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バレー部のタチバナさん  作者:
バレー部のタチバナさん
3/38

2 図書室


「えっ、香里彼氏出来たの? いつの間に!」

「ちょっと! 玲香(れいか)声大きいって!」


 朝のホームルームが終わってすぐに、クラスメイトの玲香を廊下に引きずりだした。訳も分からず引っ張りだされた玲香は困惑気味だったけど、ボソボソと昨日の出来事を耳打ちしたらこの有り様。限界まで目を見開いて私の肩をバシバシと叩く。

 あまりのはしゃぎっぷりに、廊下を通る他の生徒がチラチラこっちの方を見てくる。見世物じゃないのでこっちを見ないでほしい。


「だって急すぎてビックリしたもん。で、相手は誰? 私の知ってる人?」

「お、落ち着いて。えっと相手は男子バレー部の1年。顔はどうだろ。……見たことあるのかな?」


 玲香はバスケ部に所属しているので、同じ体育館で練習を行う者同士すれ違うこともある。重村とは直接関わりはなくとも、どこかで見覚えがあるかもしれない。

 スマホを取り出してグループチャットを開き、バレー部の皆で遊んだときのアルバムをタップする。

 スクロールして探し出したその写真を2本指で拡大し見せると、玲香はショートの髪を耳にかけて画面を覗き込んだ。


「えっとね、この人!」

「ん〜、分かんない。見たことあるような、ないような……。他の写真ないの?」

「これはちょっとブレてるし、これ半目になってるし……。じゃあ、これとかどう? 3人並んでいるうちの右端」

「うわーやっぱり分かんない……。今度どこかですれ違ったら教えて。それより彼氏の名前は? どんな人なの?」


 玲香の発した『彼氏』というワードに思わず顔の熱がこもる。普段顔が赤くなることなんて練習の後ぐらいなのに、昨日の帰り道以来イレギュラー続きだ。


「名前は重村航太郎で、1組の人。顔はイケメンとかじゃなくて普通だけど、背はまぁまぁ高いかな」

「重村くんね。良いじゃん高身長。写真見る限り塩顔って感じがして、むしろアリだと思うけどな」

「そうかな……? まぁ、それは置いといて。中身は部活だと明るくて、声出し頑張ってて、跳躍力があって、元気だなーって感じ」

「へぇ〜。盛り上げ上手とか、ワイワイ騒ぐタイプ?」

「そうそう、まさにそんなイメージ」


 私が重村と接するのは部活の時間がほとんどだけど、きっとクラスでもそんな感じだろう。この前クラスの友達と休み時間に教室で野球してたら先生に怒られた、なんて小学生みたいなエピソードを話していたし。


「1組ってことは教室真反対じゃん。てか1組って誰いたっけ? 普段行くことないから全く思い出せない」

「私が噂で聞いたのは学年首席の東大狙ってる人とか?」

「あぁ、そんな噂あったね」


 私が通う高校は1学年につき8クラスまで存在していて、南校舎の1階から3年生、2年生、1年生の順にフロアが分かれている。他の学年は知らないけれど、1年生の教室がある3階は4組と5組の間に中央廊下を跨ぎ、東側から西側へと1組から8組まで順番に教室が並んでいる。


 教科書を忘れたときも、近くの教室の友達に借りることがほとんど。遠く離れた1組なんて関わりがゼロに等しい。

 1組で仲が良いと言えるのは同じ女子バレー部1年の子だけ。彼女以外で思い出せるのは、同じ中学だった顔見知りの生徒2人と、自称進学校には相応しくない程の優秀な生徒の噂話ぐらいだ。

 これ以上頭を捻っても何も思い浮かばなさそうなので、スンと諦めたところ「そうそう」と玲香がポンと手を叩く。


「そういえばあの子1組じゃなかったっけ? 家庭科部に入った可愛い子。4月に香里が駅でフラフラしてるのを助けたって言ってたじゃん?」

「……もしかしてタチバナさん? あの子1組だったんだ」



 あのときのことは今でも覚えている。


 その日の私は、普段利用しないバスに乗っておばあちゃんの家へと行く予定だった。ロータリーへ立ち寄ったとき、その場でうずくまる女子高生を見かけた。大丈夫じゃなさそう、と思いすぐさま声をかけてびっくりした。

 真っ青な顔で私の方を見上げる彼女の美少女っぷりに。


 顔の半分は目ですか、と言いたくなるほどのパッチリとしたお目々にパーツ配置が整った小顔。色素の薄い瞳と髪の毛は焦げ茶色で、端的に言うとウルッウルのサラッサラだ。小さな身長に細い手足は、まさに華奢で折れそう。

 女優さんやアイドルを生で見たことがないけれど、間違いなく芸能人にも引けを取らないレベルの可愛さだと思う。


 高校ってあんな可愛い子いるんだ、なんて関心しつつ、フラフラの状態で不審者とかに目をつけられないよう祈りながら彼女の乗るバスを見送った。

 1年にめちゃくちゃ可愛い子がいるとの噂を聞いたのは、GW(ゴールデンウィーク)も過ぎた頃。インスタに写る写真を見せられて驚き、更に彼女の苗字を聞いて再び驚いた私のリアクションにクラスの友達も笑ってたっけ。


