前編
「レオリス皇太子殿下、わたくしは貴方との婚約を、今この場で破棄致しますわ!」
王女殿下であるナナニカの声が学園のパーティー会場内に響き渡る。
その声で他の生徒が一斉にナナニカを見た。
ナナニカの隣にローレンス公爵令息が立っており、その光景を見た生徒達は察した。
王国は終わりだ、と。
「貴方はわたくしがローレンスと一緒にいることに嫉妬し、会えば暴言を言い時には暴力も振るう。そんな人と結婚なんてできるわけがありません。よってわたくしはローレンスと婚約することにしますわ!」
ナナニカのキリッとした碧い瞳の視線の先にはレオリスがいた。
レオリスはナナニカの言動に対して呆れて頭を抱えている。その姿を悲しんでいると思ったナナニカは長い金色の髪を靡かせると天井を見上げ高らかと笑った。
それを見たレオリスははぁっと大きな溜息を吐く。そして銀色の髪をさっと触り何かを考えている。
(仮にレオリス皇太子殿下がローレンス様を虐めていたとしても、それで何故ナナニカ王女殿下とローレンス様が婚約することになるのか。頭の思考回路を見てみたい)
「フィラニア! 前に来い!」
(わたしも婚約破棄されるのね。まぁ、ローレンス様から離れられるのはとても嬉しいことだけれど)
フィラニアは静かに歩きローレンスの前へと行った。
フィラニアの歩く姿はこんな状況でも皆が見惚れるくらい美しい。社交界で白銀の薔薇姫と呼ばれるだけある。
綺麗な白銀色の長い髪はさらりと揺れつつも形は崩れず、一挙手一投足全てが美しい。
「何でしょう、ローレンス様」
フィラニアは何を言われるか分かり切っていることを質問した。
何故フィラニアが呼ばれたのか、それはこの状況と彼女の立ち位置を知っていれば誰もが分かる。彼女は公爵令嬢でありローレンスの婚約者でもある。
生徒達の多くが不安気な表情で四人を見ていた。
「頭の良い貴様なら分かるだろう? フィラニア、ボクは君との婚約を破棄させてもらう!」
バッと片方の腕を開き、パーティー会場にいる全員に伝えるために声を響かせたローレンス。
ローレンスはそれを伝えると全員に見せつけるかのようにナナニカを抱き寄せた。その光景を見た生徒達は不安な表情が一気に絶望の顔へと変わった。
(婚約破棄は御法度ということを知らないのだろうか。自らが破滅に向かうということを)
婚約というのは当人同士ではなく当人の両親が合意して決めたもの。もっと言えば家同士の約束である。
婚約を解消するのは両家同意のもとだと言えるが、婚約破棄は一方的なものでしかない。家同士の仲が完全に悪くなる。しかも婚約破棄をした側に恋人やそれに近しい人がいた場合、当人や家の評判が悪くなるのと同時に立場も弱くなってしまう。
だから婚約破棄をしたら破滅へと一直線というわけだ。
「これがどういう意味なのか分かっての行動か?」
「どういう意味かの行動? それは愛のため行動に決まっているでしょう」
紫色の瞳で睨むようににナナニカを見ているレオリスがチャンスをあげるもそれをあっさりと捨てるナナニカ。
愛のために自分達を破滅させるとは愚かなことである。そう多くの生徒が思った。それと同時に生徒達は自分達の未来はどうなるのかと心配でならない。
(二人が破滅するのはいいのだけれど、それにわたしまで巻き込まないでほしい)
今回の大きな問題はナナニカがレオリスを婚約破棄したという点。
レオリスは大国であるリウェイヤ帝国の皇太子、それに比べてナナニカは普通と言ってもいいくらい平凡なジリエート王国の王女。
この二人が婚約をできただけでも凄いことなのに、その婚約を破棄するのは王国が破滅すると言っても過言ではないのだ。
「わたしは婚約破棄を受け入れます。婚約を解消するために両親へ報告をしなければなりませんので、失礼させて頂きます」
フィラニアはこの場にいるよりも、両親に報告をして王国と帝国の関係悪化を少しでもマシにするために立ち去った。
「ならばオレも婚約破棄を受け入れよう」
フィラニアに便乗するようにレオリスも婚約破棄を受け入れ、パーティー会場を去っていった。
残されたナナニカとローレンスはとても嬉しそうにし、対照的に生徒達は絶望しとても静かになっている。
