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バレー部のタチバナさん  作者:
バレー部のタチバナさん
13/38

12 相談


 気象庁が梅雨明け宣言を発表した、土曜日。

 ついに高校生活初めての夏休みがやってきた。


「航太郎。さっき部室で先輩に、1か月おめでとうってことでコレもらったからあげる。ちょっと溶けてるかもって言われたけど」


 ようやくなのか、あっという間なのかよく分からないけれど、1学期終業式の昨日がちょうど付き合い始めて1か月の記念日だった。目ざといことにそれを思い出した1年バレー部の友達が部活終わりの部室内で騒ぎ出した。部室に残っていた2年の先輩達にも雑に祝われ、ちょっとだけ居た堪れない気分を味わってから部室を後にした。


「ラッキー! 女子はそんな雰囲気になってたんだ? 男子の部室は、通知表で3教科欠点だった先輩がいて、今それどころじゃなくてさ」

「えぇ?! めちゃくちゃヤバいじゃん……」

「ゲームとか動画見すぎないように、親が家のWiFi引っこ抜いたらしいよ」

「不便すぎない……?」


 夏限定の塩味系の飴玉1つを、私の右を歩く航太郎に手渡してから、残った方を開封して口に放りこむ。

 ちなみに航太郎が右を歩くのには理由があって、「女子と歩くときは車道側を歩くものらしいから」だそうで。モテテクは気づかれないようにサラッとこなしてこそのモテテクなのに、話の流れで情報源のクラスメイトの名前までポロッと漏らしてしまうのが、ある意味航太郎っぽいなと思う。


「たしかにちょっと袋は開けにくかったけど、食べたら全然いける。普通にウマい。今度代わりにあざす、って先輩に言っといて」

「ハイハイ。りょーかい」


 飴玉を口にしていると、どうしても喋りにくくなって互いに無言になってしまう。とはいえ、気まずい雰囲気という訳では一切なく、まだまだ暑い午後4時の帰り道を、2人で指し示したかのように日陰の内側を縫うように歩いていく。


「香里明日空いてる? 部活ないし、暇だったらどっか行こーよ」


 ボリボリと飴を噛み砕いた航太郎が、私の表情を伺うように首を傾げる。限界まで飴を舐め続ける私とは違って、彼はある程度小さくなったら飴を噛み砕いてしまうタイプらしい。


「明日はごめん。今日これからおばあちゃんの家に泊まるんだよね」

「そっか、それなら仕方ないか。夏休みは始まったばっかりだし、空いてる日また教えて」

「分かった。せっかくだし夏っぽいことしたいね」


 目を合わせて親指をグッと立てると、航太郎は「イイね」と突き出した拳をコツンと当てて、くしゃりと笑う。奥二重の目を細めて嬉しそうに笑うその表情は、最近の私のお気に入りだったりもする。もちろんそんなこと、相手には言わないけど。


「香里のおばあちゃんの家、犬いるんだっけ? 良いな俺も犬飼いたい」

「イイデショ? 後で写真送ってあげる。ちなみに航太郎はイヌ派? ネコ派?」

「絶対犬だな。猫も猫でカワイイけど。香里もイヌ派?」

「もちろん。まぁ私もどっちも好きだけどね」


 普段一緒に帰るときは途中の電車まで一緒だけど、今日の私はバスを利用しておばあちゃんの家まで向かう予定なので、航太郎とは駅前のロータリーで解散した。



 夏休み初日ということもあってか、いつも以上に停まっている車の数が多い。この辺りの空気がモワッとしているのは、車から出ているガスのせいでもあるような、そうでもないような。大部分は直射日光のせいだろうけど。


