20 夕焼け
最寄り駅近くにあるコンビニの駐車場に場所を移した私達は、横に並んで塀に寄りかかったまま黙り込んでいた。
手持ち無沙汰なのを誤魔化すために、片足をプラプラさせると勢い余ってか、サンダルが足から投げ出されてしまう。雨は昼過ぎには止んでいたので、杖代わりになる傘を持ってきている訳でもない。裸足になった足を伸ばして手繰り寄せようとするけれど、少し遠くまで飛ばし過ぎたため届かない。
仕方なく片足立ちで移動して、サンダルを回収してから戻ってくると、ようやく彼はおずおずと口を開いた。
「……ごめん、もう終わりにした方が良いよな」
彼の言う『終わり』が何を示唆しているのかは分かる。夏祭りの帰り際と同じく、交際の終止符を意味しているのだろう。あくまで私のためを思って提案したような口調なのに、私は彼から突き放されたような感覚を覚えてしまう。
「あの日も思ってたんだけど、何でいきなり別れるとかそういう発想になるの?」
この2週間、部活の練習中や、家族と友達といるとき、何事もなかったフリして航太郎と笑っていたときは忘れていられるのに、ふと1人になった瞬間色々と考え込んでしまうのだ。もし彼氏彼女という関係がなくなってしまえば、楽になれるのかな、なんて発想に行き着いてしまったことも、なかったと言えばウソになる。
けれど。
「……私は、別れたくない」
私の中では、既にこの関係性は当たり前のものと化してしまったのだ。朝LINEが来たら嬉しいし、練習終わりの時間に話せなかったら『今日は喋れなかったな』なんて振り返ってしまうし、夜に電話がかかってくるたび無意識に前髪を整えてしまう。
けれど、それは彼にとって心底意外だったのだろう。「はぁ?」と素っ頓狂な声をあげ、水分が蒸発したアスファルトに視線を落とした私の方を振り向いた気配がした。
「……俺って今からフラれるんじゃなかったの?」
頓珍漢な彼の発言に、思わずムッと眉間にシワが寄る。ダメだ、こでキレたら前と変わらないじゃないか。ふぅ、とため息をついて息を落ち着かせる。
「私そんなこと言ってないけど。それより、何で私が別れたそうにしてるって考えに至ったのか分かんない」
隣の人物を見上げて「説明して」と軽く睨んでやると、航太郎は目を泳がせてから、意外すぎる理由を語り始めた。
彼曰く、中学生のときに一度だけ彼女が出来たらしいけど、その子には好きになれなかったからと、2週間でフラれてしまったそうで。だから、私にもサッサとフラれてしまうのだろうと思い込んでいたため、話し合うことから逃げていたらしい。
……てか、デートや電話初めてって言っていた割には、彼女いたんだ。何ソレ?
あまりの急展開に圧倒されてしまった私は、最初話を理解することで精一杯だったものの、しばらくする内に沸々と怒りのようなものが湧いてくる。
「……そもそも、前の彼女と私を一緒にしないでよ。2週間だか何だか知らないけど、今航太郎が付き合ってるのは私でしょ」
「……ハイ」
「それと、ちゃんと話そうとしてくれなかったのって、色々ビビって逃げてたってこと? そのせいで何もなかったフリしてたの?」
「そのとおりです……」
「……私、ものすっごくイラついたんだからね。航太郎の中では解決したことになってるのかな、とか。私のことはどうでもいいのかな、とか。さっさと話をしなきゃって思うのに、時間が取れなくてストレス感じるし。いつの間にかズルズルそのままの状態が続いて、余計に話を切り出すのが怖くなったり。とにかく、1人で色々悩んで、すっごく虚しかった!」
「ご、ごめん……」
肩身が狭そうに項垂れた航太郎を見て、私は突如罪悪感に襲われた。怒りに身を任せ、追い詰めるような言葉を連続で浴びせてしまったことを今更ながら自覚する。自分の醜さに、思わず涙がこぼれてしまい、言葉が詰まってしまう。
俯きながら涙を拭う私に彼は一言も言わず、ただ黙って私が泣き止むのを待っていた。
でも、メソメソしているだけじゃダメのは分かっている。ことの発端は、夏祭りの日に小野寺との関係性を上手く説明出来なかったせいだ。だから、今日絶対にそのことを説明しなければいけない。そのためにわざわざ、家を出る前に小野寺関連の話のシュミレーションまでしてきたというのに。
覚悟を決めた私は、鼻を啜ってから「中2の話なんだけど」と切り出してから、台本のあるスピーチを発表するように順序立てて言葉を紡いだ。
