23 お邪魔しました
暑さと人混みから逃れるために入ったチェーン店のカフェで、向かいに座る航太郎は青ざめた表情を浮かべていた。
「ごめん、誕生日プレゼントで色々考えてくれてたの全然気づいてなかった」
気まずい表情を浮かべる彼に思わず苦笑してしまう。落ち着いた雰囲気であるはずの店内は、8月の休日とだけあってかなり混雑していて。タイミング良く2人席が空いていて良かった。
「別にいいよ。先に用意してなかった私も悪いんだし。てか誕生日って教えてくれても良かったじゃん」
「何か自分で言ったら催促してるみたいだな、って思って。そういうの自分で言ったらウザがられるかなー、みたいな」
「普段、自己主張の塊みたいな人間が何言ってんの」
「……香里って俺のことそんな風に思ってんの?」
グサリと彼の心を刺してしまった自覚から逃げるために、手元の抹茶ラテのストローを啜る。
結局、彼への誕生日プレゼントを探るのを諦めた私は大人しく降伏を認め、何か欲しいものがあるのか直接問いただすことにしたのだ。
「何でも良いなら、1個だけお願いしたいことがあるんだけど……」
真面目な表情を浮かべた航太郎につられて、私の背筋がピンと伸びる。
一体、彼からはどんなお願いをされるのだろうか。
何か欲しい物を教えられるのだろうか。いや、それなら『お願いしたいこと』なんて言い方はしないはず。
まさか、……キスとかハグとかそういう感じのこと?
付き合って2ヶ月経ったし、デートも3回目だから、……そろそろそういう雰囲気になっちゃう可能性あるよね?
バクバクと大きな音を立て始める心臓を抑え込むようにコクリと首を振ると、彼はその場でガバリと頭を下げた。
「1回だけでいいから、俺に弁当作ってほしい!」
「……へっ?」
■
薄いベージュの外壁にエンジ色の屋根が乗った一軒家の前で、私は玄関の扉の取手をじっと眺めていた。
ポストのすぐ下には『重村』の表札がかけられていて、家の前には男物の自転車が2台とママチャリが1台並べられている。本来車があるはずのスペースはガラ空きだ。彼曰く「親2人と弟は出払っている」とのことらしい。
なぜ私が航太郎の家の前に立ち寄っているのか、というと彼から弁当箱を借りるためだ。
誕生日プレゼントとしてお弁当を作ってくることを了承したのは良いが、肝心の弁当箱がなかったら困る。探したら私の家に眠ったままの弁当箱があるのかもしれないけど。
航太郎には家の中に上がっていくよう言われたが、私は丁重にそれを断った。親御さんの許可なく家に立ち入ることに抵抗があったからだ。
玄関のすぐ近くで待っているため、屋根の影の下にいるものの、外の気温は十分に暑い。それに「すぐ持ってくる!」と言った割に航太郎はなかなか出てこない。時折スマホで時刻を確認しているけれど、大体10分近くはここに立ち尽くしている。
暑さを凌ぐために、うちわのように手をパタパタ仰いでいると、通りかかった車が航太郎の家の前でスピードを落とし、ゆっくりと後ろへ下がり始めた。
白の軽自動車が駐車スペースに収められていく様子を、私は冷や汗をかきながら眺めるしかない。
……もしかして、この車、航太郎の家のだよね?
■
見慣れないソファに腰掛けた私はあまりの肩身の狭さに、文字通りギュッと肩を窄めていた。そんなことにもお構いなしなのか、隣に座る航太郎は悠長にリモコンのホコリを掃除している。
向かいの座椅子に座る中年女性――彼氏のお母さん――に、私はとにかくヘコヘコと頭を下げていた。
「同じ高校で女子バレー部1年の橘香里です。お忙しいのに、家に上がらせてもらって本当にすみません。しかも手ぶらで来てしまって、ご迷惑おかけして、本当に申し訳ないです」
「いえいえ、そんな! ていうか、アンタは何してんのよ。女の子に気遣わせちゃって!」
私が頭を垂れると、それに応えるようにおばさんも頭を下げる。航太郎のお母さんは、いかにも2人の男の子のお母さんって感じのする、気が良さそうな方だ。
そんなおばさんに睨まれて、ようやく彼はリモコンを手放した。所々にシールの剥がし跡が残っているローテーブルには、わざわざ出していただいたオレンジジュースが置かれている。
今日は小学6年生の航太郎の弟が所属するサッカーチームの試合があったそうで、おばさんはその応援に行っていたらしい。そしてタイミングの悪いことに、私と航太郎が彼の家に立ち寄ったところで帰宅された、という訳だ。
得体の知れない人物を見る目で私に小さく頭を下げた彼の弟は、試合後にも関わらず家の前で自主練をしているようだ。ポーンポーンとリズムよくサッカーボールを蹴る音が室内にも聞こえてくる。
おばさんに台所が散らかっている理由を問いただされた航太郎は、「弁当箱の場所が分からなかったから」と大人しく訳を白状した。なるほど、だから私は暑い家の外で待たされていたと言う訳か。
とはいえ、彼が台所を散らかしてしまった理由の発端にも、私が大きく関わっている訳で。おばさんが帰宅されたその場で、家へと押しかけ迷惑をかけてしまった自分の失礼さに、思わず身がブルリと震える。
台所へと向かったおばさんは「無くしたと思ってたグラタン皿!」と驚嘆の声をあげている。……毎日使っている弁当箱を見つけ出すのに、航太郎は一体どんな場所を探ったのだろうか。
おばさんから弁当箱を受け取った私は、これ以上迷惑にならないうちにお暇させていただくことにした。
「今日は急に押しかけるような形になってしまって、申し訳ございませんでした。ジュースもごちそうさまでした」
「いえいえ、こちらこそ大したおもてなしも出来ずにごめんなさいね。カオリちゃん、でしたっけ。また良かったら今度ゆっくり遊びに来てちょうだい」
「はい、ありがとうございます」
去り際になってお互い緊張が少しほぐれ、やっとまともに目を合わせることが出来た彼のお母さんは、優しそうな目で微笑んでくれた。
要件を済ませた私と、「あんたがいても家が散らかるだけだから」と家を追い出された航太郎は、おばさんに見送られながら駅へと歩き始めた。
「……大丈夫だったかな? 私、失礼な子だと思われてるよね?」
ようやくゆっくりと息継ぎが出来るようになった私に、彼は首の後ろで両手を組みながら、「え、何が?」とのほほんと宣う。
……この手の会話で、気の利いた返答を彼に求める私の方が間違っているような気がするけれど。
帰りの電車の中で【明日は私がお弁当を作る】とお母さんに連絡を入れると、【それなら他の家族の分もよろしく】との返事が帰ってきた。
お弁当のおかずのレシピを検索しつつ、家に帰って冷蔵庫の中身を確認したらスーパーに行かなきゃ、なんて計画を企てながら電車に揺られていた。




