13 第2回文化祭実行委員会
夏休み、イコール、教室に足を踏み入れない期間。
中学のとき当たり前だったこの方程式は高校では成り立たないようで。
クラスでの文化祭の準備や煩わしい委員会、来月の最後の週には夏期講習など、校舎内に立ち入るイベントが盛りだくさんだ。
「――よし! じゃあ、今日はスケジュールを決めてから、班分けするって感じでいいかな?」
「オッケー! それで行こう」
「足りないことがあったらその都度決めてこ!」
高校生活最初の文化祭はクラス全員が手探り状態だ。
そんな中、積極的に参加してくれるクラスメイトが多くいるのは非常に有難いことだと思う。
週2回程度の集まる予定日も決まり、8組が前を向いて揃って足踏みをする音が聞こえたような気がした。
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なぜ私はあのときにグーを出してしまったのだろう。ジャンケンに勝ててさえいれば、こんな面倒な役回りに当たることがなかったというのに。
机にぐでーんと突っ伏した私の後ろ髪を玲香が弄ぶ。
「実行委員サマお疲れ〜。だんだん司会業が馴染んできたんじゃない?」
「よく言うよ〜。玲香が私の代わりに司会してくれてもいいんだよ? ちなみに、今月の最後には委員会もあるからぜひとも代わりに」
「丁重にお断りさせていただきマス」
教室内がバラバラ状態の前回よりは、目標がはっきりと見えているだけあってマシだったけれど。
同じ文化祭実行委員の山城くんも、彼は彼なりに色々と調べてきてくれたようで「軽音部の先輩に聞いてきたんだ」とかき集めてきた情報を提供してくれた。ちなみに山城くんが軽音部所属だとは全く知らなかった。さすがに本人を目の前にして、そんなこと言わなかったけれど。
「そういえば私と香里と莉子と有希の4人で遊ぶ予定だったじゃん? 8月1週目か2週目の日曜はどうかなって話してたんだけど、香里は?」
そんな話夏休み前にしてたなぁ、なんて思い出しながらスマホを取り出してスケジュールアプリを確認する。
「んー、2週目ってお盆直前? その日なら部活午前練だけだから、午後からならオッケーだよ。むしろ8月最初の日曜は先約ある」
「1週目NGね。もしかして彼氏?」
「イエス」
「シゲなんとかくんだっけ」
「シゲムラくんね。覚え方雑すぎ」
航太郎とLINEで『夏っぽいお出かけ先』を話し合った結果、8月上旬に開催される近場の夏祭りに行くことになった。2週間後の天気はさすがに分からないけれど、「俺、晴れ男だから!」と自慢する航太郎に、晴れ男っぽいな、と妙に納得させられたんだっけ。
ぐい、と玲香はその場で伸びをしつつ「バイトしたいなぁ〜」とショートの髪をかきあげる。
「部活入ってたら絶対無理でしょ。それにうちの学校バイト禁止だし」
「バスケ部の先輩から聞いたけど、帰宅部の人とか、たまにバイトしてる人いるらしいよ」
「私もそれ聞いた。せっせとお金儲けしている人の傍ら、私達はサウナ状態の体育館で練習だよ……」
「うわ〜。中学のときの地獄の夏休み思い出す!」
玲香と中学時代の部活の愚痴を言い合いながら、始まったばかりの夏休みに私は心を踊らせていた。
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夏休みって、1日の過ぎるスピードがあまりにも早い。
部活して、たまに文化祭の準備があって、休みの日に中学の友達と遊ぶ。課題の進行具合が、夏休みの経過日数に比例していないのは多分私だけじゃないはず。
明日から8月だから、頑張ろう。うん、明日からね。
相変わらず視聴覚室の冷房はガンガンに効いている。
8組の教室は、機械で予め操作された設定温度のせいで微妙に涼しさを感じないときがあるというのに。ハンカチで汗を拭う文化祭実行委員の担当教員の先生は、エコとは真逆の人間のようだ。
委員会の開始時刻が迫る視聴覚室内は席がほとんど埋まっている。
