24 疑惑と否定
急にお弁当を作りたいと言い出した訳をお母さんから尋ねられた私は、今更になってようやく彼氏の存在を明かした。
お母さんは「へぇ〜、そうだったの?」と一瞬驚きの表情を見せたものの、すぐさま「明日の朝はお弁当のお米、多めに炊かなきゃね〜。男の子ってご飯何合食べるのかしら」と思考を切り替えてしまった。
我が母ながら、リアクションが薄すぎる。
むしろ妹の香帆の方が、この手の話題に関する食いつきが良い。泡だらけのスポンジでずっと同じカレー皿をぐるぐる擦りながら、その横でハンバーグを捏ねる私に「名前は?」だとか「記念日は?」だとか「どっちから告ったの?」と根掘り葉掘り質問してくる。
一応今までは、両親が私の彼氏の存在を知らなかったので、香帆も遠慮していた部分があったのだろう。その分、今になってグイグイ来るけど。
出来る限りの下ごしらえを終えた私は、明日の朝に備えてさっさと寝る準備をすることにした。
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スマホを操作しながら、ふわぁと欠伸が漏れる。
今朝はお弁当を作るために早起きしたから、夏期講習の間もちょっと眠たかった。昨日の夜の内に作り置きを準備しておいたものの、家族4人分に航太郎の分も作るのは結構大変だった。慣れた様子でお弁当作りを手伝ってくれたお母さんは、これを毎日こなしている訳で。やっぱりお母さんってすごい。
夏期講習終わりにクラスメイトの話を聞きながら、航太郎へのLINEの返事を入力していると、ふいに山城くんから「今いいかな」と声をかけられた。
「橘さん、シフトの希望調査の紙作っといたから。これ先生にお願いしてコピーしてもらおうかなって」
「えっ、わざわざ作ってくれたの? もしかして土日にわざわざ作業してくれた?」
山城くんが手渡してくれた3枚の紙の上部には、『1年8組 文化祭シフト希望調査』と印字されている。おそらくパソコンか何かで作ってくれたのであろう。複数枚あるのは、どのパターンがいいのか、先生に意見を聞くためらしい。
シフトのことも話し合いで決めなきゃいけないのかな、なんて考えていたから非常にありがたい。
「いつも橘さんに、話し合いの進行役お願いして申し訳ないから。これについては、俺が責任持ってシフトの調整までしておくよ」
真面目だけど人前が苦手そうな山城くんなりに、色々考えてくれたのだろう。
私の近くにいた玲香と莉子と有希も「すごーい、パソコンだ!」と言いながら調査用紙を覗き込む。「慣れたら案外簡単に出来るんだ」と謙遜する山城くんを、私は神が降臨したかのような眼差しで、両手を合わせて拝んだ。
文化祭実行委員のパートナーに恵まれたことに感謝していた折、廊下の近くにいたクラスメイトから「香里ちゃん、お客さん来てるよー」と声をかけられた。
扉の方を確認すると、私を見つけた航太郎がブンブン手を振っている。彼のクラスも夏期講習が終わって、【8組まで迎えに行く】との連絡が入ったところだ。
近くにいた友人は「まさか」と言う目でこっちを見てくる。『そっちに行くから』とのジェスチャーに親指を立てて了承すると、彼は8組の教室に足を踏み入れた。
「もしかしてかおりん、あれが重村?」
バンバン机を叩きながら、莉子がキラキラとした目で問いかけてくる。その様子に苦笑しながら「そうだよ」と答える。
莉子と有希には航太郎の写真は何回か見せたものの、直接会ったことはない。バスケ部の玲香は、同じ体育館の部活同士ということで顔見知りの関係ではあるけれど、喋ったことはないらしい。
私の元へ寄ってきた航太郎に、友達3人は「重村だ!」「出た!」「何かウケる」と興味津々だ。
「ヤバい、めっちゃ女子に注目されてる。モテ期来たかもしれない」
「何バカなこと言ってんの。私の友達取らないでよ」
「ごめん、初対面だけどあたし重村くんのこと別にタイプじゃない」
「……香里の友達、すっごい辛辣じゃん」
冗談のつもりが、思わぬところで心に傷を負ってしまった航太郎だったけど、シャツの胸ポケットに入れた彼のスマホが着信を知らせた。私に一言断りを入れてから、航太郎は電話に出る。
「もしもし。……え、今? いや、俺これから彼女と弁当食うんだけど。……一瞬だけ? ……本当に一瞬? ……分かったよ。じゃあ今から一旦そっち戻る。……うん、じゃあ」
スマホを耳から離した航太郎によると、1組のクラスメイトからの電話だったそうで、『一瞬でいいから教室来てくれ』とのことらしい。
彼は戻るのを渋っていたけれど、私は「まぁまぁ」と笑顔で窘めた。もしかしたら、クラスメイトも航太郎の誕生日を祝おうとしているのかもしれない。彼が色んな人からお誕生日のお祝いをされるのは、私にとっても嬉しいことだし。
後ろ髪を引かれる思いで8組の教室を一旦離れた航太郎を見送った私だったが、ふと違和感に気づいた。
その場に残っていた山城くんが、呆然としたまま立ち尽くしていたのだ。
おそらく彼の視線の先にあるのは教室の扉。それも、さっき航太郎が8組の教室から出るときに通った後ろ側の扉だった。机の上に乗せられたシフトの希望調査用紙を再度手に取った私は山城くんの名前を2度呼び、ようやく我に返った彼にプリントを手渡した。
暫し逡巡した後、山城くんは私が返そうと思ったプリントを受け取ることはせず、無表示のまま私に問いかけた。
「……橘さん、彼氏いたの?」
何故かは分からないものの、妙に動揺してしまった私は小さく「えっ」と目を瞬かせてしまった。
とはいえ、私はその質問に答えることはなかった。何故なら私が肯定する間もなく、山城くんは「今の忘れて」と質問を取り消してしまったからだ。
黙って友人の元へと戻っていく山城くんを見送った後、ボソリと玲香が「……何、今の?」と呟いた。まるで発言を恐れるかの如く全員が顔を強張らせたまま、口を閉ざす。
多分、ここにいる4人には共通の懸念事項が脳内を巡っているのだろう。
しばし見つめ合ったまま、沈黙に耐えられなくなってしまった莉子が小声で思わず思考を漏らしてしまった。
「……もしかして、山城くんって、かおりんのこと……、好き、……なの? この前だってCD渡してたし……」
言ってしまった、と言いたげに莉子が両手で口を抑え、その上から更に有希が莉子の手を覆う。
「山城くんが私を? いやいや、ありえないでしょ。それに迷惑じゃない? 何でもかんでも恋愛に結びつけられちゃったら、山城くんの方だって困っちゃうでしょ」
目が回る思いで、私が莉子の発してしまった説をわざとらしく大袈裟に否定すると、限界まで目を見開いた玲香が大袈裟にコクコクと何度も首を縦に振りながら、私の意見に賛同する。
「うんうん、たしかに! 香里の彼氏の存在を知った、イコール、香里が好きって決めつけるのこそ、勝手すぎるよね!」
「ご、ごめーん。あたしったら、変な妄想しちゃって! 今のは失礼な発言だったね。つい、うっかり!」
「単純に香里に彼氏いるの知らなくて、驚いただけかもしれないもんね!」
「そっ。だからこの話はもう止めよう!」
「そうそう! 今のことは、ここにいる全員、キレイサッパリ忘れよう!」
アハハ、と4人全員で愛想笑いを浮かべる。
……うん、さっきのは私達の早とちりに過ぎないのだから!




