるんだよ。何が違うんだろ? 生地?」
「そこじゃないでしょ。シンプルに顔でしょ」
「わー。現実感じる」
前方を過ぎ去っていったのは、学年イチの美男美女カップルである家庭科部の立花芭奈ちゃんと、テニス部のイケメンウィンブルドンこと外崎くんだ。
ハーフアップの髪をバナナクリップでまとめた芭奈ちゃんと、その横を並んで歩く外崎くんは、ちょうど顔1個分の身長差があって、まるでお誂え向きのペア人形のようだ。
私と芭奈ちゃんは苗字こそ似ているものの、ここまでの顔面格差があると一切の僻みすら感じさせない。むしろ同じタチバナで申し訳ないくらいだ。
「2人どんな会話するんだろうね」
「何だろう……。お、お紅茶とか?」
「そんな話する男子高校生いないでしょ。あいつらラーメンと唐揚げばっかり食べて生きてるんだから。香里んところの彼氏もそうでしょ」
玲香の決めつけのような偏見は、残念ながら一切反論の余地がなくて。これに関しては学校の最寄り駅近くにラーメン屋があるのが悪い。あの店の前には、放課後だったらいつ近くを通っても私の高校の制服を着た男子生徒がいる訳だし。
私の彼氏である航太郎も、男子バレー部やクラスの友達と定期的に食べに行っているそうだ。
「たしかに。それと最近は、部活のオフの度に家の車洗った話を永遠聞かされる。1回目は『へぇーそうなんだ』って思って聞いてたけど、週末晴れてたら次の日は大体この話されるからね。正直『また?』って思っちゃう」
「とはいえ、そんな話でも聞いてあげるんでしょ」
「……まぁね」
「そんなの愛じゃん。愛」
現在私の通う高校では2学期中間テストが目前に迫っており、それを乗り越えると、ちょうど私と航太郎が付き合い始めて4ヶ月を迎える頃になる。
さすがに付き合いたてのテンションは保っていないし、些細なことで『ん?』と思う瞬間もあるし、思わず相手に文句を言ってしまうこともある。それでも、仲良くやっている方だとは思っている。
「……と、とにかく。駅前の空いてるテナントあるじゃん? あそこ牛丼屋とか作ったら売れるんじゃないの?」
とはいえ何を返事したら良いのか分からず、件のラーメン屋近くの空き店舗を話題に挙げると、玲香は「露骨に話そらした」と痛いところを突いてくる。
「……何よ。そんなこと言うなら玲香のこと雇ってあげないから」
「香里が店長なんだ。……資金元はどうすんの?」
「え〜。……学校で募金活動とか?」
「アハハ、めっちゃアリ。ラーメン屋潰すくらいの勢いで頑張ろーね」
もちろん、部活で忙しい私と玲香にとっては不可能な話ではあるのだけれど。空想上のお店での看板メニューや集客戦略で盛り上がりながら、教室の扉を開けたとき。
廊下側近くの席に座る有希が、朝から気だるげに机に突っ伏していた。その1つ前の席は莉子が拝借しているようで、有希の髪の毛で三つ編みを作って弄んでいる。
「おはよ、有希どうしたの」
「朝からめっちゃテンション低いじゃん。テスト近いからブルーな感じ?」
「ん……はよ〜。……むしろテスト近くてラッキーなんたけど」
少なくとも私の記憶の中では、有希はテスト大好き人間ではなかったはず。どういうことかと近くにいた莉子に尋ねると、ここ最近、有希の所属する陸上部で人間関係のトラブルが発生中らしい。
「高校から陸上始めた部員の女の子が『初心者だからってリレーメンバーに選ばれないのはズルい』って文句言い出したんだって。タイム見たら一目瞭然のはずなのに。で、本来なら長距離パートの有希は関係ないはずだけど、その子がギャーギャー騒ぐせいで、陸上部の1年女子がギクシャクして巻き込まれ中らしいの」
テストが近いことで部活が休みになっていることは、今の有希にとってはありがたいことらしい。ただ、それに不満を抱いた渦中の陸上部員がテスト前にも関わらず話し合いの場を設けようとしているため、有希は朝から憂鬱な気分になっているそうで。
「あ〜。本当にダルい。何で高校生になってまでこんなトラブルに巻き込まれなきゃいけない訳?」
スマホの画面を一瞬だけ確認した有希は、チッと舌打ちをして画面の方を机に伏せてしまった。
その様子を見ていた玲香が、壁に寄りかかりながら独り言を呟いた。
「……こういう部活トラブル、中学のときにあったなぁ」
鬱々とした玲香の表情に、その場にいた私と莉子と有希の3人が揃って首を縦に振る。
「私の部活でもあった。誰が顧問に気に入られてるかで揉めたりして」
些細なことで仲違いした当時のことをぼんやりと思い出す。どうでもいいことで揉めていたな、なんて思えるのは時間が経ったお陰だろう。
苦笑いを浮かべる私に、顔を上げた有希が「あるある〜」と顔をしかめる。
「波長の合わない2人がいて、気づいたら部活内で2つのグループに分かれていたりとか」
「あたしのところは先輩だったなぁ……。スカート丈や、通学カバンに付けたキーホルダーの個数を目ざとくチェックされて」
そういった軋轢を乗り越えて部内の結束が強まり、今では「あんなこともあったね〜」と笑い合える仲になったのだけど、当時は色々と頭を悩ませたのだ。
「こんなの、よくある話だよね。きっと、女子だったら誰でも皆こういう経験あるんだよ」
「そうだよね。女子たるもの、どんなにトラブルと無縁そうな子でも、案外何かしらの人間関係でバチバチした経験あるんだろうね」
「全員と上手くやっていけるなんて、都合の良い話なんかある訳ないもんね〜」
掛け声もなく「分かる!」と4人全員の声が揃い、思わずその場にいた皆でアハハと笑ってしまった。