 日陰を求めて停留所近くのベンチに近づいたところで、ある人物と目があった。


「香里ちゃんだ。もしかして部活終わり?」


 首から提げたハンディファン片手に私に声をかけてきたのは、私服姿の立花芭奈ちゃんだった。

 半袖のフワッとした白いボウタイブラウスに膝丈ぐらいの黄色のフレアスカート、ブラウンのストラップが付いたウェッジサンダルの組み合わせは立花さんによく似合っている。


「立花さん久しぶり。そうなの、今終わったところ」

「そうなんだ、お疲れ様。……あと、もし良かったら名前で呼んでほしいな。あまり苗字で呼ばれるの好きじゃなくて」


 自嘲しながら「男の子に名前呼びされるのは、さすがに嫌だけどね」と付け加えた彼女に「じゃあ芭奈ちゃんって呼ぶね」と確認して、ベンチの隣に腰掛ける。


 胸元まで伸びた焦茶の髪の毛は毛先だけ内巻きで、ロープ編みされたサイドの髪が真ん中でまとめられているのに女子力を感じる。「ヘアアレンジ上手だね」って褒めたところ、片手で口元を抑えながら「ねじってピン留めするだけだから簡単だよ」と鈴の鳴るような声でコロコロと笑う。ガタガタの編み込みしか出来ない私じゃ、そんなオシャレな髪型は出来ないだろうけど。


「香里ちゃんってバス通学なの?」

「ううん、いつもは電車だよ。今日はおばあちゃんの家に行くから」

「そうなんだ、おばあちゃんとは仲良し?」

「うん、今でも定期的に泊まりに行くくらいには」

「そうなんだ。羨ましいなぁ」


 眉尻を下げて笑う芭奈ちゃんの顔は、どこか寂しげな表情を浮かべている。病気だとか死別だとか、人には触れられたくない何らかの事情があるのかもしれない。


「今日は芭奈ちゃんどこかお出かけしてたの?」

「……うん。そんな感じ」


 歯切れの悪い返事を返す芭奈ちゃんは、明らかに何かモヤモヤしたものを抱えている。それが正しいのかはよく分からないけれど、私は一歩踏み込むことにした。


「……どうしたの? 何か困ったことでもあった?」


 私の声に、ピクリと芭奈ちゃんは揺れる。


「……ごめんね、聞いちゃいけないこと聞いてしまって。やっぱり、今の――」

「付き合ってない人とデートに行くのってどう思う?」

「……えっ?」


 私の声を遮った芭奈ちゃんの言葉に、頭の中が一瞬真っ白になる。まるで脳の血液が逆流しているかのように、ガンガンと嫌な頭痛がする。


 思い出すのは、中学2年生の頃に観た吹き替え映画。

 ……いやいや、今は私の過去なんて関係ないんだから。


 ただ、俯きながらスカートの裾をギュッと握りしめた芭奈ちゃんは、私の動揺には気づいていないようで。溜まっていた膿のようなものが、芭奈ちゃんの口からボロボロと溢れだす。


「隣のクラスの男の子で、芸術の選択教科が書道で一緒なの。それで向こうが私のことを好きになってくれたみたいで、この前告白されてお断りしたんだけど。諦めきれないから、1回だけってお願いされて……」

「そ、そうなんだ……」

「同じクラスの友達は相手の顔を知ってて、バレたくないから誰にも言ってないの。香里ちゃんだったらクラスも遠いから大丈夫かな、って思って。だから、絶対言わないで!」

「大丈夫、誰にも言わないです」


 元々秘密にしてって言われたことは基本守るタイプだし、何よりこんなに必死な表情を浮かべる学年イチの美少女を裏切ることは、一般ピーポーの私には絶対ムリだ。


「……相手の人も必死なのかもしれないけど、ゆっくり考えたら良いんじゃないかな。私がクラスの友達に言われたことなんだけど、一緒にいることでちょっとずつ気持ちに変化が出てくるってのもあると思う」


 好意を寄せられて戸惑う、という経験は私にもある。

 恋愛経験がさほど多くない私だけど、私の境遇や友達からのアドバイスが何らかの手助けになるような気がしたのだ。


 けれど芭奈ちゃんの顔は曇ったままで、俯いたたまま「ありがとう」と消えてしまいそうなほど小さな声で呟く。

 あぁ、私は彼女の力にはなれなかったのだろう。


「と、とにかく! 芭奈ちゃんも焦る必要ないと思う。上手く言えなくてごめんね」

「……ううん、そんなことないよ。聞いてくれてありがとう」


 誤魔化して取り繕った私に、芭奈ちゃんは悲しそうに笑った。



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