そしてパーティーは続くかと思いきや、一人また一人と生徒がいなくなり、遂にはナナニカとローレンスだけになった。
それでも二人は楽しそうな様子だった。
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「フィラニア嬢、少し話をいいか?」
「……分かりました」
パーティー会場から出たフィラニアに話しかけてきたのは、先程一緒に婚約破棄をされたレオリスだ。
フィラニアは一瞬悩んだがこの話次第で関係悪化も少しはマシになるかもと思い、話すことにした。
「ならばオレの屋敷でいいか?」
「今から行くのですか?」
「ああ、流石にここでは話し辛いからな」
レオリスはフィラニアに自分の屋敷で話すことを提案した。
けれどその行為に少し疑問を覚えたフィラニア。それもそうだろう。今二人が密会をすれば二人も浮気していると言われかねない。だからそんなリスクの高い行動をしたくないのがフィラニアの本心。
「もう夜も遅いですので、今から行くのはご迷惑なのではないかと思うのですが」
フィラニアは現在の時間を理由に屋敷へ行くことを断ることにした。
現在の時刻は夜の8時。今頃ならばパーティーの盛り上がりが最高潮なのだろうが、盛り上がっているのはあの二人だけだということが簡単に想像できる。
(ハイリスクでリターンがどのくらいか分からないことをしたくない。ここはもういっそのこと帰るのも一つの手ね)
「フィラニア嬢が嫌ならば場所は君が指定していい。ただ話すことはフィラニア嬢にとってもとても良い提案だと思うことだ」
「良い提案とは、どのような提案なのでしょう」
(わたしにメリットのある提案なら乗ってもいい。けれど提案内容を言わないならば切り上げてもいいっていう感じね)
「詳しい話は場所を変えてしたいから省くが、“復讐”についてだ」
レオリスはフィラニアが不安に思っていることを感じ取り、場所の件はフィラニアに委ねてもいいと伝える。そして良い提案があるとも言った。
その提案がフィラニアにどのようなメリットがあるのか、それ次第という雰囲気を出すフィラニア。
それを察して詳しい内容は言わないが、魅力的な提案だということを教えるレオリス。
復讐という単語を聞いたフィラニアはフッと軽く笑う。その笑い方は悪役の笑い方のようだった。
「場所は生徒用会議室で宜しいでしょうか」
「ああ、じゃあ早速行こう」
フィラニアは場所を指定することで話を聞く意図を示し、レオリスと共に生徒用会議室へと向かった。
生徒用会議室に向かっている最中にパーティーに参加していた生徒達が会場から続々と出ていった。
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「茶の一つも出すことができなくて済まないな」
「いいえ、大丈夫です。ここに道具を持ってくる人なんていませんから。それより本題に入ってください」
フィラニアとレオリスは生徒用会議室にあるソファに座る。
レオリスが紅茶を出せずに謝ると、それよりも復讐に関する話を聞きたいフィラニアは話をするようレオリス促した。
「ああ、分かった。オレは先程伝えた通り、あの二人に復讐をしたいと思っている」
「何故、二人に復讐をしたいのですか?」
フィラニアは最初にレオリスが復讐する理由を尋ねた。
フィラニアにとってレオリスの復讐理由次第でこの話に乗るか乗らないかが決まる。復讐の重さはその分信用に値するとフィラニアは考えているのだ。
「オレは今までにかけられた迷惑と裏切りが許せないからだ。欲しい物を貰えなければすぐに怒り、何らかの理由を付け暴言を吐きストレスの吐口にされることもあった。そして最後は浮気して婚約破棄。それも自分が正しいと言わんばかりの態度を取り続ける。それはまるでオレのことを奴隷か金づるのように扱い、最後は用済みだからと捨てる」
(この人も随分婚約者に苦労させられてきたのね)
レオリスからはナナニカが自分に対して行った今までのことをスラスラと言葉にする。最後は怒りよりも呆れが勝っているようだった。
そんなレオリスにフィラニアは同情をする。フィラニアもレオリス同様に婚約者であるローレンスから色々と迷惑をかけられてきたから、人一倍その苦労が理解できる。
