前編 「小野寺真弓、娘時代最後の誕生日」
※ 1枚目の画像を生成する際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
※ 2枚目の挿絵の画像を作成する際には、ももいろね様の「もっとももいろね式女美少女メーカー」を使用させて頂きました。
大学の頃からの友人達に御誕生日を御祝いして頂いた私は、船場の実家へと向かう自家用車へ意気揚々と乗り込みましたの。
花束や万年筆、それに旅行や女子会等の折に撮影した写真を収録したフォトDVDなど。
そうした例年の御誕生日に比べると格段に豪奢なプレゼントを幾つも頂き、笑顔で手を振りながら自家用車へ乗り込む時の晴れがましさは、まるで定年退官を迎えた大学教授か、引退セレモニーから引き上げるスポーツ選手のような心持ちでしたわ。
何せ今年の御誕生日は、私にとって独身時代最後の御誕生日ですもの。
今年の六月に入籍を果たせば、私は正式に「生駒家御曹司の妻」となるのですから、この元化六年三月二七日は、私が「小野寺家の長女」として迎える最後の御誕生日という事になりますわね。
嵩張るプレゼント類を御抱え運転手に御任せした私は、小振りの花束を抱えて玄関に足を運んだのですわ。
こうして花束を胸元に抱えておりますと、ウェディングブーケのようですわね。
私共の挙式は住吉大社を御借りした神前式を予定しておりますので、ブーケトスの行程は御座いませんの。
然しながら、こうして意識している以上は、無意識下で関心を抱いている事になるのでしょうか。
「御帰りなさいませ、真弓御嬢様!」
「御帰りなさい、真弓さん。御誕生日会はいかがでしたの?」
使用人達と一緒に出迎えて下さった家族は母だけでしたの。
まあ、それも致し方無い事ですわね。
小野寺教育出版の代表取締役社長としての父の多忙は、私も重々心得ておりますわ。
年子の兄にしても、行く行くは父の跡継ぎとして家業を切り盛りする定め。
同じ小野寺教育出版の社員とは申しても、気楽な腰掛けOLの私とは大違いですわ。
そうは申しても、贅沢は禁物。
たとえ母だけであったとしても、私が小野寺真弓として迎える最後の誕生日を御祝いして下さる事を喜ばなくてはなりませんね。
「楽しゅう御座いましてよ、御母様。普段の女子会と同じメンバーでは御座いましたが、実に良くして頂きましたわ。」
使用人のねえやに花束を手渡し、襟元を覆っていた白いショールを外しながら、私は母の問い掛けに応じましたの。
春の御彼岸も過ぎたというのに、この日は随分と肌寒い気候でしたわ。
「それはよう御座いましたね、真弓さん。然しながら…真弓さんの御召し物には、御友達の皆様も随分と驚かれた事でしょうね?」
居間に足を踏み入れた私を見つめる母の目は、物珍しさと感心の入り混じった色をしておりましたの。
「今の御母様と同じような御様子でしたわ。交野さんに至っては『真弓さん、まるで成人式みたいね。』と仰る始末で…まあ、それも無理も御座いませんわね。」
この日の私の外出着は、季節の花をあしらった桜色の振り袖。
御髪のセットも御着物に合わせて、被せをアレンジしたアップスタイルとさせて頂きましたわ。
この和装が同世代の方々に物珍しく感じられてしまうのは、私としても重々承知の上。
然しながら、普段着としての和装を続ける譲れない理由が、私には御座いましたの。
「生駒様の御子息との御見合いデートの日からでしたね、真弓さんが和服を日常的に御召しになるようになったのは。あれから早くも数ヶ月…真弓さんの和装も、今ではすっかり板に付きましたね。」
母が話題に挙げた「生駒様の御子息」こそ、私の未来の伴侶となる生駒竜太郎さんなのですわ。
竜太郎さんの御実家は、格式高い華族の家柄。
そこへ輿入れする以上、相応の礼儀作法や立ち振る舞いを求められるのは当然ですの。
然しながら、それ以上に大切な理由が、私には御座いましたの…
「そう仰って頂けて幸いですわ、御母様。それもこれも、全ては竜太郎さん好みの和服美人になる為ですもの!」
御見合いの席で付け下げ姿の私を見初めて下さり、御見合いデートとして京都を訪れる際にも、「和装でいらして欲しい」と仰られた竜太郎さん。
そんな竜太郎さんに御喜び頂けるよう、一日も早く和服の着こなしを会得したい所存ですわ。
「あらあら、真弓さんったら…竜太郎さんにすっかり首ったけで御座いますのね。」
「もう…からかわないで下さいまし、御母様!」
祝言前の娘に取って、己が惚気話を冷やかされる時程に、心苦しい事は御座いません。
袖口で口元を押さえながらカラカラと笑う母に、流石の私も強目の口調で抗議させて頂いたのですわ。
とはいえ、流石は御母様。
娘である私をいなす事など朝飯前でしたの。
「然しながら、懸想人の為に自己研鑽に励まれるのは良い心掛け。母として誇らしい限りですよ、真弓さん。」
「え、ええ…そう仰られますと…」
まあ、悪い気は致しませんわね。
すっかり毒気を抜かれた私は、モゴモゴと口籠るばかりでしたの。
「そんな殊勝な真弓さんに、細やかながら贈り物が御座いましてよ。和室で差し上げますわ。」
そうしてモゴモゴと口籠る私を尻目に柔和な笑みを浮かべると、母は静々と廊下の奥へ消えてゆくのでした。