「そっ。立花(たちばな) 芭奈(はな)ちゃん。漢字は違うけど香里と同じ苗字の」


 タチバナ、という苗字自体はそんなに珍しいものではないと思うけれど、親戚以外で同じ苗字の人と実際に会ったことはなかった。まさか、初タチバナさん仲間があんな可愛い子だったなんて。


 廊下の窓から中庭を見下ろしつつ、そんなことを考えていると、握りしめたままのスマホが無音でLINEの通知を知らせる。横にいる玲香に「重村から」とメッセージの送り主を告げると、玲香はコクコクと黙って頷いた。


 既読を付けないように確認したメッセージには【今日放課後空いてたら一緒に学校残って勉強しない?】と書かれている。

 どうしよう、と返事を後回しにするつもりが、間違ってトークをタップしてしまった。


「わっ」

「どーしたの? なんかあった?」

「既読つけるつもりなかったのに開いちゃった。放課後一緒に勉強しよう、だって」

「いいじゃん! せっかくの機会だしそうすれば?」

「でも中間テストのときみたいに莉子(りこ)有希(ゆき)入れた4人で帰るんじゃないの? だからこっちは断るつもり」

「いやいや、そこは彼氏優先しなよ。別に私達は約束してる訳じゃないし、そこ気遣う必要ないって」

「えー……」


 今すぐ返事しな、と急かされた勢いで【良いよ】と送るとすぐに既読がついて【わかっあ】と返事か送られてくる。横から私のスマホを覗き込む玲香が「彼氏テンパって誤字ってるじゃん」とクスリと笑う。


「なんかゴメン。友達蔑ろにしたみたいになっちゃって」

「別にいーよ、そのくらい。多分2人も気にする訳ないだろうし。その代わり彼氏との面白い話あったらまた聞かせてね」

「ハイハイ」



 ■


 午後の授業が始まってすぐにパラパラと雨が降りだした。幸い朝の天気予報でも降水確率50%を予告していたので傘はちゃんと持ってきている。少しジメッとした教室の空気が眠気を誘うけれど、コンタクト用の目薬をさしたりこめかみを刺激しながら、眠たい授業を気合で乗り越えた。


「――明日の放課後は文化祭実行委員会がありますので、担当の人は北校舎2階の視聴覚室に集合してください。それじゃあホームルームを終わりにしましょう。クラス委員長、号令!」


 クラス委員の掛け声で、クラス中の生徒が一斉にゾロゾロと椅子を引いて立ち上がり、ペコリと適当に頭を下げる。

 玲香以外のクラスの友達には彼氏が出来たことはまだ伝えていないので、帰りに誘ってくれた友達に「今日は先約があるからまた今度よろしくね」と断ってから教室を出た。



 重村とは中央廊下で待ち合わせをしている。

 ホームルーム直後の廊下は沢山の人で溢れていて、ビニル床と上靴の擦れる音と生徒の笑い声が共鳴する。


 昨日駅で解散してから、重村の顔は見ていない。さっきまで何ともなかったはずなのに、待ち合わせて今から会うのだと思うと少し緊張してくる。

 手持ち無沙汰なのを誤魔化すように、画面の電源を落としたままのスマホを鏡代わりに、前髪を手櫛で整える。


 ふぅ、と息を整えると1組の教室のある方向から重村の姿が見えた。来た、と心の中で構えてしまうが、人混みをかき分けながら小走りで向かってくるその様子に、思わず小さな笑い声がこみ上げてしまう。


「ごめん、待った?」

「フフッ、別にそんな急がなくていいよ」

「……何で笑われてんの、俺」

「必死すぎてちょっとツボった」

「えー……」


 困惑した表情を隠さない彼に「ゴメンゴメン」と謝りながら、少し安堵していた。今日の感じならいつも通りでいられそうな気がする、多分。


「それよりどこで勉強するの?」

「図書室でもいいし、教室でもいいし。橘はどっちがいい?」

「えっと……、私はどっちでもいいかな。重村が決めていいよ」

「んー、じゃあ()()()図書室にしよ」

「わ、分かった。図書室ね」


 そっか。一緒に勉強するのは今日だけじゃないのか。


 重村との間にあった齟齬に少し気を取られながらも、それを誤魔化すように私が2回首を縦に振ったのを合図に、中央廊下を北方面へと進んでいく。北校舎の中央階段を1階まで降りると、すぐそばには下駄箱、そしてその近くに図書室がある。

 ダラダラと進む前の人に続きながら、2人で並んで階段を降りていく。テスト前だということもあって、話題は専ら勉強の話になる。


「橘は課題進んでる?」

「冗談抜きで全然進んでない。テストは1週間後だし今めっちゃ焦ってる」

「今回期末だからテスト範囲も広いし結構辛いよなー。全然勉強してないしマジでヤバい」

「とか言って、ちゃっかり勉強進んでんじゃないの?」

「いやいや、本当だって!」


 今まで通り友達同士みたいに話せているから、付き合っていることを一瞬忘れそうになる。たまたま下駄箱で遭遇した女子バレー部の友達が、特に何も口出ししてこないのに生暖かい目で私達を見てくるのはちょっとムズムズしたけど。


 重村はそんなことを気にしていないのか、友達と別れたあとは、中学校のテストのときに試験監督の先生がいつも居眠りしていた話を図書室に到着するまで続けていた。



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