第4話 今から楽しみで仕方ない
「わざわざご足労くださいまして誠にありがとうございます、お嬢様。」
「気にするな。……して、例の堕天使は?」
「此方に。」
……あぁ、なんって想像以上なんだ。
大方、元はそれなりに地位の高い天使だったのだろう。天使が自らの力を分かり易く示す物である翼の多さ自体は全くだが、それでもルックスが良く、多少の怪我があれども損傷が少ない上に健康状態が良いと言う事はそれだけ力を持っている、と言う事だ。
しかも、極め付きはこの魔力。意識がない影響で自然と垂れ流してしまっているのだろうが、それにしてもこの甘ったるい匂いは何とも言えない。
本来、魔力の匂いというのはその魔力保有量によって大きく変わる。魔力が多ければ多い程に身を熟した果実のように甘く芳醇な香りがし、少なければ少ない程に無臭へと近付く。それに追記し、全体的な魔力量の多さによってその姿にも幾許かの影響を及ぼす為、ルックスが良い=限界魔力保有量が多いと言う事に他ならない。
吸血鬼ではないが、血の匂いで獲物の価値を理解するという生物はそう少なくない。……はしたないが、久々の御馳走で腹が鳴ってしまいそうな勢いだ。
「……。」
「味見でもなさいますか? 必要とあらば、麻酔や睡眠薬のご準備も致します。」
「いや、良い。食事は味見よりも完成した物の方が腹は膨れるし、ここで食べてしまっては歯止めが利かん。」
「ふふ、それもそうですわね。……あぁでも残念です。わたくし、お嬢様が味見をなさるのであれば指の1本でも切り落として骨まで味合おうかと思っておりましたのに。」
「……散々幸福に満たした後、あっさり殺してしまうのではなく地下牢にでも引き摺り込んで、指を1本ずつ引き千切るのは楽しそうだがな。終わったら記憶を消して再度この部屋に戻し、また同じルーティーンに戻すのも良いが……さて、どうした物か。」
「……? 何が問題なのです?」
「堕天使と言う物は非常に繊細でな。少しでもストレスを受けると翼の色が変わったり、その色艶が損なわれる。仮にそうするとしてもやり直す際には仮死状態にせねば気付くやもしれんし……。しかし、弱肉強食の世で何1つ有効活用せんと言うのも自然の摂理に反する上、命に失礼だ。」
恐らく、堕天使のストレスと言う物は翼だけではなく髪にも影響をもたらすのだろう。元は根元から毛先まで綺麗な白銀であったであろうその長髪は、根本から侵食するように段々と黒く染まっており、そのグラデーションチックな髪は非常に柔らかい。
とはいえ、私が悪意を以てその身に触れている関係もあるのだろう。私が少し持ち上げただけの一房の侵食ならぬ染色は更に早まり、その一部分に限り手元まで一気に白銀から漆黒へと染まる。
……成程。堕天使とはいえ、まだ天使かこいつ。今現在天使から堕天使に転換しています、と言った感じだな。
「……。」
「お嬢様……?」
「あぁ何、流石は謎多き種族、堕天使だなと思ってな。知らない事が何かと多い。」
「では洗脳して自分の体について、何もかも喋らせては如何ですか?……あぁでも、お嬢様はそのような面倒事をなさらずとも記憶や情報を魂から抜き取る事が出来ましたわね。」
「あぁ。」
……ぁあ、お前がどんな最期を魅せてくれるのか、今から楽しみで仕方ない。