21 CD
夏休みも残すところあと1週間となり、夏期講習という名の午前授業が始まってしまった。
講習後の教室内、午後から始まる部活の練習に備え、玲香と莉子と有希の4人でお弁当を食べていたところへ、山城くんが恐る恐るといった様子で近づいて来た。
「この前は本当にごめんなさい」
この前とは、きっと前回の委員会終わりに、山城くんが急にキレたときのことだろう。近くの机を占領していた私の友達は、頭を下げる山城くんの様子に訳が分からず顔を見合わせる。もしかしたら、近くの席のクラスメイトも何事か、と見ているのかもしれない。
この中で唯一の当事者である私は、本心から思っていることを山城くんに伝えた。
「別にいいよ。私も気にしてないから。そんなことより、これからも委員会頑張ろうね」
あのときは、色々と鬱憤が溜まっていたせいで、冷静な判断が下せなかった。でも今の私にとっては、あの日の事件は心底どうでもいいことに成り下がっていたのだ。
それに山城くんが芭奈ちゃんの悪口を言っていたこと以外、早口で捲し立てられたせいか、細かい内容はあまり覚えていない。
片手で丸を作って愛想笑いをすると、山城くんはホッとして胸をなでおろす。そして「もし良かったら」と片手に提げていたCDショップのビニール袋を私に差し出した。
「……何コレ?」
中にはCDケースのようなものが入っているのだろう。ただ、今渡された理由が一切分からない。
不審物を見つめるような私の表情に、山城くんは慌てて説明を始めた。
「橘さん前にラスピスのキーホルダー付けてたから、もし良かったら、と思って。ラスピスの初期のアルバムなんだけど、コレ俺のオススメなんだ。お詫びとして、コピーしたやつあげる」
「えっと、CDをくれるってこと?」
私がそう尋ねると彼は大きく首を縦に振った。きっと、これが彼なりの謝意なんだろう。
ただ、私にとってCDとは無用の長物だ。普段スマホで音楽を聴く私はCDプレーヤーなんて持っていない。
吹奏楽部に所属する妹の香帆の部屋にならCDプレーヤーがある。とはいえ、香帆の部屋はかなり散らかっているので、CDのアルバムを再生する場所としては非常に不向きだ。
しかし、せっかく用意してもらった者を拒むのは気が引ける。それなら、有り難く受け取っておこうじゃないか。
両手を合わせて「ありがとう」とビニール袋を受け取ると、山城くんは「こちらこそ」と満足そうに彼の友達の元へと戻っていった。
その後ろ姿を4人で見送ってから、玲香が椅子ごと私の方へと身体を近づけてきた。
「……何かあったの?」
「アハハ、文化祭の話でちょっと揉めただけ。それで、お詫びとしてCDもらった」
顔の前までビニール袋を持ち上げてぷらぷら揺らすと、皆納得してくれたみたいで「へぇ〜、そうなんだ」とそれ以上何かを追及されることはなかった。
クシャリとビニール袋が擦れる。CDを頂いたことに対して有り難いな、と勿論思っている。けれど私の中では、わざわざCDを用意しなくても、と余計な考えが少しだけ湧き上がってしまった。
■
テーピングで固定された左手の中指は、多少の違和感はあるものの、さほど気になるものでもない。
ボールの入ったカゴを押しながら体育館の倉庫に立ち入ると、中でネットをしまっていた女子バレー部の先輩がパンパンと手を払った。
「お疲れ〜。今日もめっちゃ暑かったね。汗でボール滑るしヤダなぁ」
「お疲れ様でーす。ホント暑すぎですよね。夏だけ北欧とかイイ感じの涼しい国に住みたいです」
「めっちゃ分かる。冬はハワイにしよ」
体育館の隅に置かれたタオルや水筒類を回収してから、体育館を後にする。外に出た瞬間、運動場の方からは日に焼けて真っ黒になった野球部のものと思われる掛け声が響いてくる。きっと彼らは外が真っ暗になるまで練習があるのだろう。
