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バレー部のタチバナさん  作者:
バレー部のタチバナさん
19/38

18 決壊


 シトシトと朝から雨が降る日だった。

 私は人生で初めて学校を意図的に休んだ。


 不幸中の幸いか、突き指の検査は休む理由として使える。文化祭の準備、部活といった2つの予定が消えた私はタオルケットを被ったまま、二度寝をするために目を閉じようとした。


「お姉ちゃん、ヘアピン貸して!」


 バン、と強引に扉を開ける音と共に安眠妨害にやってきたのは、中学のダサジャージを着た妹の香帆だった。ミノムシのようにモゾモゾとベッドの上を這う私のことは完全に無視して、「アメピン!」と騒ぎながら我が物顔で私の部屋に侵入して棚を物色する。


「お姉ちゃん今日学校ないの?」

「んー…。今日整骨院」

「そうなの? とりあえずシャキッと起きなよ」


 普段寝坊三昧の香帆に言われるのは少々不服だったため、腹筋を使って上体を起こす。ボサボサの髪の毛と裸眼のせいで視界が悪い。手櫛で髪を整え、手元にあったメガネをかける。


「うわっ、顔色悪っ。彼氏とケンカでもした? それとも文化祭のことでトラブル?」


 私の顔をギョッとした目で見てくる私の妹は、なかなかの勘の鋭さをお持ちらしい。おそらく、本人は何も考えず喋っているんだろうけれど。

 こういうとき、無邪気な人間というものは酷く恐ろしい生き物だということを、私は強く実感させられた。



 ■


 公務員のお母さんは、平日は毎日仕事がある。

 そんなお母さんに、軽い突き指(自己判断)とズル休みのために整骨院に付き合わせるのはさすがに申し訳ない。

 診察のお金だけ貰い、休みの連絡を入れ、朝ごはんを食べながら家族全員が家を出るのを見送る。


 今日の予定は整骨院だけなので、コンタクトを入れたり髪の毛をセットする必要はない。

 軽く身支度を済ませ、傘をさして近所の整骨院に向かい、湿布と突き指のお墨付きを頂いた。


 家に帰ってからLINEを確認すると、クラスやバレー部の友達から届いたメッセージが溜まっていた。念のため病院に行っただけ、と1通ずつ返事を送っていく。

 山城くんからもわざわざメッセージが送られてきて、【昨日はごめんなさい】とだけ書かれていた。

 何回も文字を入力しては消して、を繰り返し、結局【こちらこそごめんなさい これからも委員会頑張ろう!】と単調な文とスタンプをまとめて送信した。


 お昼ご飯に冷蔵庫のありあわせで作ったナポリタンを食べていたとき、航太郎から電話がかかってきた。

 食べているときに電話に出るのは行儀が悪いけれど、家に1人の状態では誰かに咎められる訳でもない。

 私はスプーンとフォークを置いて、スマホを手に取った。


『もしもし、今日香里休むってコバヤシから聞いたけど大丈夫?』


 コバヤシ、というのは1年1組の女子バレー部の友達だ。航太郎は同じクラスの彼女から、私が学校を休むとの話を聞いて心配してくれたんだろう。

 彼に対して思うことはあるものの、わざわざ心配の電話をくれるのはやっぱり嬉しい。余裕のないその声に、少しだけ心臓がキュウと締め付けられる。


「昨日突き指したって言ったでしょ? それで念のため病院行っただけ。心配しなくて大丈夫だよ」

『……そっか。テーピングちゃんとしろよ。あと無茶しすぎないようにな!』

「ありがとう」


 航太郎は午後からの部活の練習に備えてお昼ごはんを食べ終わったところらしい。気を紛らわすために付けたお昼のテレビ番組は、気づかぬ間にコーナーが変わってしまっている。

 たった1人の家の中、航太郎の会話を話半分に聞きながら相槌を打つ。駅前のドラックストアで購入したテーピングの話を、私は意を決して遮った。


「私、最近航太郎が何考えてんのか分かんない」


 1人しかいない家の中も、スマホの向こうも、一気にシーンと静まり返る。


『……はぁ? 何だよ急に』


 向こうが静寂を壊したのをきっかけに、私の中で栓をされていた思いが一気に溢れ出す。何かを考えつく間もなく、言葉がどんどん吐き出されていく。


「何って、そのままの意味だよ。夏祭りの日からずっと。航太郎は呑気に楽しそうなのに、私1人で色々モヤモヤ考えて。……なんかバカみたい」

『……それは』

「きちんと話し合いたいと思っているのは私だけ……? 航太郎は私に言いたいことや聞きたいことってないの? それとも、もう私に興味なくした? ただ一緒になって騒いでいたら満足? ……それなら私以外の誰かと付き合ってれば良いじゃん」

『……俺、そんなこと一言も言ってねぇんだけど』

「だって、そっちが何も言ってくれないからでしょ?」

『聞いたら機嫌悪くしてきたのは香里の方だろ!』


 電話越しの大声に、ビクリと反射的に身体が揺れる。それが伝ったのか、皿の上に置いていたスプーンがカラン、と音を立て、テーブルの上に滑り落ちる。

 さすがにマズいと思ったのか、『ごめん』と小さく謝る声が聞こえる。


「……本当は今日、ズル休みしたの。練習でも軽く怪我して、クラスでも嫌なことあって。最近の私、どんどん面倒くさくなっていってる。ウザいな、って自分でも思う。……何か疲れちゃった、ハハッ」


 私って、こんなに惨めな人間だったっけ。良くないことが立て続けに発生し、そのせいで1人でもがき苦しんで、1人で勝手に不幸になっていく。

 喉の奥が熱くなり、瞬きした目元から涙が一筋ゆっくりと垂れる。


 深呼吸する声が聞こえた後、何らかの覚悟を持った彼の声が伝わってきた。


『今日、部活終わりに話したい。香里の最寄り駅行く。無理なら明日でも良い』

「……それなら、今日が良い」

『分かった。部活終わったら連絡してすぐ行く。じゃあ、そろそろ練習の準備しなきゃいけないから……』

「ごめん、長い時間電話しちゃって。部活頑張ってね」

『おう。……あのさ』

「……何?」

『俺は香里が好きだから。それだけ』

「……そう、ありがとう。じゃあ、また後で」



 通話が切れた後、すっかり冷めて固くなったスパゲッティを胃に流し込みながら、告白されて以来好きと言われたのは初めてだな、なんてことを考えてた。


 彼は、一体私の何が好きなんだろう。

 こんな私に、好きだなんて言ってもらえる資格なんて、どこにもないのに。



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