14 夏祭り
夏祭りの日の夕方の駅は、とにかく人が多い。
待ち合わせ時刻より15分前に到着した私は、駅の出口から出てくる女の人の鮮やかな浴衣姿を見ながら、無理してでも浴衣にすれば良かったのかも、と少しだけ後悔していた。
2回目のデートにして初めての私服披露とだけあって、昨日の夜はちょっとだけ悩んだ。10分ぐらい考えこんだ結果私が思ったのは、スカートさえ履いてれば普通の服装で良いのでは、ということだ。むしろ普段と違う服装を選んで、何か違うってなる方が嫌だし。
結局私が選んだのは、ココアブラウンのTシャツに膝上丈のホワイトデニムの台形スカート、キャメルカラーのキャンバススニーカーにサコッシュという、定番オブ定番なコーディネートだ。眉をペンシルで軽く整え、マスカラと色付きのリップを塗り、脇辺りまで伸びた髪の毛はおろして毛先だけ内巻きにしておく。ハーフアップのくるりんぱアレンジにしたのは、女子力の塊・芭奈ちゃんの影響を受けてしまった故かもしれない。
私が到着してから5分も経たないうちに、航太郎も駅に着いたとのLINEが届いた。ゾロゾロと動く人の波の中から見逃すことのないように目を凝らしていると、見慣れた人物がこちらに手を振ってくるのに気づいて、ほっと安堵のため息を漏らす。
「おまたせ、思ったより人多いな」
こっちに駆け寄ってくる航太郎はグレーのシンプルなTシャツに黒のストレートなシルエットのズボン、黒のウエストポーチにスポーツサンダルという、私に負けず劣らずのド定番スタイルだ。変にダサい格好じゃなくてよかったし、とびきりオシャレな航太郎は失礼ながら想像つかないし。176cmのスポーツ少年には普通が良く似合っている。
「浴衣じゃなくてごめんね」
「いや、正直どっちでも良いよ。それより髪の毛おろしてるの可愛い」
「本当? もしかしてこっちの方が好きだったりする?」
「いや、ポニーテールもそれはそれでアリ」
「なにそれ」
肩を並べて歩き始めた私の手を、航太郎は「人が多いから」と言い訳してから掬うように握る。2回目の手繋ぎはなんだかこそばゆい。
「航太郎はお腹空いてる?」
「お腹空きすぎて家出る前に冷凍の唐揚げチンして食ってきたけど、全然イケる。むしろ余裕」
「そうなの? じゃあ色々買って食べたいな」
「イイね。俺焼きそば食べたい。香里は?」
「たこ焼きとベビーカステラとりんご飴!」
「多いって。食い意地張り過ぎ」
「えー。ちょっと酷くない?」
人混みの流れに乗りながら、色とりどりの屋台を2人で眺める。
金魚すくいやヨーヨー釣り、くじ引きなど魅力的なゲーム屋台が沢山並んでいるけれど500円というお祭り価格はあまり財布に優しくない。その辺りは小さい頃の思い出話に花を咲かせる程度に留めておき、2人で1回ずつ輪なげに挑戦してお菓子の詰め合わせを1個ずつゲットした。
途中で購入した焼きそばとたこ焼きを2人でシェアして食べたり。
薄暗い中自撮り写真を撮って、写真うつりの悪さに2人で爆笑したり。
ベビーカステラを分け合いながら歩いていたら、お互いの友人やバレー部の友達に遭遇したり。
あっと言う間に辺りは暗くなり、気づけば花火開始時刻の30分前だ。それぞれイチゴ飴と焼き鳥を片手に、もう片方の手は繋いだまま少しでも花火の見えそうなところへ移動する。この人だかりの中では、花火の穴場スポットなんてのは存在しないのだ。
道脇のガードレールにちょうど2人分のスペースが空いていたので2人でそこに寄りかかる。近くには1本細長い木が生えているけれど、このぐらいだったら邪魔にならないだろう。
