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三 帰ってからが 二

 黙ってうなずき、ブースで机を挟んで座った。クロールは小さな巻物を出した。


 最初にクロールが示した金額と私達が受け取った報酬を差し引きして、不足分を改めて彼が支払う。金額にも但し書きにも問題ない。


 私は筆記用具を出して複写綴り式の請求書と領収証を作り、クロールに請求書を渡した。彼から正確な金額を受け取った私は、領収証にサインした。


 相手用の領収証を綴りからちぎろうとした時、これもまた生まれて初めてだと気づいてほんの少し手が止まった。


「こんなところにいたんザマスか!」


 背後から突然声をかけられ、本格的に手が止まった。


 振り向くと、この上なく魔法使い然とした格好の魔法使いがたっている。五十絡みの女性で、肩幅が広く金銀刺繍の派手な仕立てのローブを身につけていた。柄頭に虎の口を模したけばけばしい杖を右手に持っていて、左腕にはワニ皮のハンドバッグを下げている。


「ママ……」

「ママ!?」


 思わず私は繰り返した。クロール……マザコンだったの……。


「なんですか、そのお下品な格好は!」


 柄頭の虎で、クロールのママは容赦なくほこりや染みや引っかき傷だらけになった彼の服を示した。


 ロビーにいた他の冒険者達は、見てみぬふりをしたり苦笑したりしている。ひそひそ語り合う人達もいた。


「こ、これはギルドの依頼を受けて……」

「そんなこと関係ありません! お屋敷に戻りますよ! カロール一族の次期主宰ともあろう者が、情けない!」

「クロールではないのですか?」


 首をうしろに曲げ続けるのにも飽きた。クロールを真っ直ぐ見ながら私は質した。


「クロール!? なんザマスかその変な名前は! まさか偽名で冒険者の真似事をしていたんじゃないザマスね!?」

「あー……これはペンネームのようなもので……」

「それに、ここは臭くてたまらないザマス! ろくな連中の溜まり場じゃないザマス! さっさと帰って着替えからなにから済ませるザマスよ!」


 ガタン、と音をたてて椅子を飛ばしながら立ち上がった。そして振り向きざまにクロールだかカロールだかのママの頬を思い切りひっぱたいた。


 元々、ギルドの中では特別な許可があるか、備品でもない限り魔法が使えないようになっている。ただの規則ではなく本当に使えない。もっとも、そうでなくとも同じようにした。


「な、なにをするザマスか!」


 腫れ上がった頬を左手でかばいながらクロールママは喚いた。


「初めまして。私はカレンと申します。冒険者です。そして、お宅様のご子息の師匠です」


 思い切り慇懃無礼に述べ、ご丁寧にも頭を下げてやった。


「師匠? 師匠って冒険ごっこの!? なんてお下品な! だいたいその格好、お金で殿方にお下劣サービスをするお店の人間なんじゃありません?」


 まあ、確かにそういうサービスで似た姿をするお店もあるらしい。私は無関係だけれど。個人的には、そんなお店そのものについて特になんとも思わない。一方で、馬鹿にする文脈で引き合いに出す人間は遠慮なく軽蔑する。


「れっきとした生存術です。ご子息は、魔法がないとなにもできないお坊ちゃんではなくなりました。あと、まだ師弟契約は解除されていませんので悪しからず」

「あらそうザマスか。じゃあ、要するにこういうことザマスね」


 クロールママは懐から蛇革巻の財布を出し、金貨をじゃらじゃら床に落とした。


「さ、拾うザマ……」


 バシィッ。二発目がクロールママに炸裂した。


「に、二度もぶったザマス! 魔法使い学校の教師にも殴られたことないのに!」

「それが甘ったれだというんです! あなた、ギルドの中で私とご子息の商談を邪魔してるって分かってますか? 衛兵を呼びますよ!」


 不穏な沈黙が辺りに満ちた。


「お小遣いならたくさん上げます! 早くその女から……」

「出ていけ」


 クロールからそんな台詞が口をついて出るのは予想していなかった。私でさえそうだから、ましてこのザマスおばさんは天地がぐちゃぐちゃになったような衝撃だろう。


「い、今今今、ななななんと……」

「出ていけと言ったんだ! クソババア!」


 ホールのあちこちでげらげら笑う声がした。散々自分達を虚仮にした人間が、とうの被保護者から罵倒されたんだから当たり前だろう。私は笑わなかったにしても。


「覚えてらっしゃい! お尻ペンペンでは済まさないザマス!」


 分かりやすい捨て台詞を残して、クロールの母は退場した。クロール自身は、母の背中を睨みながら肩を上下させている。


「ぼ……いや、私の母がつまらない迷惑をかけてすみません」


 少しして、彼は謝った。


「それは構いません。私もぶちましたし」

「はい、二度も」


 皮肉ではなく素でクロールが回数を明かしたので、思わず吹き出しかかった。


「とにかく、これからどうします? まさかすぐには帰宅できないでしょう」


 口をついて出た私の台詞は、自分自身で聞いていても旅に誘っているような気がした。


「はい、私としては……」


 突然、クロールの鼻から血が流れてきた。変な意味ではない。顔色が急に赤くなったり青くなったりして、そのまま机に突っ伏した。


 慌てたのは私の方だ。すぐに事務員に伝えて、ギルド付の司祭様にきてもらった。ちょっとお祈りをしてもらったら、クロールの手足がぴくぴく動いた。


 元々が虚弱体質気味な上に、酷く興奮したのが障ったのでしょう、容態は安定していますと結論され、私はお礼と共にお金を払った。

 読んで下さりありがとうございます! よろしければ、ブックマーク・星・レビューコメント・ご感想などお気軽にお寄せ下さいませ!

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