けれども私の座る席の横は空いたままで。というのも、昨日山城くんから【旅行中なので委員会欠席します】との連絡が届いたのだ。おそらくクラスのグループチャットからわざわざ連絡先を追加してくれたのだろう。
パッと後ろを振り向いた芭奈ちゃんと目が合ったので手を振ると、フリフリと小さく手を振り返してくれた。駅のロータリーで見せた表情とは一変、明るく笑う様子にホッと安堵したところで、第2回文化祭実行委員会が始まった。
今日の議題は、生徒会と文化祭実行委員の出し物についてだ。
運動場で行われるそれは、毎年の恒例行事だそうで、1年生は高校に入学しての感想を発表したり、疑問点を生徒会の先輩達に質問する、いわば受験を控えた中学生向けのステージイベント担当らしい。
「あれ、たしか重村の彼女ちゃんだっけ。間違ってたらゴメン」
1年だけで固まったその場で声をかけてきたのは、男子バスケ部の顔見知りだった。同じ体育館の部活同士、航太郎と仲が良いのだろう。別に否定することでもないので「そうだよ」と答えると、彼や近くにいた男子生徒数名は「シゲの彼女だ!」と謎にテンションが高くなってしまった。
彼らの興味が私に逸れてから、俯いたまま黙って手元のプリントを眺める隣の芭奈ちゃんに耳打ちをした。
「芭奈ちゃん……。こういう空気苦手だよね?」
パッと顔を上げた彼女の瞳が不安げに揺れる。少し視線を彷徨わせてから、プリントで口元を隠した芭奈ちゃんはボソボソと小声で囁いた。
「実は騒がしい男の子が苦手で……。香里ちゃんはあんなこと言われて平気?」
「私? アレぐらいだったら大丈夫かな。向こうもそんな変なこと言ってくる訳じゃないし」
「そっか。香里ちゃんは強いね」
弱々しげな芭奈ちゃんに、私は「そうかな」と笑って見せた。実際アレぐらいのことなら部活の友達とかにも言われることもあるし、私は特に気にしてはいない。
……しつこさが過ぎると、さすがの私でもキツイけどね。
各学年全8クラスの中から2人ずつ文化祭実行委員が選出されているため、1年生だけで委員会のメンバーは16人いる。その中からステージ発表担当と裏方担当、当日の設営や掃除担当の話し合いが始まった。
「ステージは男女合わせて4人だっけ? 誰もいなかったら俺やろっかな〜」
「私、朝早いの嫌だから設営だけはイヤ。ステージの裏方か、掃除が良い!」
「じゃあ俺設営で! てか早いもの勝ちみたいなのはナシだろ」
やいのやいので始まった議論は、結局挙手制、のちジャンケンという定番スタイルに落ち着いた。
音頭を取った男子が「ステージ発表やりたい人!」と希望を募ると、男子2人、女子1人が手を挙げた。
「……じゃあ、私もステージにしよっかな。女子1人だと微妙でしょ?」
「マジ? シゲの方のタチバナさんやってくれんの?」
「やるけど……。てか何その言い方」
「だってタチバナさん2人いてややこしいじゃんか」
「何それ。8組の方の橘とかで良いじゃん。それか、かおりんさんって呼んでくれても良いよ」
あっけらかんとしたその様に、思わず呆れてしまう。
とはいえ、私が苗字被りが原因で誂われてしまったことに顔を強張らせる芭奈ちゃんの方を確認すると、ある意味この状況は納得せざるを得ない。
芭奈ちゃんって、いかにも可愛らしい感じの子で、こういうイジり方をしていいのか良く分からないもんね。
「その話は置いといて、次のヤツ決めてこ! 裏方がいい人!」
バッと手を高く挙げた生徒達と、控えめに肩の位置で挙げた生徒達の合計人数を数えると、どうやら定員より2人多かったみたいで。おずおずと周りを見渡した芭奈ちゃんが肩を窄めた。
「あの……。私ステージ発表以外だったら何でも良いかな。だから裏方辞めておきます」
「あれ? 1組タチバナさんはそれで良いの?」
小さく挙げていた右手を膝の上に戻した芭奈ちゃんはコクンと頷く。念押しした生徒はやや逡巡する素振りを見せてから「そっか」と話を進めていった。




