16 満員電車
スマホのカメラを向けることもなく、ただ2人無言で花火を見上げる。クライマックスと言いたげに一気に打ち上げられた花火は、儚くもあっという間に散ってしまった。
もう何も打ち上げられないことを察した人の群れがぞろぞろと動き出す。「行こう」と一言だけ発した航太郎に腕を引かれ、私達は来た道を戻ることになった。
どうしよう。
何を言えばいいんだろう。
航太郎は何を考えているんだろう。
手は繋がれているはずなのに、何も話してくれないせいで航太郎をどこか遠くに感じてしまう。
人混みのせいでたっぷりと時間をかけてから駅へと辿り着く。改札を通ったときに離した手は、さっきまで手を繋いでいた余韻のみを残している。
満員電車の中、航太郎の服の裾を掴みながら私は意を決して言葉を発した。
「花火の前の話なんだけど」
グレーのTシャツを穴が開くほど見つめる。彼の顔は怖くて見れない。
「中2のときなんだけど、一時期仲の良い男子がいたのは事実。でも付き合ったりはしてないから」
車内アナウンスを告げた電車が駅に停車し、人の出入りに流されないように航太郎に縋る手に力をこめる。なんでこんなときに限って手を繋いでくれないんだろう。
ゆっくりと電車が動きだしてから、彼はようやく閉じたままの口を開いた。
「そいつとデートしたって2人組が言ってたじゃん」
「……デートは行った。でもそれっきりだから今は関係ない」
「そんなのほぼ付き合ってたのと一緒じゃねーか」
「だから違うって。実際相手からは告白されたよ。でも好きじゃなかったし、色々と嫌なことがあったから付き合わなかったの」
「何それ。好きでもないのにデートに行ったってこと? 何もなかったら付き合ってたってこと?」
「……知らない。そんなに一気に詰めるように聞かないでよ!」
急カーブで電車が揺れ、車内の人に押されてグラリと上体が倒される。
ヒートアップし始めた2人の会話が止まり、彼は「ごめん」とだけ呟いてそのまま黙りこんでしまった。
女子中学生と思われる5人組がキャッキャ騒ぎながら、今日の花火の感想で盛り上がっている。私だって、今日家を出たときは、こんな感じで夏祭りを楽しむつもりだったのに。
初デートで訪れたショッピングビルのあるターミナル駅で乗り換えたときも、私達の間には「電車来た」程度の最低限の会話しかない。航太郎の降りるはずの駅についても、彼は「家まで送る」とだけ言い、電車から降りようとしない。その心遣いが今はただ苦しい。
「香里って……。やっぱり、いいや」
私の家がある筋の前で、航太郎が立ち止まる。
何かを言い出そうとした彼は気まずそうに再び口を閉じた。
「……何よ?」
「いや、いい。聞く気なくした」
「はぁ? 聞きたいことあるならさっさと言って」
「……何言いたかったか忘れたからムリ」
「忘れたなんて絶対ウソじゃん。私がモヤモヤするから言って」
「ごめん。だから香里も忘れて」
押し問答に疲れた私は「あっそ」と追求することを諦めた。
「……送ってくれてありがとう。遅いから気をつけてね」
「分かった、じゃあまた」
「うん、バイバイ」
「……俺は香里と別れる気ないから」
「……はぁ?」
「じゃ、それだけ。おやすみ」
そのまま彼は一度も振り返ることなく、来た道を戻っていった。
最後の意味分かんない。
私達、別れ話でもしてたの?
■ □ ■
文化祭準備の教室から抜け出した私は、宥める玲香を尻目に、トイレ近くの廊下で荒れに荒れていた。
「何? なんなの! 一体何考えてる訳?!」
「香里、落ち着いて。リラックス〜、リラックス〜」
「悪いけどホント意味分かんない。理解できない」
夏祭り後の気まずくなった事件は数日経っても尚未解決だ。
それなのに、信じられないことに、航太郎は何もなかったかのように、今まで通り、普通に私に接してくる。どうして?
さすがにその日の夜は連絡が来なかったものの、翌朝普通に【はよー】と無料キャンペーンでゲットしたスタンプを添えたLINEが送られてきて。
部活の片付けのタイミングですれ違ったとき、「今朝のニュース番組のジャンケン、久々にチャレンジしたらあいこだったんだよー」という微妙すぎる報告をされて。
元々一緒に帰る予定の日ではなかったので、部室前で「香里、お疲れ〜」とケロッとした顔で挨拶してきて。
夜になって電話がかかってきたときは、来た、と身構えたのに、応答すると帰り道に男子バレー部で寄り道したラーメン屋での話を聞かされ。
「いかにも聞きたいことありますって感じだったのに、何なの? オレハ カオリト ワカレルキナイ? 私そんな話してませんけど!」
「ひぇ〜。香里キレると手に負えないタイプかぁ……」
「もしかして向こうの中では勝手に自己解決でもしてるの? それとも一晩経ったら何もかも忘れるタイプ?」
「ど、どうなんだろ……。単純に話し合うのが面倒なだけとか……? と、とにかく! 部活終わりとかのタイミングでゆっくり話し合えばいいじゃん!」
「……そうだね。しっかり話し合ってくるよ!」
■
練習終わり、スマホのカレンダーを見つめる私は、酷く険しい顔をしていたであろう。
何しろ、ことごとく航太郎と予定が合わないのだ。
今週の金曜日と土曜日はお互い練習試合があるから忙しい。日曜日は午前練の後一緒に帰る約束はしているものの、その後お互いに友達と遊ぶ予定なので、しっかり話し合う程の時間が取れない。
次の日からは4日間のお盆休み。その後は1泊2日の男子バレー部の合宿、そして入れ替わるように今度は女子バレー部の合宿がある。
いっそのこと、今から電話して一緒に帰ろうって言う?
いや、ダメダメ。妹の部活のコンクールが終わったから、今日は宅配ピザを頼む予定だってお母さんが言ってた。それに、男子達は既に学校を出ている可能性だってある。
それなら、明日だ!
むしろ明日を逃すと、そこから合宿明けまでちゃんと話す時間がないのだから。よし、帰ってすぐ連絡しよう!
「――ってことで、香里は明日空いてる?」
「……へっ?!」
「もー。かおりんったらスマホに夢中で聞いてなかったでしょ!」
一緒に駅まで歩いていた女子バレー部の全員が私の方に注目している。1人で色々と考え込んでいたせいで、皆の会話はほとんど聞き逃していたのだ。そんな私に、部員の1人が呆れた顔をしながら何の話をしていたのかを説明してくれた。
「この前□□駅のデカ盛りハンバーグ食べよって話してたでしょ? それなら明日の練習終わりはどうかな、ってことになったの。皆予定空いてるから、あとは香里だけ」
香里だけ……。
「あ、明日ね。うん! 明日なら大丈夫! ……デカ盛り楽しみダネ〜!」
……こ、断れないっ!
わーいと盛り上がる皆を尻目に、私は1人トホホな気持ちでいっぱいだった。
女子バレー部の皆には航太郎とギクシャク(?)状態であることを話していない。なんとなく、部活の仲間に痴情のもつれみたいな一面を見せるのが嫌だったからだ。
練習に集中していると煩わしいことなんて忘れられるし、向こうも何事もなかったかのように接してくるので、部員の皆に気づかれることもない。
結局私は何の解決策も見出だせないまま、夏休みの合宿を乗り切ってしまった。
……すっごく、モヤモヤするけど。




