二 奇妙な依頼 二
衣食住という言葉がある。とりわけ、食べ物はないと死ぬ。それで私は、あらかじめギルドの学習室を借りて簡単な狩りの仕方をまず座学で教えた。据置式の罠を使うものだ。
動物の中には自分が使う道しか使わないものもいるから、より難しいのは罠そのものより獲物の痕跡の発見と自分の気配の隠蔽だった。大抵の獲物は、人間の気配を察知すると数日は巣穴に引っ込んでしまう。
もちろん、今回のような短期間の冒険なら保存食を構えていけば済む。それに、据置式は冒険そのものと基本的に相性が悪い。
それでも、クロールの基礎体力や機敏さを考えたらこれが一番妥当だろう。 自分から熱心に頼み込んだだけあって、確かに飲み込みは早かった。
毒草や薬草についても教えた。元々魔法使いなだけにこちらの理解は更に早かった。
こうして、私達はその日の午後に出発した。相変わらず私は露出の多い格好ではあるものの、トゲやヤブで傷つかない魔法が最初から鎧にかかっている。
初日は罠猟の実技に費やすことにした。森に入ってすぐ木の枝や蔓を組み合わせてくくり罠を作った。蔓で作った輪としならせた枝が、ロープ代わりの別な蔓で繋がっている。獲物がそれと知らずに首を突っ込むと輪が喉を締め上げ、宙吊りになるものだ。
獣道の特徴も既に教えてあったが、小枝を踏みつけたり手で薮を引き裂いたりしようとしたので慌てて止めた。その辺りは私が代わった。
三ヵ所ほど罠を置いてから、その日の寝ぐらを作った。穴を掘って簡単なかまどを作り、近くの泉で水と薪を集めてくるだけのものだ。念のために保存食も用意してある。
あっという間に黄昏時になり、二人で罠を回収しにいった。信じがたいことに、ウサギが一匹かかっていた。
「や、やりました! 師匠!」
クロールは子供のように目を輝かせた。
「良かったですね。おめでとうございます」
私も思わず顔がほころんだ。
こういう類の狩りは、よほど腕のいい 者でも失敗してその日中手ぶらということが珍しくない。
良く、ジンクスで初心者の幸運という言葉が言われる。もちろん、クロールが熱心に学んだことは大切だ。そして、弟子が一歩成長したのを実感した私もささやかな充実感を得た。
「では、すぐに解体しなければなりません」
そう言いながら私は、自分が行った初めての解体を思い出していた。
知識や技術そのものは、転生の天使様から授かってはいた。ただ、自分で意識して生き物の命を奪うというのは転生前から数えても生まれて初めてだったし、ましてそれを肉にして食べたり毛皮を利用したりするというのはある程度の勇気が必要だった。
けれども、一回それをやると今度は特になんとも思わなくなった。別に小動物をいじめて楽しんでいるわけではなく、生き延びるために必要だからやることだ。
「はい。師匠……どうしました?」
「どうしましたって?」
「その、獲物の前で両手を合わせるっていうのはなにかの儀式ですか?」
クロールはいたって真面目に質問した。私は慌てて手を離し、ごまかすように少し笑った。
「な、 なんでもありません。私の生まれた地域での習慣です」
よく考えたら、天使様に導かれて転生したというのに仏教式の手向けをするのはなんだか矛盾している。まあ宗教談義はめんどくさいから置いておこう。
「なるほど。それで、どんな意味があるのですか?」
「あー……犠牲になってくれた獲物に感謝するのです」
前世でそんな話をうろ覚えになにかの本で読んだ。こちらにきてからそんな話を大真面目にするのも、初めてといえば初めてだった。
「なるほど。 冒険とは実に哲学的ですな。私も真似して良いですか?」
「え……ええ、いいですよ」
クロールは、 ごく真剣な面持ちで私と同じようにウサギに対して両手を合わせた。
それからは実務の時間だった。かまどまでウサギを持ち帰ってから解体しても 良かったものの、やはりその場で簡単な処理は済ませておいた方が望ましい。クロールにとってはまたとない教材だ。
まずはウサギを逆さ吊りにして喉を裂く。クロールは自分のナイフを出した。その柄尻には見覚えがあった。私のナイフと同じイニシャルが刻まれている。そのナイフを作った職人のもので、ちょっとしたブランドロゴにもなっていた。
ともかく、流れ出た血をボウルに受けた。血抜きが終わってからは股の部分を切り裂き、今回は捨てた。もっと長期間の厳しい冒険なら、とっておいて腐肉喰らいの動物を狩る餌にする。
それから、後ろ足のかかとに切れ込みをつけて皮をはぐ。獲物が小さいこともあり、クロールは意外にもしっかりした手さばきで作業を進めた。
革袋を三つ用意して、私はウサギの血と皮と体を別々に入れた。クロールはボロ布でナイフをぬぐってから鞘にしまい、罠を全て回収してから分解して自分のリュックに入れた。
かまどに戻ってから、クロールは解体の続きをした。腹を割って内臓を出し、胃や肝臓は肉と一緒に今晩のシチューにする。腸は、中身を出した上で小麦粉と革袋から出した血を混ぜて入れ、シチューを作る焚き火のそばに置いた。
その間私はウサギの毛皮の裏にブラシをかけて脂肪を落とし、ボウルになめし剤を入れて一緒に良く揉んだ。鼻を刺すような臭いがして、少し手が荒れるが仕方ない。もっとも、なめし職人のように完成品を作れるのではない。最低限の下ごしらえをしただけで、あとはギルドに売って換金する。
それやこれやが終わり、道具を洗って干した頃には真夜中になっていた。シチューはとうにできあがっている。
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