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一 元はといえば 一

 ご臨終です。

 

 そんな台詞を、肉体から離れた私の魂は他人事みたいに耳にした。


「かれんーっ!」


 お母様が私の胸にすがりついて泣き叫び、お父様が黙ってうつむく。その脇で、淡々と主治医がクリップボードにつけた書類に必要事項を書き込む。


 浮瀬 花蓮、女性。享年十七歳。


 とにかく終わった。


 物心ついた時から、私には病院が世界の全てだった。自宅でお抱え医を雇っても良かったけれど、せめて少しはお友達ができたらということで入院生活を送っていた。


 確かに良いこともたくさんあった。病院はできる限りのことをしてくれた。先生も看護師さんもとても親切で優秀だ。


 お喋りなお友達から、ここがお金持ち専用の『高級』病院だと教えられたし。そして、死んだが最後お金や身分は持っていけないことも。


「はい、こっちです」


 いきなり声をかけられた。


 明朗快活を地でいく若い大人の女性そのもの。


 病室の天井近くを漂う私の目の前に、彼女も同じように浮いていた。短めの髪に整った目鼻をしている反面、首から下はあやふやな白いもやのような姿をしている。


 そして、彼女の頭上には輝く黄金の輪が浮かんでいた。背中から伸びる翼は純白。絵画で鑑賞するような……天使様!?


「わあぁっ!」


 素ではしたない声を出してしまい、首をすくめた。お母様がいたらたしなめられていたところだ。


「あー、あんまり大声出さないで下さいねー、私苦手ですから」

「も、申し訳ございません」

「良家のお嬢様って素直でいいなぁ。それに……」

「それに?」

「おっぱいと腰のくびれが……。髪は個人的な趣味でツインテールにしておきましたけど……お尻は少し控えめに……デュフフフ」

「セクハラです! だいいち……」


 スケベな天使様に思わず拳を振り上げ、自分自身の手に驚いた。テレビや漫画にあるような、健康な肌と肉づきになっている。あ、死んだのだからどっちみち関係なかった。


「じゃー、改めてこっちへどうぞ」


 手招きされ、無意識に一歩踏み出した。そして、いくつかの疑問で二歩目が止まった。天使様の口の端にヨダレの跡がついている。いやそこじゃない。


「あのう、失礼ですけれど、いくつか伺ってよろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょう」

「まずはお互いに自己紹介しませんか?」

「そうですね。今してもあとでしても大して違いませんし。私、転生の守護天使です」


 天使様は天使様で良かったのか。一応。


「守護天使様? 具体的なお名前は?」

「人間には発音も聞き取りもできません。ですから、好きな名前をつけてもらっていいですよ」

「かしこまりました。私は浮瀬 花蓮と申します。よろしくお願いいたします」

「はいどうも。質問はそれで終わり?」

「いえ、転生の守護天使様ってなんですか?」


 ただの天使様なら、まあ、分からなくもない。うちは浄土真宗だけれど。でも『転生の守護』って……?


「あれこれ説明してるとキリがないですし、まとめてお話しますよ」


 そんな質問なら想定済みといいたそうな顔になっている。


「はい、ありがとうございます。それならお願いします」


 話がまとまった……のは先方様の都合なのだけれど……ことで、より上機嫌になった天使様はまた手招きした。今度こそ私は二歩目を踏み出した。


 途端にがらっと風景が変わった。四角く硬い床の病室から、丸みがあってふわふわした絨毯の私室に。


 お部屋の中央に、茶色い楕円形のテーブルがあった。そして、革張りソファー風の椅子が二脚。一つは天使様が座っていて、相変わらず首から下はあやふやなお姿。


「さ、座って」

「はい」

「それで、浮瀬さん。ざっくりいって、あなたには二つ選択肢があります」


 いきなり天使様は用件を切り出した。


「二つ?」

「そう。一つは、このまま天国へ。もう一つは、転生」

「失礼ですが、あなたのお名前にもあった転生とはなんですか?」

「文字通り、他の世界に生まれ変わるんです」

「え……?」


 ま、まさか、魚とか両生類とか……。


「基本的に人間として生まれ変わります」


 私の内心を察してか、天使様は穏やかに付け加えた。


「ああ、良かった」

「じゃあ転生コースかな?」

「まだそう決めたわけではございません。どんな世界に転生するのですか?」

「一言で説明するならテレビゲームみたいな場所です」

「テレビゲーム? したことがございません」


 椅子の上でつんのめるなんて、器用な天使様だと思った。


「じゃ、じゃあ、いわゆるライトノベルやファンタジー漫画ですね」

「それも存じません。古典文学などなら読ました」

「……えー、その、天国へ進んだ方が良さそうですね」

「まだ決断しておりません」


 自分でも驚くほど、はっきりと私は口にした。天使様は少しだけ驚いてから真顔になった。


「もう少し詳しく説明して頂けませんか」

「はい」


 天使様が、史実の中世やおとぎ話を例えに出して下さって少しだけ理解した。


「以上です」

「ありがとうございます。それで、質問を構いませんか?」

「どうぞ」

「どうしてこんな世界があるんですか?」

「神様にしか分かりません」


 それを持ち出されると追及のしようがない。


「じゃあ、何故私が選ばれたんですか?」

「生まれてこの方全く思うような人生を送られなかったので、代わりに機会を進呈することにしました。ただ、ある程度その世界に噛み合う肉体や知識は用意できますが、チートの類はなしです」

「チート? ズル?」

「それは直訳です。ここでは、転生した最初から特別な能力を持つことです」

「それなら不要です。でも、転生はしたいです」


 静かに私は宣言した。チートなるものがない方が、純粋に人生を楽しめそうだし。


「分かりました。どんな肉体にしますか?」


 話が決まると天使様の口調も少し変わった。ように思えた。


 肉体という言葉にはどきっとした。


 夢だった健康な身体であちこち冒険できるのはワクワクする。その反面、なにか恐ろしかった。


 まるで、免許を取ったばかりの人間がいきなり高級車をもらったような。しかも自分で運転しなければならない。


 でも、私は一度死んだ。それなら、思いきり楽しんでも構わないだろう。


 こうして、私は女性のままプロの冒険者の戦士に転生した。

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