「今までの苦労や我慢は何だったのかと思ってしまってな。理由はそんなところだ。復讐動機は仕返しと言ったところだ。そういうフィラニア嬢はどんな仕打ちをされてきたんだ?」
「わたしですか? わたしも似たようなものですよ。日常的な暴言と時々ある暴力。それに自分に相応しい令嬢になるよう強制をし、自分より目立てば怒りをぶつけてくる。最後は皇太子殿下と同じで、用済みということで捨てられました」
フィラニアもレオリスと似た境遇に置かれていた。むしろ暴力を振るわれていた分、フィラニアの方が酷い環境に置かれていたと言えるかもしれない。
それを聞いたレオリスもフィラニアに同情する。
そして二人は確信した。この人なら自分の復讐共犯者に相応しい、と。
「あの二人に復讐しよう」
「ええ、良いですね。二人の婚約を祝うプレゼントにピッタリと思いますから」
「中々良いことを言うな、フィラニア嬢は」
ここでフィラニアとレオリスは復讐共犯者としてお互いを認めた。
そしてすぐに復讐の内容決めへと話を移していく。
「復讐内容はどうしたい?」
「わたし達と同じ公の場で復讐をしたいですね」
「公の場なら、学園卒業パーティーなんかよりももっと大きいパーティーでやりたいな。それも国王陛下や貴族の当主達が居る場で」
「でもそんなパーティー、直近で予定はないはずです」
貴族がいるパーティーはあっても、国王陛下が出てくるパーティーは滅多にない。それこそ王族主催のパーティーでもない限り。
どうすべきか長考する二人、そして先に案を思いついたのはフィラニアだった。
「いっそのことパーティーを開催するのはどうでしょう? 皇太子殿下の力があれば国王陛下も参加されるはずです」
「それはいいな」
フィラニアが提案したのは皇太子であるレオリスの力を最大限活用して、大きなパーティーを催そうというものだった。
レオリスはフィラニアの復讐作戦に同意し、二人はその方向で復讐作戦を進めていく。
「それならば国王陛下に招待してもらう……いや主催してもらうのが手っ取り早いな。オレ達が開くよりも国王陛下主催のパーティーの方が来る人も多い」
「確かにそれは名案ですね。王女殿下から一方的な婚約破棄を受けたことを盾にすれば協力してくれるはず。それでも無理ならば、皇帝陛下に相談し王国に何らかの形で制裁を加えると脅せばいいですから」
レオリスはより多くの人をパーティーに招待するために、国王陛下に主催をやらせるという案を出す。それに賛成したフィラニアは国王陛下の説得方法を提案した。
二人はとても楽しそうに復讐内容を考え、着々と復讐作戦が纏まってきた。
「それは良いアイデアだが、中々に恐ろしいことを思いつくな、フィラニア嬢は」
「誰かのせいで性格が少々捻くれてしまっているので」
「それは仕方がないことだ」
レオリスはフィラニアの説得方法を褒めつつ、フィラニアの思考も褒めた。
普通なら貶していると捉えられても仕方のない言い方だが、この二人は少し捻くれているためそれが褒め言葉だということが分かっている。
その調子で復讐内容が決まり、復讐内容を実行するための作戦が決まっていき、あとは最後の復讐をどうするかの話になった。
「最後はどうしましょう? 飛び切りの絶望を与えたいんですが」
「絶望を与えるのならば、まずは希望を与えることが重要だ」
「希望を、ですか?」
「ああ、そうだ。ただ絶望を与えるよりも希望を持たせ絶望を与える方が何倍も人は苦しむ。だからパーティーで二人の婚約を認めてあげよう。それは国王陛下公認ということで。それでーー」
「いいですね。ならばその時の絶望の後に、永遠に続く苦しみも一緒にプレゼントしてあげましょう。具体的にはーー」
婚約破棄された二人は元婚約者達に絶望を与えるための復讐の話で盛り上がり、まさに完璧とも言える復讐作戦が作り上げられた。
その内容は恐ろしく、もしも成し遂げられれば対象である二人は一生婚約破棄したことを後悔すること間違いなしの出来栄え。
「ではパーティーの日時は三日後、それまでに準備を進めよう」
「そうですね。三日後がとても楽しみです」
婚約した頃から溜まり続けた油が、婚約破棄を切っ掛けに発火し、元婚約者達にその炎が襲いかかる。
元婚約者達に自業自得という言葉がピッタリと合う復讐が始まろうとしていた。