先輩と今日の反省点を話し合いながら部室に向かっていると、既に着替えを済ませたのであろう男子バレー部1年の部員2人とすれ違う。私の横に女子の先輩がいるのを確認した彼等は、「お疲れーっす」と軽く頭を下げながらバラバラな挨拶を披露する。
「そういや、橘。明日の部活帰り重村借りちゃってごめんなー」
濡らしたタオルを額に巻いた状態の1人が、思い出したかのようにヘラヘラ笑う。明日は週1回帰る約束をしている曜日の日だけど、航太郎が男子バレー部の友達と練習後に遊びに行く予定が入ったため、一緒に帰るのはナシになったのだ。
先輩がいるところで今言うのか、とはちょっと思うけど、肝心の先輩も横目で確認したところニヤニヤしてるから多分大丈夫だろう。それにしても、ちょっとは気を遣ってほしい。
「良いよそんなの。付き合ったからって重村も私も、お互いばっかりって訳にはいかないでしょ」
週1回の約束とはいえ、決して絶対的なものでもない。
私だって、仮に女子バレー部の友達と遊びに行く用事が入ったら、航太郎の方を後回しにする可能性だってあるだろう。
恋人最優先でずっと一緒にいる、なんて付き合い方はあまり長続きしない、ってそんな話はよく聞くことだし。
「たしかになー。ちなみに、橘はシゲの誕生日何かすんの?」
「……え?」
水筒を傾ける男子部員の発言を、私は目を見開いたまま頭の中で繰り返した。
……タ ン ジ ョ ウ ビ ?
「ちなみに俺らは明日の部活終わり、カラオケでケーキ食う予定。あ、これシゲにナイショな」
誕生日? さっき、誕生日って言ったよね?
「……もしかして聞いてない?」
信じられない、といった表情を浮かべる男子部員2人に私は首を縦に振る。
「来週の月曜日、シゲの誕生日なんだけど、初耳……?」
「……今初めて知った。まさか冗談でしょ?」
2人組の男子は手をブンブン振りながら「冗談抜きでマジなやつ!」と声を張る。隣にいた先輩は「マジかぁ」と落胆の声をあげながら顔を覆う。
誕生日って、……誕生日だよね?
ハッピバースデートゥーユーって歌ってケーキ食べる、あの誕生日だよね?
来週の月曜日って、3日後?
私、何の準備もしてないんですけど。
そのとき、男子バレー部の部室からガチャリとドアノブの回る音がした。その場にいた私、男子部員2人、先輩の計4人が一斉にその方向を振り向く。
他の男子達と一緒に、呑気に欠伸をしながらヤツが出てきた瞬間、先輩が隣でチッと舌打ちした音が聞こえたような気がした。
他の男子がいるのもお構いなしに、私は航太郎の腕を引っぱり出した。
「航太郎! 今週の日曜空いてる?」
欠伸のせいで滲み出た生理的な涙を拭う航太郎の肩を、私は鷲掴みにして前後に揺らす。
「に、日曜? 弟のサッカーの試合の応援行かされる予定だけど……」
「やっぱり急すぎた? じゃあ、いつだったら大丈夫?」
「ストップ、やっぱ今のナシ! 日曜めちゃくちゃ空いてる。むしろ超暇です!」
「どっち?! 結局日曜は空いてるの? 空いてないの?」
「空いてます! 空いてるから! あと、揺らすの止めて! 頭ガンガンするから!」
「空いてんのね、分かった! それなら後で連絡するから、じゃあね!」
無理矢理身体を反転させ、先に歩き出していた男子バレー部1年の方へグイグイ背中を押してやり、そのまま手を振って航太郎が校門の方へ向かうのを見送った。
前方から「シゲ、お前バカだろ!」と罵るようなイジるような声が聞こえてくるけれど、これに関しては100パーセント航太郎が悪い。
「人の彼氏にケチつけるの、どうかと思うけど……。重村くんって女心あんまり分かってなさそうだよね」
「大丈夫です。私もその辺は諦めてますから」
先輩からの手厳しい酷評に、私は一切反論が出来なかった。