「相手は同じ学級委員の男子。当時中2のクラスは男女仲が最悪でした。でも、委員会で接点があったから私達だけは仲良かったの。それでクラスの中でカップルみたいに仕立て上げられて、でもそれ以上クラスの雰囲気悪くしたくなかったから、断われなくって。それでも告白は受け入れるの躊躇して……。しばらくして相手が男子と下ネタみたいなこと話してて、それを聞いちゃって仲悪くなりました……。終わり」
「……」
「えー。何か、ご、ご質問は?」
ビクビクしながら疑問点を尋ねたものの、黙って相槌を打っていた航太郎から言われたのは「色々理解が追いつかないので、もう1回」と、まさかのパードゥン要請だった。結局彼の前でこのエピソードをあと2回復唱させられ、ようやく納得してもらえた。
「……じゃあ例えばの話、何かのきっかけでソイツと再会して、もう1回仲良くなったらソイツと付き合ったりしない?」
不安げに尋ねてくる航太郎に、私は頭を振った。
「何言ってんの。私が付き合ってるのは航太郎でしょ。そんなこと有り得ないよ」
小野寺の近況こそ知らないものの、今更私に未練なんてないはずだろう。それに、わざわざ一度気まずくなった相手と付き合う意味が分からない。
それでも航太郎は今の回答に満足したのか、クシャクシャと頭をかきつつ、ヘナヘナと塀にもたれかかりながらその場にしゃがみ込んで小さく唸った。
仕方なく腕を差し出し、重い身体を引っ張り上げる。ほとんど自力で立ち上がった彼は、握られた手を一瞬離したものの、すぐに手の向きを変えて私の手を再び握る。わざわざもう1回繋がなくても、とは思うものの、不思議と振り払おうみたいな考えは浮かんで来なかった。
「……ごめんなさい。夏祭りの日も、今日だって文句ぶつけるような言い方しちゃって」
誰かに謝ることって、こんなに緊張するものだったっけ。コンビニの駐輪スペースから発車する原付のモーター音にかき消されるほどの、か細い声が思わず震える。
「別にいいよ、俺だって色々悪かったから。ごめん」
「じゃあ、これで仲直りってことで合ってる?」
「……合ってると思う」
恐る恐る航太郎を見上げると、彼は「多分」と小さく付け足した。それだけのことなのに、フッと安堵の笑みが漏れてしまう。
あんなに色々と考えこんでいたのに、話し合ってみると意外とすぐに解決してしまって。あまりの呆気なさに『これで大丈夫なのかな?』ってちょっと不安になるけれど、もしかしたら思っていたより単純なことだったのかもしれない。
そんなことを考えている私の気持ちには気づいていないのか、航太郎は「最後に1個だけ聞きたい」と話を切り出した。「何?」と首を傾げると、彼の喉仏がゴクリと上下に揺れる。
「答えにくかったら別にいいから。……香里って俺のこと好き?」
ひどく真剣な眼差しで私を見つめる彼と目が合い、顔に熱がこもる。彼の親指と思われるものが、繋がれた私の手をするりと擦る。たったそれだけのことなのに、その瞬間ドクンと心臓が大袈裟に脈打つ。
航太郎は、ぐいと私の顔を覗き込んでくる。そのせいで逃げたくても逃げられない。
「い、意識はしてるっていうか。その……」
恥ずかしい。早く楽になりたい。酸素を求める口はハクハクと開いたまま、目が泳ぐ。そんな私を追い詰めるかのように、彼は「その?」と私の言葉尻を反芻する。思わずキュッと目を瞑ると、瞳に張った水分が目尻を少し濡らす。
「す、好きに近いと思う……。……てか、こんな恥ずかしいこと言わせないでよ!」
顔から火を吹くような思いで答えると、彼の顔は真っ赤になってしまっている。傘を持っている方の手で顔を覆いながら航太郎は「……俺はすごい好き」とうわ言のように呟いた。
恥ずかしい事を言わされたのは私なのに、私より照れている人を見ると、なぜかスンと少し気分が冷める。何だか滑稽に思えてきて、フフッと笑ってしまうと彼は「笑うな」と冗談交じりに拗ねてみせた。
ふと空を見上げると、西側の雲がキレイなオレンジ色に染められている。昼頃まではかかっていた雨雲も流されて、薄い雲の隙間から夕日が覗いている。
航太郎に会うためだけにコンタクトを入れてきたことなんて、もちろん彼は知らないだろう。「今日は来てくれてありがとう」と繋いだ手に力を込めると、彼は私のお気に入りの笑顔で嬉しそうにはにかんだ。




