27 軽音部のヤマシロくん
今回、少し長いです。
中学時代の僕は、まさに空気だった。
目立った外見でもなく、運動部に所属しておらず、面白い話が出来る訳でもない。
クラスで僕と同じような立ち位置になってしまった大人しい男子生徒と、教室の隅っこで休み時間を過ごすのが日常だった。幸い、イジメにはあったことはない。バカにされるようなこともないが、まるで教室内に溶け込む風景のような扱いをされるのだ。
そんな僕は、クラスの中心人物達の笑い声が耳に入ってこないよう縮こまりながらも、どこかで内心彼らを見下していた。
SNSとかの流行りに踊らされているその様は酷くバカバカしくて。一過性のものに流されるんじゃなくて、自分で好きなものを見つければ良いのに。
僕はそんなことを考えながら、往年流行った洋楽や、邦楽ロックファンの間で密かに話題のインディーズバンドのレンタルCDを再生する。
ただ、彼らのことをどこか羨ましく思っている自分がいたのも事実だった。
あんなヤツらに僕もなりたい。でもやっぱり、なりたくない。
そんな思いを胸に秘めたまま3年間を過ごした僕は、中学校の卒業式が終わってすぐ、母さんから貰った千円札3枚を握りしめ、いつもの床屋より少しだけおしゃれな感じのする散髪屋に向かった。そこで僕は、理容師のお兄さんにスマホの画面を見せた。そこには僕の好きな、雰囲気イケメンと称されるバンドマンの顔写真が写っている。
「こんな感じに切ってください」
幸い、高校受験の期間は床屋に通ってなかったので毛の長さは十分に足りた。お兄さんのサービスで、ワックスを付けてもらった鏡の向こうの俺は、雰囲気のあるサブカル男子デビューを果たしたのだ。
高校に入学し、相変わらずモテとは程遠い生活を送ってはいるものの、クラスメイトからはきちんと認識されているし、友達も増えたし、席が近いなどのきっかけがあれば女子と一言くらいの会話も交わせる。
それなのに、4月のある日。
学校からの帰り道の俺は、縮こまるように1人駅へと向かっていた。
というのも俺の数m先には、1人で駅へと向かうクラスメイトの女子がいたからだ。
橘香里、というポニーテールの女子生徒はいかにもスポーツが出来そうな雰囲気をしていて、自己紹介のときにバスケ部かバレー部かは覚えてないけど、運動部に入るみたいなことを話していた。
休み時間には、彼女と同じようにスポーツの得意そうな女子4人と固まって行動し、男子から話しかけられても気さくに対応しているような、俺とは違うタイプの人間だ。
そんな彼女とは、実は委員会が一緒なのだ。
委員会・係決めで第1希望に敗れた俺は、自分を変えるような覚悟を持って、第2希望では文化祭実行委員会に手を挙げた。中学のときにはクラスの行事には縁の薄かった俺にとって、これは大きな一歩だった。
それなのに橘さんにとっては、ジャンケンで押し付けられた余り物にすぎない。近くの席の奴らと「行事担当って大変だよね〜」と訳知り顔で話していたのを、今でも覚えている。
そんな橘さんと帰り道の間、会話を繋げるような自信なんてない。俺の顔を見て「誰だっけ?」みたいなリアクションをされる可能性だってある。
ストーカーに間違われないよう祈りながら、橘さんと一定の距離を保って歩いていると、駅に着いた橘さんは改札の方ではなく、ロータリーの方面へと方向転換した。
ようやく気まずい思いをしないですむのだ、と安堵のため息をついたところ、橘さんが小走りでベンチにかけ寄っていくのが見えた。
何事か、と思って視線を送ると、その先には具合の悪そうな人がいる。距離があるので詳しいことは分からないけれど、多分俺と同じ高校の女子生徒だ。そんな体調不良の人に橘さんは何の躊躇もなく声をかけ、介抱している。
その様子をしっかり確認してしまった俺だけど、足を踏み出すことは出来ず、そのまま駅の改札をくぐった。
