第8話 この森で生きていきたいのであれば
「……あれ、あいつ帰ってこないな。」
「迷ったのかもしれないね……。行っておいで。僕達、一応少しなら魔法も使える。」
「ええ。少しくらいなら大丈夫。」
「……ああ、気を付けて。」
あーあ、馬鹿な奴。
普通は1人減ったのだから仮に足手纏いだとしても共に行動するだろう。なのにこいつらは学者である彼らを逃がす訳でもなく、少しばかり離れていても異変を容易に察知出来るようにする訳でもなく、また1人戦力担当が私の手の中に落ちるだけ。
これではまるで、餌やりと変わらない。
まぁとはいえ来てくれるのであればこれはラッキーだ。自ら胃袋に入りたがってくれているのだから、是非ともこのまま入ってもらおう。
また先程の馬鹿な護衛と同じく少しばかり離れた所で同じように拘束し、されど今度はなかなか影の中に引き摺り込まないままにその首元に噛みついてみる。
エルフと言う種族は基本的に華奢だ。人間で言う肥満体質という状態になっても見た目にそこまでの変化はなく、されど目に見えて魔力のコントロールが利かなくなったり、運動神経に支障が出たりする。
ただその代わり、エルフは魔法を行使するのにそういったエネルギーをも消費する為、体重はある方が良いのだ。彼ら的には。
前に1度、手頃なエルフを捕まえて2、3日食事をさせなかった状態で無理矢理魔法の行使を命じた事があったが……あの時の研究データはなかなか面白かったな。
無茶な魔法を行使する為に彼方此方から出血し、だというのにまだ続けていれば今度は骨折、脱臼。最終的には臓器が破裂し、そのまま死に至った。
それはそうと、流石にこの距離でこいつに声を出されても困る。
その為、今度は私がその肌に触れている間は声を出せないようにしているが、勇ましい事にこれだけ縛っていてもまだ余力があるらしい。何とか手に持った槍のような物を構えようとしているのでその手首を直接掴んでやり、こいつの背後にある樹に抑えつけるようにして血を吸い続ける。
しかし、今度はやり過ぎたらしい。貧血のあまり気を失い、力なくぐったりと体は樹にもたれて沈んでいく。……まぁ、そのまま私の影に呑まれて視認出来なくなるのだが。
危ない、もう少しで殺してしまう所だったな。……流石に殺してしまうと得られる知識が減る。
「ひっ、……。」
「……其方から来てくれるとは思わなかったが、まぁ好都合だ。」
このエルフは襲われる事は勿論の事、こうして集落か何かの外で危険な目に遭う事も数少ないんだろう。
その証拠と言わんばかりに、情けなくも地面に座り込み、はらはらと涙を流しているエルフ。傍に居たはずの生き残り、もう1匹の男の学者エルフはおらず、こいつ1匹らしい。
何とも、弱い者虐めをしている気分だな。これは。まぁ私の縄張りに対し、土足で足を踏み入れた挙句、住居まで構えたお前達が悪い訳だが。
ぱちん、と指を弾けば私と彼女を包み込めるだけの大きな影の結界が出来上がる。これでもう逃げられない訳だが、それではまだ足りない。
無様にも座り込んだそのエルフの両足を、地面を突き破り、後がくっきりと残ってもまだ足りないぐらいに力強く。骨を折らんばかりに幾本もの骨の手に捕らえさせ、体を支えるようにそっとその背中にも骨の手を添えさせて。されど立ち上がらせる気はないのでしっかりと重力を掛けるようにその両肩を掴んでやる。
学者ではありながらも頭が悪いらしいこのエルフは何度も涙を流しながらもナイフの柄頭で骨を殴っているが、当然ながらその程度では壊れない。
しかし、魔法を唱えようにもそれらを介して常に私が魔力を吸いあげている上、骨を介してこのエルフの体内に存在する魔法回路。つまり、魔力が流れる血管のような物を私が掌握してしまっている関係からその必死さが実を結ぶ事はない。
「ば……化け、物。化け物……!!」
「幾ら叫んだ所で一緒さ、愚かなエルフ。私はこの森の主、カルストゥーラ=ルエンティク。蛇九尾さ。昔は魔王だ魔女だと囁かれ、いつしか人間 “は” この森に立ち寄らなくなってしまってとても腹が減っているんだ。」
―――そう、腹が減っている。
「あの2人はとても可愛いなぁ? 女の方は未だ抵抗を続けながら私が大好物の苦痛に歪む顔をしてくれているし男の方は静かに眠ってくれている。苦痛に歪む顔も、寝顔も、何方も大好きだ。さて……愚かなエルフ。」
大きく目を開き、そのまま零れ落ちんばかりのその目を刳り貫いてしまいたい。恐怖に怯え、震えているその体を抱きしめてそのまま背骨を、脊髄を圧し折ってしまいたい。
……そんな欲求を抑える事が、どれだけ難しい事か。
「教えておくれよ、愚かなエルフ。君のお仲間は何人居るんだい? ハイエルフは? どれくらいの知識を蓄えている? 私は能力や知識、力、そして血を主食としている。私の可愛い右腕は魂が大好きな大悪魔。私の可愛い左腕は肉体その物を主食としている。」
お前達はもう、逃げられない。
「1つ、私と遊ぼうか。」
「あ、遊び……?」
「そう、遊び。」
元々立ち上がる事など出来やしないが、更に威圧するように立ったままその胴を跨ぎ。顎を掴んで目を合わせれば、さっきよりもずっと引き攣った声が何とも可愛らしい。
「私は君達がこの森に居る間、他種族から護ってあげよう。飢餓からも守ってあげよう。この森は私の意志に従う。この森は私の一部。恩恵として、恩寵としてこの森に生える草木や果実、木の実も与えてあげよう。凍えぬ日々を。飢えぬ日々を。恐れぬ日々を。君達はただただ研究をして、生きて、子供を増やしてくれれば良い。」
それだけで、私達はお前達が滅びるその時まで、心の渇きを癒せる。無論、腹の渇きでさえも。
「な……何が、何がお望みなの。」
「流石は学者、話が早い。」
その割にリスク管理は点で駄目だがな。
敢えて顎先から下顎を撫で、首を通って鎖骨の辺りで指を止める。
「毎日、私に供物を捧げなさい。知識か、お前達の仲間か。あぁ、血でも良い。お前達の集落の中心地の地下に、座敷牢を用意して、そこに白い着物で身を包んだお前達の仲間か、白い布で包んだ知識、又は血の入った試験管。それ等を毎日夜の12時から次の日の朝2時までの2時間、閉じ込めなさい。出来なければ適当にお前達の仲間を1人と知識を奪っていこう。」
首には首輪のような刺青を。胸元にはじわりとその身を侵食し、発信機代わりとなる入れ墨を刻む。
「先に捕らえたエルフ2人も合わせて3人も消えたのにも関わらず、まだ研究を続けるそこの愚かなエルフは貰っていく。死にたくなければ供物を捧げよ。何処へ逃げても、必ずその命を貰いに行くぞ。」
全滅か、それとも服従か。好きな方を選んでくれて構わない。