「良かったねぇ。ここならバッチリって程じゃないけど、ちゃんと花火が見れそう」
「そうだな。ハイ、あーん」
「……え?」
航太郎は先端の肉1つがなくなった焼き鳥の串を、私の顔の近くにグイと突きだす。
「……食べろってこと?」
「……嫌?」
「アリガタク、イタダキマス」
右肩にかかった髪を払ってから差し出された串を口に含んだ。「ウマい?」と聞かれたので、肉をモギュモギュ噛みしめながらコクコクと頷いた。ついでに「俺も苺が食べたい」とリクエストされ、流されるがままにイチゴ飴の串をあーんさせられることになってしまった。貴重な苺を奪われてしまった私に「ゴメンゴメン」とヤツはヘラヘラ謝る。私の苺を返して。
2人でスマホの画面を覗きこみ「あと10分だね」と時刻表示を眺めていたとき、急にかけられた声に私の世界は止まってしまった。
「あれ? もしかして香里じゃない? エリだよ、エリ! 中2のとき同じクラスだった恵里菜!」
振り向いた私は、驚きのあまり顔中に力が入ってしまう。
そこにいたのは、少し風貌が派手になった、かつての同級生2人組だった。
片方のスマホに夢中の女子、リョウコは剃り込みの入ったショートカットをアッシュカラーに染め、耳にはチェーンのピアスがついている。もう片方の女子、恵里菜は明るい茶髪をストレートに伸ばし、インスタで良く見かけるブランド物のキャップと白Tシャツに細身のサイドラインパンツを合わせている。
「……恵里菜とリョウコでしょ? 2人とも同じ2年3組だったから覚えてるよ」
口角を上げた私の顔は上手く笑えていただろうか。ピクピクと顔の筋肉がひきつる。
「良かったぁ〜! だって忘れられてたらガン萎えじゃん? あ、もしかしてデート中だった? お邪魔しちゃって彼氏さんゴメンナサーイ」
顎をつきだすように会釈する恵里菜の勢いに押されてか、「だ、大丈夫っす」と航太郎が軽く頭を下げる。
動揺が止まらない私の様子に、恵里菜は一切気づかない。彼女はそういう人だから。
ベラベラと話し出す恵里菜のマシンガントークを聞き流しながら、『エリ』という一人称は中学のときから変わってないな、と見当違いのようなことを考えていた。
「聞いてよ! この前駅で野球部のアイハラに会ったんだよね。そのとき案外話が盛り上がって、今度3組の皆で集まりたいねって話になったの〜。謎にエリ達3組、男女の仲めっちゃ悪かったじゃん? あれ、なんでだったんだろ?」
「な、なんでだろうね……」
「でも、そういえば香里って小野寺とは仲良かったよね。3組の男女で唯一仲良かった気がする」
お の で ら
すっかり耳にしなくなったその4文字に、息の仕方を忘れてしまいそうになる。
「ウチも覚えてる。橘、たしか小野寺とデートしてなかったっけ。付き合ってたんじゃないの?」
私の手を握る航太郎の手が、動揺してピクリと動く。
ハクハクと酸素を求め、伸縮する喉元に唾を飲み込む。
「……お、小野寺とは付き合ってないよ」
「そーなんだ? エリ中2の記憶曖昧。当時の彼氏がクズだったことが印象強すぎて。今度卒アル見返そっ。とりあえずクラス会することになったらLINEするね! じゃあエリ達そろそろ行くから〜」
「うん、それじゃあまた……」
嵐のように過ぎ去った、かつてのクラスメイトが私達に残していったのは静寂だった。
どちらも何を話して良いのか分からず、手だけ繋いだまま時間が過ぎて花火が始まる。
夜空を彩る花火を眺めながら、かつての中2の出来事が私の脳内をぐるぐると巡る。
この日の花火は、近くにいた小さい子どもが親に肩車されながら「キレイ!」と歓声をあげていたことしか、覚えていない。