橘さんは、僕みたいな人間とは、まるで違う人なんだ。
電車のつり革を握りながら、俺は過ぎゆく窓の景色を呆然と眺めていた。
■
文化祭の出し物を決めるホームルームで、俺は人生で初めて『司会者側』に立たされることになった。
クラスでの話し合いなんて、今までは多数決で手を挙げるだけの時間に過ぎなかった。
頼れる委員長みたいな人間は、声の大きいヤツの意見だけをすくい上げて上手く縫い合わせることで、『リーダーシップがある』と評価されるのだ。真面目な風に見せといて、結局は長いものに巻かれているだけのヤツ。
今までは、そんな風に彼らのことを軽蔑していた。
しかし、実際『司会者側』に立たされた俺は、今までの認識が間違っていたことを痛感させられる。
女子側の意見と、男子側の意見を良いとこ取りして、その場を凌ぎ切った橘さんを間近で見ていて、ようやく気付かされたのだ。
収拾がつかないその場を上手くまとめるには、それが最適解だったのだ。
その日の帰り際、下駄箱のロッカーで橘さんの鍵のキーホルダーを見たときは少しだけがっかりした。
橘さんは、恋愛ソングを歌うだけの流行りのバンドに成り下がった『ラスティピスタチオ』のキーホルダーを持っていたのだ。
結局は彼女も、流行りに踊らされる、俺とは遠い人間だったのか。
少しの失望感と共に、橘さんにラスピスのことが好きなのか尋ねると、返ってきた答えは意外なものだった。
「……もしかしてキーホルダー? 友達に貰っただけであんまり詳しくはないかなー」
「ふぅん。ファンとかじゃないの?」
「残念ながら。あんまり興味はないかなぁ」
不思議そうな表情を浮かべる橘さんに、俺の心は湧きたった。
遠いところにいるようで、橘さんは案外近くにいるような、そんな気がしたのだった。
橘さんに認められたい。
俺はその一心で、文化祭の業務に力を入れるようになった。
文化祭準備のある日には休まずに参加したり、軽音部の先輩に文化祭の体験話を聞いたり、俺でも出来るような細かい作業を引き受けたり。
とはいえ、橘さんとの距離はなかなか縮まらない。
俺が旅行で欠席している間に、文化祭実行委員会の担当が決められたと、後から知らされたときは軽く絶望感のようなものを味わった。
ステージ発表を担当する橘さんと、文化祭当日に早朝の準備を行う設営担当の俺。
委員会に出席していたとしても、自分がステージ発表以外を選んでいたことなんて分かってる。それでも、彼女との差をまざまざと見せつけられたような気がしたのだ。
「実行委員の担当振り分け、山城くんは設営で良かった? この前の委員会、山城くん休んでたから空いてるところに勝手に決めちゃった。とりあえずステージ以外なら大丈夫かな〜、って」
俺にとって、橘さんのその気遣いは痛いほど身に沁みた。
結局は何も変わらないのだ。俺がどんなに努力したって。自分を変えようとしたって。
最初から当たり前のように、周りから好かれる要素が与えられている人には、どうしても叶わないのだ。
そんな折、たまたま中学時代の同級生であるイヌイさんが通りかかって橘さんと挨拶を交わした。
イヌイさんとはクラスが一緒になったことがあるが、一度も会話したことなんてない。クラスで1番可愛いと言われている性悪女と一緒にいたのは覚えているけど。
性悪女とイヌイさんがとあるクラスメイトの陰口を言っていた一方で、性悪女と当事者のクラスメイトがイヌイさんの陰口を言っていたのを耳にしたことがある。
そういえば、1組の立花とかいう女子を見ていると、その性悪女を思い出す。立花さんもイケメンの彼氏を引き連れていたし、性悪女も女子同士で男子の顔の査定みたいなものや男性アイドルの追っかけみたいなのをしていた。
