二 奇妙な依頼 一
街に帰り、ギルドでいくつかの質問に答えて書類を一枚書いたらクロールとの用事は終わった。
「あのう、クロールさん」
街の大通りを歩きながら、私はなるべく冷静に持ちかけた。
「なにかね」
「どうして私についてくるんですか」
少し疲れたし、宿屋で休んでからギルドの依頼でも探しにいこうかなと考えていたところだった。はっきりいってうっとおしい。
「私が君に依頼をするからだ」
「依頼?」
思わず関心を持ってしまった。
「さよう。すなわち私の引き立て役」
「お断りします」
意図的に足を早めると、宿屋の看板が近づいてきた。
「報酬なら十分に出そう」
「そういう問題じゃありません」
「ではどういう問題なのだ」
「私は誰かの引き立て役になるつもりはありませんから」
「先ほどはそうなったではないか」
「それとこれとは話が違います」
「なるほど。ではこうしよう。私の師匠になって欲しい。最終的な目標は弟子が師匠を凌ぐことだ」
精神的につんのめりかかった。その直後、師匠という言葉が私の自尊心をくすぐった。なにしろ前世が前世だっただけに、誰かに師匠と呼ばれたことはもちろん想像したこともない。
「いくら払うんですか? あと、契約期間とか詳しい話をしたいです」
歩きながら私は応じた。
「察するに、君の差し当たりの目的地はあそこの宿屋だろう? なら、酒場で話をしようじゃないか」
どこの宿屋も二階建てで、一階は酒場になっている。昼から飲む人間もいれば食事を済ませる者もいた。
「分かりました」
酒場はそこそこ客が入っていた。空いているテーブルに通されて、二人で適当に料理を注文した。商談(?)が控えているのでアルコールはなし。
「それで、早速ながら」
コップの水をちびちび飲みながらクロールは切り出した。
「師弟契約の提案を聞いて欲しい」
「どうぞ」
「まず、期間というより期限。次の冒険一回限りだ。どんな冒険かはギルドにいって君が依頼を受けたもので良い。報酬は、一ヶ月は遊んで暮らせる金額を前払いしよう。冒険中の危険は我々で連帯して解決、これには負傷や病気も含む。つまりお互い無料で助け合い」
「それで?」
「先ほどの報酬とは別個に、道中発見した金品は山分けだ」
「仮にその通りにするとして、私があなたになにを教えるんですか?」
「冒険者としての名声の立て方だ」
大真面目にクロールは述べた。
「魔法抜きで依頼を解決してはいかが?」
「魔法は私の心身に染みついて無意識に発動することがある。今更自力では変えられない。どうしても、他人の協力がいる」
「じゃあ諦めなさい」
「私には大事な話なんだ!」
突然クロールが声を荒げた。さすがの私もびっくりした。
「……いや、申し訳ない。取り乱した」
「いえ、私も少し失礼でした」
そこで、注文した料理がきた。海のお魚の蒸煮に鶏肉のスープ、黒パンに蕪と人参のサラダ。
「とりあえず、食べましょう」
私が勧めると、クロールもうなずいた。
それからは、ほとんど無言でひたすら食べた。とにかくお腹が減っていた。
クロールは上品な食べ方をする人間で、ただ余り噛まない方だった。そんなに明るい場所じゃないせいか、良く見ると顔色も余り良くない。
「……なにか?」
いっときスプーンを止めて、クロールが尋ねた。
「いえ、特には」
食事に関心を戻した。
しばらくして全てのお皿が空になり、とても満足した。
「いや、大変美味だった。それで、話の続きをしよう」
「はい。こういってはなんですけど、あなたの体格では魔法がないと……」
慎重に言葉を選びながら、前世を思い出した。病院からほとんど出られずじまいだった人生。
「でも、それはいいでしょう。少しで良ければ、魔法なしで生き延びる技を教えます。条件はさっきあなたが示したもので構いませんか?」
冒険者同士の約束は、口約束でも非常に重い。破ったが最後評判が台無しになる。もちろん、してもいない約束をしたと嘘をつくのも同罪。だから、よほど信用できる相手としか口約束はしない。
それなのに、私は特に契約書を交わそうとはしなかった。命を助けてもらったこともある。それ以上に、クロールからはどこか純朴な幼さを感じ取っていた。
「おおっ、ありがたい! よろしくお願いいたします、師匠!」
唐突に敬語になって、少々驚いた。やっぱり変な人だ。
「じゃあまず私の荷物を二階まで運んでね。基礎体力を鍛えなきゃ。あと、お互いのプライバシーはちゃんと尊重してもらいますからね」
「もちろんです!」
こんな要領で、私は生まれて初めて弟子を取った。その日は宿屋で一泊して……もちろん、お部屋は別々で……翌日に改めてギルドに行き依頼を受けた。そこでクロールは約束の前払いを渡してくれた。
依頼はできるだけ簡単なものを受けた。街外れの森から魔法の素材になるキノコを数個採集するだけ。魔炎茸という名前で、毒はない。怪物らしい怪物といったらスライムやコボルト程度で、それもごく稀だ。なんなら私一人でも構わない。往復で三日ほどの道中だ。
「いよいよですな!」
ギルドのロビーでクロールは目を輝かせた。魔法使いの格好ではなく、野外で動きやすい服装になっている。前世のボーイスカウトに少し似ていて、思わず苦笑するところだった。
「余りはしゃぐとつまらない失敗が増えますよ」
やんわりと私は注意した。師匠になったとはいえ、なんとなく丁寧な態度を崩したくないので大げさにならない程度に敬語を使うのは続けていた。
「失礼しました」
律儀に、かつ素直にクロールは頭を下げた。
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