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バレー部のタチバナさん  作者:
バレー部のタチバナさん
26/38

25 誕生日


 中庭のベンチで、私が作ったお弁当の蓋を開けた航太郎は「すげーっ」と宝箱を覗き込むように、中身をマジマジと見つめる。

 彼の傍らには、クラスメイトから貰ったジュースや菓子類、購買のプリンが積まれている。お裾分けという形で、その山の中から私は紙パックのりんごジュースを受け取った。


「ヤバい、めっちゃウマい。お店レベル」

「本当? 嫌いな味付けない?」

「全然。どれ食っても全部美味しい」


 隙間埋めと保冷剤代わりに入れた冷凍の焼売でさえ、嬉しそうに食べるその様子に思わずニヤニヤしてしまう。心のどこかでは、口に合わなかったらどうしよう、と不安が残っていたのだ。彼は決して取り繕うような人間ではない。本心からの言葉とリアクションに、昨晩の準備と早起きの甲斐があったな、と気づかれないように小さくガッツポーズを作った。


「昨日、突然お邪魔しておばさん怒ったりしてなかった?」


 彼のものと同じ具材が詰め込まれた弁当箱をつつきながら恐る恐る伺うと、隣の人物は「あぁ」と小さく唸る。


「俺のことは色々ワーワー言ってたけど、香里のことは全然そんなことなかったよ。むしろ『あんたがまともな女の子連れてくるとは思わなかった』ってびっくりされた」

「……本当に? まとも、ってことは多分大丈夫だよね?」

「そうなんじゃない? 良く分かんねぇけど」


 大袈裟だな、と言いたげに航太郎は不思議そうにしている。おそらく嫌われていないことを察知した私は、ふぅと胸をなでおろした。


 あっという間に2段弁当を平らげてしまった彼は、スマホのロック画面を私の作ったお弁当の写真に設定している。少し恥ずかしいような気がするものの、それ程までに喜んでくれたという事実に胸がキュンと高鳴り、何だか泣きそうになってしまう。


 クラスメイトから貰ったプリンをスプーンで掬った航太郎は私の口元へと差し出してくる。中庭にいる他の生徒がこちらを見ていないかキョロキョロ確認してから、それを口に含んだ。天気の良い正午の中庭では、周囲の生徒達も、友達やカップル同士で盛り上がっているため、多少の戯れぐらい目立つ雰囲気ではない。少し固めの触感のプリンを舌で潰すと、口内に卵と牛乳の風味、仄かにバニラビーンズの香りが広がる。


「香里は誕生日、もう過ぎてるからなぁ」


 私の誕生日は5月の中旬だ。

 ちなみになぜ航太郎がそれを知っているのかというと、女子バレー部の皆が部活終わりに誕生日のお祝いの言葉を言ってくれた場面を見かけたらしい。


「そのときはまだ付き合ってなかったもんね」

「付き合ってはないけど、その頃には、まぁ、うん……」


 ふい、と航太郎が目線を逸らす。少しだけ耳が赤くなっているのを見るに、一応彼にも羞恥心が備わっているようだ。

 その様子に悪戯心のようなものが芽生えた私は、彼の耳元にそっと口を寄せた。


「ねえ。航太郎は何で私のこと好きになったの?」

「はあぁ?!」


 航太郎は限界まで目を見開き、私から距離を取るように、座ったままの体制で後ずさる。瞼に力が入っているせいか、普段奥二重のはずの瞼に二重の線が入っている。彼をここまで驚かせたことによってなぜかニヤける口元と、今更になってちょっと大胆なことをしてしまった恥じらいを隠すために、両指で口元を覆う。


 不意に大声を出してしまったせいで、近くにいた他の生徒にチラッと見られてしまった彼は、ゴホンと軽く咳払いをしてからボソボソと話し始めた。


「……実は最初の方から、見た目タイプだなー、ってちょっと気になってて」

「……え? そうだったの?」


 彷徨わせた視線を、空になったプリンの容器に固定した彼の、思ってもみなかった発言につい彼を訝るような目で見てしまう。

 私なんてある意味どこにでもいるような、せいぜい中の上って評価の、普通の見た目の女子高生だ。他に可愛い子なんて学校中見渡せば沢山いる訳だし、何が彼のお眼鏡に叶ったのだろうか。


「髪長くて、大人っぽくて、スラッとしてる人好みだから、最初は気になるってぐらいだったんだけど。話したら優しいし、しっかりしてて女子っぽいし、あと仕草とか可愛いなー、って思って見てたら、まぁ」


 目線をそらしたままの航太郎の横顔を眺めながら、そういえば以前彼が好きだと言っていた女優さんはそういう系統の人だったな、と見当違いのようなことを考えていた。私の好きになったところを聞いているはずなのに、私は目を瞬かせることしかできない。

 足元の見慣れた上靴を眺めながら、彼の発した言葉を反芻する。面と向かってこんなことを聞くのは初めてなので、どこか非現実めいたこの状況が信じられない。生徒達の喧騒と夏の昼間特有の虫の鳴き声が混じり合う中庭の雑音が、どこか遠くから聞こえてくるような感覚がしてくる。


「束縛っていうの? そういうのは、別にしたいとは思わないけど。俺、香里が思ってるより、香里のこと好きだよ」


 照れ隠しをするかのように、航太郎が私の方へとじゃれ合いのように寄りかかる。隣から薄っすらと自分の家とは違う洗剤のような匂いがする。夏服の半袖シャツから出たお互いの腕が直接触れ合い、そこから彼の熱が伝わってきて。接地面は身体の側面だけなのに、脈拍の上がった血液がドクドクと全身を循環する。


「……重い」

「ごめん。やっぱり、ダルいよな」

「いや、そういうのじゃなくて、物理的な話。あと暑い」

「……それなら我慢して」


 拗ねた顔をするのが何だか面白くて、彼の高い鼻を指でぷすっと摘んでやった。「痛っ」と反射的に上体を起こした彼が鼻を擦るのは、何だか滑稽で。口を開けて笑う私に、航太郎は窘める素振りを見せたものの、結局はつられて一緒になって笑い出した。


「……航太郎、誕生日おめでとう」

「ありがとう。弁当作ってもらえてめっちゃ嬉しかった。……出来ればの話だけど、来年もまた作ってほしい」

「……フフっ、良いよ」


 自分で尋ねておきながら、緊張したりホッとしたりする彼の顔を見ながら思う。


 私、航太郎のこと好きだな。

 単純で分かりやすいところも、一緒にいて楽しいところも好きだから、ちょっと鈍いところも許せてしまう。

 いつまでこの関係が続くかは分からないけれど、来年も私は彼のことを好きでいたいし、彼も私のことを好きでい続けてほしい。



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