それはともかくイヌイさんは俺に気づいてはいないようだった。どうせ俺なんて、イヌイさんに認識されても挨拶なんてされる訳がないだろう。そんな俺に橘さんは「同じ中学でも挨拶するか困っただけかもしれないよ」とフォローを入れた。
あぁ。そうやって橘さんは、また僕を突き放すんだ。
「……それは橘さんみたいな、誰とでも話せるような人だから言えることなんだよ。僕みたいなのは、空気のような扱いされてさぁ」
「……はぁ? 急に何言ってるの?」
「1組の立花とかいう顔が良い女子もそうじゃん。顔だけの性格悪そうな女は結局顔で男を選ぶし! 結局人間関係みたいなものって、努力なんか一切関係ないんだよ! 結局は、顔とか、運動神経とか、コミュニケーション能力とか! そういうので判断されておしまいなんだよ!」
気づいたときには、思っていたことがどんどんと口から溢れ出てしまっていた。体調不良のときの嘔吐のように、望んでもないのに、胃から次々と言葉が込み上げてくる。
「――もう黙っててくれない?」
酷く冷淡な橘さんの声で、俺はようやく自分が吐き出してしまった言葉の劣悪さを理解した。
震える足で逃げ出した俺は、翌日橘さんが学校を休んだと知って、また身を震わせた。
自分の醜さのせいで、今度は俺が彼女を突き放してしまった。
藁にも縋る思いで謝罪の連絡を送ると、橘さんから返事が来た。
【こちらこそごめんなさい これからも委員会頑張ろう!】
可愛いスタンプが添えられたそれは、社交辞令だということは理解している。
それでも心のどこかでは、橘さんに受け入れてもらえたのではないか、と錯覚してしまいたくなる自分がいた。
今度は俺から近づこう。
そう思って橘さんへのお詫びと共にCDを差し出した。その次の日の夜、スマホのLINEを起動して感想を求めるメッセージを入力したものの、結局それを橘さんに送信する勇気は持てなかった。別にそれでも構わない。焦る必要なんてないのだから。
若干の下心のようなものを持ち合わせて完成させた、シフトの希望調査の紙に、橘さんはとても喜んでくれた。
そのことに内心狂喜乱舞していた俺は、彼女から突き放されるなんて生温いものではない、崖から突き落とされるような気分を味わうことになった。
8組の教室に、橘さんを迎えに来た男子生徒が現れたのだ。
シゲムラ、と呼ばれたその男子生徒は身長が高い。高校1年生男子の平均身長に満たない俺なんて、女子の中では比較的背の高い橘さんとはほとんど身長差がない。
その男はいかにもスポーツが出来そうな見た目をしていて、背中には男子バレー部揃いのリュックを背負っている。
何より腹ただしかったのは、彼の頭には少し寝癖が残っていたことだ。まるで、毎朝ヘアセットを頑張っている俺の努力をあざ笑うかのようだった。
教室に立ち入っただけで、初対面のはずの橘さんの友人と楽しそうに会話をする。橘さんがシゲムラという男を見る目は、明らかに心を許しきった相手に向けるもので。
橘さんが親しげにボディタッチするのを見て、ようやく俺は橘さんのことが好きなんだと気付かされた。
自覚と共に粉々に砕け散った恋心は、更に踏み潰されることになる。
クラスの男友達の元へと戻った俺は、彼らの話を聞いているようで、ほとんど聞いていない。
見るつもりなんてなかったのに、思わずチラリと橘さんの方を見ると、彼女の友人が必死になって口を抑えている。
何だろう。もしかして、俺のことバカにして笑ってしまうのをこらえてでもいるのだろうか?
「山城くんが私を? いやいや、そんなのありえないでしょ。だって私彼氏いるし。それにそういうの迷惑でしょ……」
ベラベラと話す橘さんの、その後の言葉は聞きたくなかった。
結局は彼女もそういう人だったのだ。早い内に気づけて良かったじゃないか。
俺は頬杖をつくふりをして耳を塞ぎ、友人の話を聞いているフリをした。




