第6話 これだから無知共は
「……お嬢様はわたくしよりもそのような小さな子供の方がお好きなのですか?」
「馬鹿を言え、私は喧しいのは嫌いだ。そして頭が悪いのはもっと嫌いだ。子供など面倒極まりない。それに、今私はただ捕食の一環をしているだけでそもそもとして性欲などと言う汚らわしい獣の証明たる物は存在せん。」
「…………わたくしですら、お嬢様に膝枕をしていただいた事がないと言うのに……!」
一応幾つかの理由はあるが、その中でも最たる物はこの小娘の魔力の多さだ。あまりにも甘く、あまりにも濃いその魔力がどうにも味見せずに置いておくのが難しく、我慢しきれずにシルアの言う通り膝枕をし。頬から顎に掛けてを覆い尽くすように手を添えて魔力を吸い。人差し指だけ掌に添えるような形で左手首を掴んで血を堪能する。
種族上は蛇九尾と呼ばれる物に該当する私だが、過去に吸血鬼を喰ってその能力を得た事があるのでこのまま血を吸う事も可能だ。
その関係もあって更にこの小娘が目覚める頃合いが変わってしまう訳だが、そんな事は知った事ではない。もしそうなるのであれば此方もこの小娘の弄び方を変えるだけの話だ。
子孫を残す事よりも常に君臨する術を画策している方が楽しいんだ、私は。子孫を残さねば歴史を、文明を、技術を維持出来ぬ脆弱な生き物共と同列視しないでくれ。
「……むぅ。ではとりあえず報告の続きをしますね、お嬢様。」
「あぁ。他にもあるのか?」
「はい。実はその集落なのですが調べてみた所、ハイエルフが居る事も確認出来まして。」
危うく、吸収量を間違えて殺す所だった。
ハイエルフ、と言えばエルフの中でも神聖な生き物として扱われ、それこそエルフ達の始祖とも。そして何より、エルフ達が崇拝している神の真なる眷族としても知られているような、言わば祭事のような物。
それ故か、それとも我々のような支配者や頭の足りぬ人間共に狩られている影響なのか。
原因を断定するのは難しくとも、それでも個体数が非常に少ない事で有名なのもハイエルフだ。魔力も豊富であり、何より扱える魔法が特殊過ぎる。
強さもそれなりにある関係から支配階級にあるどの生物もまともに研究が行えておらず、仮に出来たとしても死体から得られる情報のみ。……全て、ハイエルフと言う生き物が誰かに支配されるぐらいならと自らの命を絶つ習性があるから。
しかも奴らはエルフとは違い、神の寵愛も受けている関係から幾ら私でも記憶を全て吸い上げるのは難しい。以前、それを企んで死体になったはずのハイエルフですらも護る寵愛によるしっぺ返しで指を数本生やし直す事にもなった。
あの時は蛇九尾で良かったと思ったな。他の生き物とは違い、たかが指数本程度なら切り落としてもまた生えてくる。
とはいえ、ハイエルフは元々個体数が少ない事もあって北の大陸から移動する事が殆どない。その白い肌を利用し、上手く自然に溶け込む為に雪が多く、空気が澄んでいる北の大陸以上に彼らの身を護ってくれる土地がないからだ。
なのにわざわざ此方に来たという事は北の大陸を支配している何者かが狂乱したか、はたまた何かに襲われて住処を追われたかの何方かが自然だ。
その結果、私の支配下に落ちる事になったが。
支配者というのは文字通り、その地を支配する者。そんな存在が世界の端から端まで何かに引っ掻き回され、何かに支配され、管理され、所有されている現在で「森の中なら誰も持ってない」と考えている辺り、この森に勝手にやってきて、勝手に里を切り開いているあれらは相当の世間知らずだろう。
ただ、だからと言ってまだまだ確認しなければらない事が多い。例え、彼らが条件を満たしているとしても。
「数はどれくらいだ?」
「おおよそ、4匹程かと。」
「集落の全体数としてはどれくらいだ?」
「60程です、お嬢様。」
「随分と偏っているな……。やはり逃げてきた部類か?」
「いえ、エルフがハイエルフを処刑したようです。」
「何?」
ハイエルフはエルフにとって、エルフの神々の使徒。その加護を受けているハイエルフをエルフが殺す事など滅多にない。
しかし、滅多にないだけで絶対ではないのだ。
例えば、
「欠陥品だったか。」「欠陥品のようで。」
「……やっぱりその路線か。」
「はい。どうやら知識はあれども魔法が使えないハイエルフが居たようで、本来であれば10匹に1匹は生まれるはずのハイエルフを3匹程処刑。残りの4匹も何とか処刑を免れんと頑張っているようですが……まぁ、あの様子では長く保たないでしょう。」
「となるとワーラドや魔女の花で誘って洗脳し、それこそ隷属してしまうのもありか。ハイエルフベースの眷族ともなればそれなりに良い下僕が作れる。」
魔女の花は、見た目はただの薔薇だがその棘には猛毒があり、一時的に意識を奪い取る事も出来る私の魔法。効果範囲はこの森全て。意識を奪い取られた者は術者である私の傍に来るまで正気には戻れず、更には仲間の元や森の外にも行けない為、結果的に此方へ誘われる。
何かのタイミングでハイエルフの位置を特定する事さえ出来れば此方に誘う事は勿論の事、何なら目の前に居るシルアやルイスを使って集落から彼らを脱走させ、ほんの一瞬でも監視が緩んだ隙に絡め取ってやれば後はもう待っているだけで良い。
ワーラドはベールで出来た人型の妖精で、私が造り出した物だ。あれらはウンディーネと同じく、唄や声で対象の心を奪う事が出来る。元々歌を歌うように魔法を唱えるハイエルフだ、もしかすると此方であれば勝手に向こうが誤認して自ら集落を抜け出してきてくれる可能性も捨てきれない。
最初はワーラドを利用して誘き出し、後に魔女の花で従わせてしまうのも良いか。その方が利益はありそうだな。
「……シルア。」
「はい、お嬢様。」
「エルフという事は狩りをしているな?」
「仰る通りです、お嬢様。今は……はい、そうですね。今回は4匹、丁度この屋敷を正面玄関から出て東に数十mの距離かと。戦闘に長けた男が2匹、頭の賢い男と女が1匹確認出来ます。……お嬢様も狩りに行かれますか?」
「あぁ、そうしよう。……但し、私が居ないからと言ってこの堕天使の小娘に危害を加える事は許さん。良いな?」
「…………はぁい……。」