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バレー部のタチバナさん  作者:
バレー部のタチバナさん
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19 中学2年生のシゲムラくん


 部室に戻ってきた俺の顔を、扉の近くで胡座をかいていた友人は不思議そうに見上げた。


「あれ? どうした重村(シゲ)。橘に電話してきたんだろ? テンションめっちゃ低いじゃん。怪我ヤバかったとか?」

「んー、軽い突き指らしいからそれは大丈夫っぽいけど。まぁ、ちょっと色々」

「どうした、どうした? もしかしてシゲ振られんのー?」


 俺をからかってくる先輩は、あくまで冗談のつもりなのだろう。きっと「そんなことないっすよ!」みたいなツッコミが入るのを期待している。

 苦笑しながら「さぁ、どうなんっすかね」と誤魔化したせいで、男子バレー部の部室が揺れた。



 □


 中学2年生のとき、人生で初めて彼女が出来た。



 小学4年生で初恋を経験して以来、好きとまではいかなくても、何度か気になる女子がいたことはある。中学に上がって出来た友達と、人気の女子の話をしていて「イイな」と思ったこともある。男同士で下ネタを交わすこともあるし、もちろんそういうことには興味がある。


 けれど、不思議と誰かと付き合う自分が想像出来なかった。


 それが代わり始めたのは中2になった頃、仲の良い友達数人に彼女が出来たと聞かされてから。そのときになって、やっと俺は彼女持ちが身近な現象に思えるようになった。

 ただ、そういうときに限って気になる人がいない。女子と話すことはあるけれど、あくまで友達というスタンスだし、誰かから告白される望みも薄い。


 おとなしく恋愛のことは忘れて部活に打ち込んでいると、中2の秋頃になってやっと気になる女子が現れた。


 同じクラスのムトウさんという女子は、教室の隅っことは言わないけれど、仲の良いグループ3人で固まって行動しているような人だった。クラスの中では比較的大人しいけれど、友達の前では賑やかに話をするのを、俺は誰にも気づかれないようにチラチラと盗み見していた。


 ムトウさんとは、1ヶ月に1度のペースで教室掃除の班が一緒になるのだ。


 掃除をサボる俺達を見て、彼女は箒を握りしめながら、「早く掃除手伝ってくれないかな?」と困った顔をしながら言いに来る。

 さすがにムトウさんに悪いから、毎回はサボっていた訳じゃない。けれど、サボっているときは内心注意されるのを心待ちにしていた自分がいたのも事実だ。


 長い髪はサラサラしているし、案外顔もカワイイと思う。

 大人しそうに見えて、こっそりメタルバンドのタオルを持ってきていたりする。親戚の兄ちゃんが大学生になって音楽にハマりだし、集めていたグッズの中に同じものがあったのだ。


 とはいえ、近くの席の男子とぐらいしか会話を交わさないムトウさんにどうやって接近していいのかも分からず、気づいたときには中学2年生が終了してしまったのだ。


 そんな俺に千載一遇のチャンスが訪れたのは、中2の修了式の翌日だった。


 春休み1日目の俺は、部活終わりに中2の教室へと向かっていた。なぜ俺が、次年度から訪れることのない教室に行く用があるのかというと、教室に忘れ物をしてしまったせいだ。

