一 元はといえば 二
それで今、早速ピンチになっている。転生してから数日後、街から遠く離れた洞窟の中でトロールに追い詰められた。
せめて武器があればまだしも、丸腰だ。洞窟の中で、泉から水筒に水を汲んでいていきなり襲われた。慌てて剣を抜こうとしたら手が滑って落としてしまった。
仲間は最初からいない。小児病棟で次々と友達が死んでいくのを目にして、誰かと一緒になるのが苦手になっていたからだ。
トロールは棍棒を振り回して向かってくる。こうなったら身の軽さ以外に手だてはない。つまり逃げる。
健康な肉体に生まれ変わったとはいっても、やっぱり重い荷物は嫌だし遠出に向かない。
だから、どうせ違う世界だとも思い、お腹や太ももが剥き出しの鎧しか身につけてこなかった。大して寒い地域じゃないから鎧以外は下着だけ。
そんな私の三十六計は、行き止まりにさしかかって呆気なく破綻した。初めて入る洞窟で闇雲に逃げ回っていたらいずれそうなる。
トロールの棍棒は、一発でも受ければ骨が砕けそう。背丈も私の倍以上あるから飛び越えるのも無理。
でも諦めてはいけない。素手格闘は全く経験がないものの、なにかの機会に繋がるかもしれない。
リラックス……手足に余計な力をこめず、バネのように……え? あれ?
突然、トロールが前のめりになって倒れた。その向こう側に、青緑色のローブと帽子を身につけた誰かがたっていた。
「これはこれは、トロールが血相抱えて走り回るからあとをつけたら美しい冒険者殿か。別な意味で喜ばしい」
若い男性と分かる、滑らかな言葉遣いだ。けれども第一印象は、気取った鼻声だなと感じた。
「ところで、御身を助けた人間に一言あって然るべきだと思うが?」
「すみません、申し遅れました。助けて下さりありがとうございます」
「礼儀正しくて結構……といいたいが、名乗らないのは減点だね」
「カレンです!」
我慢の限界にきて怒鳴った。あとで思い返すと、自分の感情を爆発させたのはそれが生まれて初めてだった。
「ようやく及第だ、若く美しい戦士君。私はクロールで通っている。以後見知りお……」
水泳を思い出して私は吹き出していた。もっとも、泳いだことはまだない。転生する前でもあとでも。
「なにがおかしい?」
「い、いえ、失礼しました」
クロールはどこからともなく短く真っ直ぐな杖を出して私に向けた。さっと緊張したとたん、背後でなにかがどさっと倒れた。
身体はクロールに向いたまま首だけうしろに曲げると、ゴブリンが一匹倒れていた。不細工な小石を連ねた首飾りを身につけ、手足に渦巻き模様の入墨をしている。
「魔ゴブリンだよ。ずっと君にまとわりついていた」
説明しながらクロールは杖をしまい、代わりに剣を出した。私がなくしたものだ。
「え……?」
「透明化して、冒険者の邪魔をするのさ。この洞窟ではトロールと仲間になっていた。つまり、魔ゴブリンが君の剣を叩き落とす。それからトロールが君を倒す。しかるのちに二匹で汁気たっぷりのご馳走に……」
言葉を区切ってクロールは私に剣を返した。受け取りつつも腕に鳥肌がたち、ぶるっと震えた。冒険は本当に冒険だ。テレビゲームじゃない。
「私は魔ゴブリンを追っていたんだ。君は?」
「特に……なるようになるかなって……」
我ながら呆れ果てた無目的さを感じた。
予想に反してクロールは私を嘲ったりしなかった。むしろ、腕を組んで重々しくうなずいた。
「冒険者なら当然だ。むしろ、私こそ異端なのだ。私は冒険者として名声を博したいのに、いつまでたっても魔法使いとしか人から見られない」
「魔法使いの冒険者……じゃいけないんですか?」
「冒険者がたまたま魔法使いというのは良いが逆は駄目だ。何故なら、私は好きで魔法使いをしているのではないからだ。とにかくここを出よう。ギルドには魔ゴブリンの首飾りと君の証言で十分信用されるはずだ」
クロールは回れ右してすたすた歩き始めた。つまり、私がついてくると最初から決めつけていた。
なにからなにまで一方的な人間で腹だたしい反面、助けてくれたしそのくらいならいいかという気もあった。
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