第9話 死に逝くお前達にはもう不要だろう?
「良い、実に素晴らしい。」
敢えてあの愚かなエルフを1匹呪いと祝福の双方を刻み込んで逃がし、捕らえていた2匹と追加の1匹を持ち帰り、防音結界もしっかりと張った私の自室にて本日1番の楽しみを消化するとした。
目下に広がるは全身をくまなく私の影から生えている真っ白な包帯に締め上げられ、体を捻じるどころか指1本すら動かせない獲物達は私に魔力を、知識を、記憶を明け渡してどんどんただの抜け殻へと化していく。
これが、私が長らく強者であり続けられている1番の理由だ。
知識とは武器であり、情報とは道具である。普通、情報を得ようとすれば拷問などで吐かせる必要があったり、技術を得るにはそれを教えさせなければならないという面倒事が発生する。
しかし、私の場合は記憶やその時の肌感、経験の全てを無差別に吸い上げ、魔力に関しては回復させるというよりも魔力保有量の限界をひたすら伸ばしていくといったイメージの方がより正確だ。
その為、こうして捕食する度に捕食対象の全てを強奪し、上乗せする事の出来る私にとって、基本的には天敵など存在しない。それこそ一瞬でさえ油断してくれればこの触腕を絡めて一気に吸い上げ、更にバランスを崩した所で雁字搦めにし、何もかも奪い尽くしてしまえば良い。
とはいえ、流石にこれでは時間がかかり過ぎるので獲物の首を少しだけ晒して噛みつき、以前手に入れた吸血鬼の能力を利用して血を吸い上げる。しっかりと、されど優しく抱き込んでやんわりと噛みつき、その血を啜る。
良い子だ、そのまま全てを明け渡して逝け。
この館では肉も骨も髪も衣服も所有物も魂も、何一つとして無駄にはならない。エルフの場合は特にこの綺麗な髪だったり、死んでも尚綺麗な目玉というのは高く売れる。肉なんて、法外な金額で取引されるほどだ。
勿論、最も需要があるのは奴隷だが別に私は奉仕させたい訳でもなければ生かしておくメリットもない。ただ、この獲物達が絶望する顔と、何をしようとも勝てるはずのない相手に、一方的に蹂躙されていく様が見たいだけ。
「……くは。お前はそのまま眠っているが良い。二度と目覚めない、安らかな夢の中で我々に尽くして死ね。」
床一面を覆い尽くすように展開された私の影の上、無数の包帯に絡まれて意識を失い、装備も全て剥がされてピクリともしない護衛の男。座り込ませるようにして縛り、今さっき気を失った女。そして最後、
「お前は特に消化に悪そうだなぁ、植物学者?」
「この、化け物め……!!」
「化け物、か。折角過去に全体の知的生命体の中で1,2を争うはずだったはずの君達エルフがその程度の語彙力しか有していないとはなぁ……。まぁしかし、さぞやお前達の先祖達は現代のエルフに失望している事だろう。里も、国も、村も、帝国ですらも護れず、殆どのお前達エルフ特有の技術ですらも消失させた。先祖という物は常に新しい何かを作り、それを安定化させるのが同族全体の役割であると言うのにも関わらず、それを無能な子孫達が無駄にしたんだからな。」
「ッ、……!!」
コンコンコンッ。
『お楽しみの所大変失礼致します、お嬢様。定刻となりましたのでお菓子をお持ちしました。』
「シルアか。あぁ、入ってくれ。」
「失礼します。……成程、お楽しみ中でしたのね。」
「あぁ。それと……ルイス、居るんだろう。報告があるならしてくれて構わない。」
『お心遣いいただき、誠にありがとうございます。』
本当、こういう時は特にお前達悪魔の特性が羨ましくて仕方なくなる。
悪魔と言うのは願いを叶える生き物として広く知られており、大体の巷説ではどんな願いも代償と引き換えに叶えるだとか。猫が駄目だとか、聖遺物が駄目だとか色々尾ひれが付いている訳だが本物の悪魔はそんなに生温い物ではない。
まず、悪魔という生き物は非常に高尚な生き物で、かつ残酷な生き物だ。
自分達が気に入らなければ契約など結ぶ事などなく、殆どの悪魔が彼らの世界で何らかの貴族である事が殆ど。それぞれ自分達の領地や城、下僕、何なら玩具を有しており、当然ながら悪魔によって得意分野も異なる。