 机の中に入れたままにしてあった教科書を取り出したとき、ガラガラと教室の引き戸を控えめに開ける音がした。

 パッと振り向いた俺は、口を開いたまま固まってしまった。


 そこには、俺の方を見て目を丸くしたムトウさんがいたからだ。

 俺は片手を上げて彼女に挨拶し、話すのがさも当然かのように彼女に声をかけた。


「ムトウさんも何か用事? 俺、教科書忘れちゃったんだよな〜」


 彼女はコクリと頷いてから「私も」と小さく口を開いた。


「そうなんだ? ちなみに何の教科書?」

「国語の資料集。春休みの宿題に使うから、ないと困る」

「マジ? 俺もそれ取りに来たんだよ!」


 同じ日の同じ時間に、同じ忘れ物を取りに来る。

 単純なことだけど、共通点の多さに運命のようなものを感じ、心のボルテージが上がってくる。


 小走りで教室の後ろのロッカーに駆け寄ったムトウさんは、お目当ての教科書を発見する。

 それを両腕に抱えたまま「じゃあお先」とだけ告げて、教室の出口へ向かおうとしたのを、俺は「待って!」と反射的に止めた。


「……何? どうしたの?」


 カーテンの隙間から漏れる太陽の光が、眉尻を下げる彼女を照らす。2人しかいないシーンと静まりかえった教室内で俺は『今しかない』と思った。


「俺、実はムトウさんのこと前から気になってたんだ」


 パチパチと彼女はしばらく瞬きを繰り返した後、一気に火が燃え上がったかのようにその頬を真っ赤に染めた。


「えっ……? こ、告白ってこと……?」

「うん」

「え〜っと。イタズラか何かで声をかけてるの? そういうドッキリみたいなやつ?」


 怪訝な顔つきでムトウさんは俺を疑うが、首をブンブンと左右に振って「違う!」とすぐさま否定した。


「俺は本気で言ってるから! 掃除のとき、一緒でちょっと気になってた」

「……そうなの? でも重村くんなら明るくて可愛い子と……」

「そんなことないって! ムトウさんカワイイから!」

「じゃあまさか、本気で言ってるの……?」

「さっきも言っただろ、本気って」


 俺の勢いに押されたムトウさんは力が抜けてしまったのか、近くの机に寄りかかりつつも足元がふらつく。

 ハイになっていた俺の脳内は『このまま押したらイケる!』と謎のアドレナリンがドバドバと抽出される。


「お願い! どうしてもムトウさんに付き合ってほしい!」


 ガバッと頭を下げて片手を差し出すと、彼女は「頭なんか下げないで!」とあたふたする。


「本気で私が良いの……?」

「うん、ムトウさんが良い!」

「わ、分かった……。付き合うよ。その代わりしばらくの間は誰にも言わないでほしいな。ちょっと覚悟みたいなのがないから……」

「……え?! 良いの? 大丈夫、全然秘密にします! 俺、友達にも絶対言わないから!」



 こうして俺は人生初の秘密の彼女と、彼女の連絡先をゲットした。


 ――はずだった。



 彼女が出来て2週間後。

 俺は自分の部屋で、画面越しに絶望感を味わっていた。


【やっぱり、付き合うのなしにしてください】


 ムトウさんとの初デートの約束を取り付けて、僅か2日後のことだった。


 すぐさま彼女に【何で?】とメッセージを送ると【どうしても好きになれなかったの、ごめんなさい】と返事が来た。

 その後しばらくムトウさんからの謝罪メッセージが続き、俺の初めての男女交際の幕があっけなく下りてしまった。


 この2週間でしたことといえば、交際初日に一緒に帰ったことと、メッセージのやり取りと、デートの約束のみ。

 決して強引に迫るようなことはしてないし、デートもムトウさんの行きたいところに行こう、という話になっていたし。


 一体俺の何がダメだったんだろう。

 なぜ、好きになってもらえなかったんだろう。

 どうやったら、好きになってくれたんだろう。


 俺が一瞬感じた運命は、ただの偶然に過ぎなかったのだ。



 ■


 中学3年生のとき、たまたま耳に入ってきたクラスの女子の会話を未だに覚えている。


「重村? 喋ってて面白いとは思うけど、好きになるタイプではなくない?」

「分かるー。あくまで友達止まりって感じだよね」


 初めての彼女には2週間で振られ、別に好きでもないクラスメイトにもなぜか振られ。

 そして、なんとか2ヶ月粘った2人目の彼女にも、俺は振られてしまうのだろう。


 恐らく香里は、中学時代のヤツと何もなかったら付き合ってた訳で。

 俺に対してもそう。きっと断る理由がなかったから、好きでもないのに付き合っただけなのだ。


 香里とちゃんと向き合ってしまったらそれが最後。絶対香里は怒って機嫌悪くなるだろうし、最後には結局フラれるに決まってる。……それに、ちょっと面倒くさいし。

 そう考えた俺は、モヤモヤする気持ちを全部抱え込むことを決めた。


『香里って、俺のこと好き?』


 夏祭りの最後に聞こうとした言葉は、怖くて発することが出来なかった。きっとそれを聞いてしまったら、彼女は困惑するだけだろう。その証拠に、最後の電話の「好き」という言葉にも、鼻を啜るような声で「ありがとう」と返されただけ。


 俺は、あの日からずっと、いずれ来る未来に怯えている。

 夢のような期間は、一瞬で終わってしまうのだ。



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