後編 「装身具と共に受け継がれた思い」
琥珀様の画像「起雲閣(熱海)」(https://35951.mitemin.net/i604661/)を、イメージイラストとして使用させて頂きました。
琥珀様、画像「起雲閣(熱海)」の使用を御快諾頂きありがとうございます。
我が小野寺家の和室は、付け書院と違い棚を備えた書院造り。
八畳ばかりの和室では御座いますが、炉を切っておりますので御茶を点てる事も出来ましてよ。
御茶は勿論、御花に御琴、そして忘れてならない着付けの練習。
竜太郎さんと御縁を頂いてからというもの、この和室を使う機会が本当に増えましたわ。
−あと三ヶ月もすれば、私は晴れて生駒家に御輿入れ。そうなれば、この和室に来る機会も減ってしまうのですね…
その事に思い至ってしまうと、今こうして端座している和室の佇まいが、無性に懐かしくて愛おしいように感じられたのですわ。
「小さい頃は、正座をするとすぐに痺れてしまいましたわね…こうして膝の辺りを労ろうとして擦ると、自然と指先で畳を撫でる形になってしまって…」
気付けば私は、自分が座っている辺りの畳を軽く撫でていましたの。
そんな物思いに耽っていた私の意識を現実に引き戻して下さったのは、蒔絵入りの黒い小箱を手にした母の声でしたわ。
「御待たせ致しましたね、真弓さん。あら、いかがなさいましたの?畳なんか撫でたりして?」
「ホホホ…御気に為さらないで下さいませ、御母様。我が小野寺家の畳の感触を、指先で覚えておこうと思いまして。」
苦し紛れとはいえ、我ながら何と無理のある言い訳なのでしょう。
何事もなかったように聞き流して下さった母には、本当に感謝しておりますわ。
「御誕生日おめでとう御座います、真弓さん。これは小野寺家から真弓さんへ御贈りする、バースデープレゼントで御座いましてよ。」
そうして母の手で開けられた漆塗りの小箱には、数点の装身具が入っておりましたの。
「まあ、これは!」
帯留めに簪、それに組紐の根付。
和服と調和する三点の装身具は、確かに和室での受け渡しが相応しいですわね。
「御気に召して頂けまして、真弓さん?」
「ええ!勿論で御座いますわ、御母様!帯留めも簪も、私好みの拵えで…」
小振りの緑玉髄を複数連ねた簪に、大粒の藍玉を中央にあしらった帯留め。
いずれも優劣をつけ難い上品な拵えですわ。
そして何より、どちらも私の生まれた三月二十七日の誕生石ですもの。
組紐の根付も私の誕生色であるオパールグリーンですし、何から何まで徹底しておりますわね。
然しながら、母から誕生祝いとして頂いた自分好みの装身具に、私は言い知れぬ違和感を抱いてしまいましたの。
つい今しがたに頂いたばかりなのに、妙な程に手に馴染む。
そのような事って、起こり得る物なのでしょうか?
「あらあら…真弓さんったら、どうかなさいましたの?もしかすると、既視感にでも襲われていらっしゃるのかしら?」
からかうような母の笑い声で、ようやく私は違和感の正体に気付きましたの。
「そっ…そうですわ、御母様!この簪も帯留めも、何処となく見覚えが御座いますの。しかし、果たして何処で…」
「こちらでは御座いません事、真弓さん?」
私の動揺を待ち構えてでもいたかのようですわね。
皆まで言わせず、母は一枚の写真を突き出したのですわ。
「これは、道修町の神農さん…」
母の示した古写真は、私の初宮参りの記念写真でしたの。
銅板葺で切妻造の趣ある御本殿は、少名彦神社の御本殿と一目で分かりましたわ。
「御本殿も良う御座いますが、私と御父様の胸元へ御注目下さいませ。」
「胸元…?あっ!」
不躾な大声との誹りは、甘んじて受け入れましょう。
若き日の両親の肖像を再確認した時に気付いた事実は、それ程に衝撃的だったのですから。
当時は新妻だった母の胸元で輝くブローチの藍玉と、初々しい青年だった父のタイピンを飾る緑玉髄。
その二つは、つい今しがたに現物を見ているのです。
帯留めと簪に形を変えて。
「真弓さんが御生まれになった日の事は、今でもありありと思い出せますよ。それはそれは、喜ばしい限りでした。」
懐かしそうに語る母の笑顔は、写真と全く同じ物でしたわ。
「その喜びが色褪せないようにと、御父様は産婦人科から御帰りになったその足で、馴染みの宝石店でアクセサリーを誂えたのです。私達夫婦二人分のアクセサリーを…」
そのアクセサリーというのが、藍玉のブローチと緑玉髄のタイピンという事なのですね。
「真弓さんが素敵な殿方と結ばれた年の御誕生日に、このアクセサリーを差し上げる予定でした…然しながら、真弓さんが和装をお好みになるとは想定外。そこで急遽、ブローチを帯留めに手直ししたのです。」
裏を返せば、父のタイピンを別の装身具に作り直す事は予定通りだったのですね。
私が洋装を愛好していたなら、件のタイピンはペンダントトップ辺りに作り変えていたのかも知れません。
「それでは、こちらの根付も…」
「その江戸組紐の根付は、基行さんからのプレゼント。『父さんや母さんのプレゼントと比べたら見劣りするかも知れないけど、もうすぐ結婚する妹に、僕も何かしてあげたいから…』って、自分の分と真弓さんの分の二つを誂えて頂いたそうよ。」
「まあ…御兄様からの?!」
そう言えば、帝都での出張を終えて帰郷した兄も、これと同じ組紐をストラップとして携帯電話に付けておりましたわ。
「そうでしたの…御父様と御母様から受け継いだ簪と帯留めに、御兄様と御揃いの組紐。これら三点の装身具を身に付けていれば、私は小野寺家と共に在り続けられるという事なのですね。」
たとえ結婚して他家へ御輿入れしたとしても、親子や兄妹は絆の糸で結ばれている。
その事を私は、改めて実感したのですわ。
そして勿論、新しい家族だって…
生駒家へ輿入れした私は、どのような家庭を竜太郎さんと共に築くのでしょう。
今はまだ真っ更な状態ですが、父母や兄から受けた温かい恩愛を、私も新しい家族へ注いでゆきたい所存ですわ。