その為、もし仮に召喚者が呼び出した悪魔の得意分野を理解せずして願いを乞い、それがお眼鏡に適っていなければ。……彼らは間に合わせの道具として呼び出された事に激しく憤り、気の向くままに召喚者や召喚場所周辺を蹂躙し、自らの軍勢とする。
と言うのも、悪魔は自らが殺した魂に限り自分達の領地へ連れていく事が出来るらしい。なのでまぁ悪魔によって、直接攻撃を受けて死んだ魂は永久にその悪魔の“物”となり、永久に領地内を彷徨って。主人である悪魔が望めば軍勢の1人として……否、1つとして己が意に一切の関係も持たずして、喜んで主人の為に死に、戦い、殺す奴隷となる。
あくまで死んだ魂を回収するだけの死神とは違い、こいつらは自分達の物にするには殺さなければならんのだから色々と面倒だろうけどな。
その為、悪魔と死神の相性は結構悪い。まぁでも考えてみれば簡単な話だ、悪魔と死神は複数居るが魂は1人に1つしかないのだから奪い合いにはなるのも必然だ。
ぬっ、と壁から滲み出すようにして姿を現したルイスの手には数枚の書類。ここの所は楽しい事が続いている日々ではあるが、果たしてその中身は私を楽しめるに値するのか。否か。
「お楽しみの所大変失礼致します、主。エルフの里の位置の再確認がてら、少し周辺地理を調べてまいりました。……どうやらかなり時代が進んでいるようです。」
「まぁ半世紀も放置していればそうなるだろうな。エルフの里はどうだった?」
「想像していたよりは広いですね。年齢も非常に若く、母体から分離した物として認識するのが宜しいかと。」
「……なら。」
「はい、彼らの装備や様子から察するにそう遠くない位置に彼らの国や都市があると見て間違いないかと。」
「っ、女王様には手を出すな!」
女王様、なぁ。
「ルイス。」
「はい、主。」
「準備だけはしておくように。」
「畏まりました。」
「きさ」
「シルア、喰って良し。」
「宜しいのですか?」
「今の所は大した情報がなくてな。もう飽きた、処分しろ。」
「畏まりました。」
綺麗な物には棘があるとはよく言うが、生憎と私がこれまで歩んできた生涯に感じた事。得た価値観で話すのであれば、綺麗な物には殺意がある。
現に、まだ人型を保っていたその形状が太く、長く、そして何より部屋の明かりにですらも反射して白銀に輝く鱗でびっしりと覆われて。嘲笑うように嗤う隻眼の大蛇となって頭から喧しいエルフに喰らいつく。
流石に包帯状の触腕ごと喰らわれるのは何か嫌な為、喰らい着く直前に解放した事によって頭と胴は喰らい付かれど、両腕両足の自由は許されているエルフはバタバタと暴れる。
効果などある訳もないのに殴ったり、蹴ったり。愚かにも私に魔力を吸われていた事にも気付いていなかったのか、魔法陣を生成出来てもそれ以上の事が出来る魔力はないので瞬時に霧散。あのまま大人しく喰われてしまえば良いとは思う物の、生憎とシルアの性格はそう良くはない。
そもそも、凑白零蛇という種族に性格が良い者など居ない。いや、居るには居るのだろうがそういう奴程長生きはしない。
弄ぶようにそれを咥えたまま、舌で首でも絞めているのか必死に爪を立てているがあれももう終わるだろう。最初の内に諦めていれば楽に死ねたというのに、これだから下等生物は。
「まぁ、こういうのが見ていて楽しいんだがな。」
「神の使いである白蛇が闇落ち……と言いますか、天使で言う所の堕天した結果に転換するのが零蛇。それが自然発生としての知的生命体としての個を得て、その後独自の進化を果たした物が彼女のような凑白零蛇ですからね。あながち、神の使徒と言うのも誤りではないのでは。」
「正確に言うなら神の使徒のなれの果て、か。」
「同意致します、主。では今回捕らえたあの堕天使にも独自の発展をしてもらいますかな?」
「……成程。確かに、新たな種族の作成と教育は経験がなかったな。今期はそれを行うのも面白いかもしれん。」
「あぁしかし、私としては少し反対です。」
えっ。
「……お前が提案したはずだが?」
「もし仮にそれが完遂されてしまった場合、主はその新たな種族の創造主となります。言わば、神になられる訳です。」
「ま、まぁ……そう、だな? うん、そうなると思うが。その何が問題だ?」
「……主が、私とシルアだけの主でなくなります。」
あー……。
すっかり忘れていたが、彼らは多少独占欲が強い所がある。今でさえ、ルイスとシルアは仲が良いように見えてどっちが一番の下僕かなんてくだらない理由で争い合っては最終的に決着が付かず、どれだけ頭に血が昇っていても目に入るらしい時計通りに仕事をこなす。
ここまで来ると最早、ただの暇潰しや週間程度の喧嘩……というよりは戯れなんじゃないかと突っ込んでしまいたい物なのだが、本人達としてはれっきとした喧嘩なんだそう。何ともまぁ冷静な喧嘩もあったものだ。
しかも、服が汚れるやら森が傷付くやらで殴り合いではなく睨み合い、口論、自分達の手柄を比べあうだけという何とも可愛い喧嘩ばかり。ここまで来ると、仲が悪いように見せる為の演技なんじゃないかといった目線ですらも浮上してくる。
まぁ面白いから放置してる私も私なんだろうが。
「問題ない、仮にそうなったとしても年数には勝らない。」
「と言いますと。」
「この先幾ら下僕が増えようが、私が神になろうがお前達以上に付き合いの長い連中は居ないという事だ。良かったな、私の右腕と左腕は永久に埋まったぞ。」
「……! 仰られる通りにございます、主。」
単純と言えば単純なんだろうが、狂気と言えば狂気なんだろうな。
無論、これに関しては直す気もなければ直させる気もない。まぁこれで実害が出た暁には何らかの処罰を下すだろうが、それまでは個人の自由として。こやつの個性として容認していればそれで良い。変に干渉して曲がられても困る。
「そういえば。ルイス。」
「はい、主。」
「エルフの稀少価値が落ちたという話を聞いたんだが。真偽は?」
「事実です、主。……とはいえ、男性に限りますが。」
「ほう。やはり見た目が良いのか? こんな、人間からすれば平均年齢数百歳の皺袋が良いのか。」
「ですが主、エルフ内で数百年とはまだ未成年ですが。」
「人間は自分達の歴史や価値観への理解は求める癖に、他の種族の歴史や価値観については理解しようとしないからな。事実、あの矛盾だらけの毛の抜けた猿共は同族ですら性別、人種、血統で差別をする。我ら非人間族とは異なり、見た目で物事を判断して花崗岩を割ろうともしない。」
「中に宝石が埋め込まれている可能性があるかもしれないというのに、その可能性を自らどぶに捨てている。」
「そうだ。結果、彼らが捨てた物を我々非人間族が手にしては玩具にし、凄惨な死を遂げて怨嗟を叫びながらその魂ですらもお前みたいな奴に喰われる訳だ。」
「特に憎しみや絶望の強い魂はとても甘美な物です、主も機会がございましたら如何ですか?」
「あんな腹に溜まらん餌に興味はない。」
「左様ですか。まぁ種族によって食の好みは大きく異なります故、ご興味があれば。」
「興味が湧けば、な。」
生憎、その予定はない。そもそもとして私は魂を喰えるようにも、消化出来るようにも出来ていないのでそんな機会は一生来ないだろう。
そうこうしている間に食事を終えたシルアはいつの間にやら完全に食事を終えたようで、また見慣れた人型へと戻っている。エルフもそうだが、シルアの種族である凑白零蛇もさぞ人間や他種族をその美貌で誘っては残酷無慈悲にばきばきボリボリと骨を、肉を、臓腑を喰らい、血を啜ってきた事だろう。
そもそも私がこやつと会った時も、私が敗北すればこいつの腹に。こいつが敗北すればこいつ全ての生殺与奪権を私に譲渡する事で殺し合った。……まぁ、その戦いの最中で気が変わり、此方に鞍替えした訳だが。
これから忙しくなる、こう懐かしむ機会も減るのだろうな。
「お嬢様……?」
「如何されましたか、主。何か気になる事でもございましたでしょうか。」
「いいや、何も。それよりシルア、こっちの2匹は熟成させてから食べるとしよう。幸いもう自我はない、ただの獣に成り下がった元エルフだ。好きなように絶望させ、好きなように拷問し、好きなように狂わせてやれ。」
「畏まりました。では、そのように。」