Chapter 006_街へ出かけよう!
「・・・///」
「…うんっ!バッチリです!」
カレント2,182年 萌木の月2日。青葉が微笑む爽やかな晴れの日。
「あらっ…ふふふっ。良くお似合いですわ!お嬢様っ!」
「わ~!素敵ですお嬢様!!」
「ほぉー…いいじゃないか、お嬢。…な?オメーもそう思うだろ?」
「///」
「…ノエル君。お嬢様をそんな目で見ていいと思って…?」
「ひいっ!?」
「お、おいローズちゃん!幾らなんでも剣を抜くのはっ!?」
今日まで私は学校の往復と陛下に依頼されたスナイパー部隊の訓練。そして偶にカトリーヌちゃんとお茶する以外、できるだけ出かけないようにしていた。
理由はこの瞳のせい。
子供の頃のように人攫いに遭う事を恐れている訳じゃないけど・・・魔女に命名されてからというもの、やっぱり目立つこの容姿のせいで街に出れば人々に取り囲まれ、騒ぎになってしまう。
特にこの、エディステラでは酷かった。
エヴァーナ蜂起で目立つ魔法を2つも行使してしまったせいで私の容姿と名前は広く知れ渡り、パパラッチみたいな吟遊詩人まで現れてローズさんが人斬り騒ぎを起こしたほどだ。
だから学校に行くのも朝の早い時間にしていたし、それ以外の場所に行くときはできるだけ馬車を利用していた。
学校は・・・もう、どうしようもないからと思って開き直ってはいたけれど、それでも面倒な場面が沢山あって・・・
馬術部の先輩達は、初めはそんな気が無いように接してくれていたのだけれど・・・ある日、その下心をアリアリと見せつけられて・・・それきり行ってない。
同級生も同じで、席替えで仲良くなったジゼルちゃんなんか途中から彼女のお家の話ばかり聞かされるようになり・・・イヤになって、今では瞳も合わせない。
学園が始まってまだひと月しか経っていないけど、仲良くしてくれるいつもの5人とばかり話をし、マニアばかりで逆に居心地の良い紅茶研究会(みんなで部活見学会をやった後、入会した)と火魔法研究会に入り浸る(むろん会員ではない。)ようになっていた。
きっと周りからは社交性がないとか、お高くとまってるとか、思われているんじゃ無いかなぁ・・・
そんなこんなで再び陰キャを拗らせた私は納屋の一角を魔法の力で高温高湿環境に整えて、合理的で生産性の高いマジカルキノコ農園を開園。菌糸が伸びる様子を眺めては心の拠り所にしていた・・・
けど、それも今日で終わり!
「・・・変じゃない?」
「もちろんです!」
「・・・私だって・・・分からない?」
「ふふふっ。ご自分で確認したじゃないですか!今のお嬢様は、リブラリアに綴られるほど可愛い、誰もが立ち止まって振り返るふつーの傾国の美少女です!」
「・・・ちゃんと・・・黒じゃないよね?」
「えぇ!お嬢様の瞳の色は、間違いなく…綺麗なアメジストです!」
魔道具【イミテーション・グラス】
発明者は、我が師匠である大・大・大錬金術師の【嘘】様。
ラウンド眼鏡(眼鏡はリブラリアにも普通にあるし、お洒落小物としても認知されている。数百年前、ドワーフが発明したらしい。ちょっと高価だから持っている人は多くないけど。)の形をした魔道具で、その効果は・・・装着者の魔力で【瞳の色】を偽る!
「お嬢様行ってらっしゃいませ!」
「「「行ってらっしゃいませ!!」」」」
髪の色を変え、みつ編みも辞めたほうが変装という意味では良いのかもしれないけど・・・お母様から貰った自慢の髪を弄るのは嫌。
だから「おやっ?」と、思われる可能性はあるけど・・・リブラリア人は相手の瞳に注目しているから、色が違えば、まず本人だとは思わない。
これでダメなら、本格的にキノコ栽培に乗り出すまでだ。
「・・・行ってきます!!」
イツワリの私、デビュー!
・・・
・・
・
「・・・美味しい!こんな美味しい物があったなんて!?」
「おやおやお嬢さん!金盤(エディステラ名物の菓子パン(ヴィエノワズリー)。異世界島国で言う所の“メロンパン”)は初めてかい?」
「・・・ん!下町に来たのも初めてで・・・」
「おや?学園生…もしかして新入生かい?」
「・・・んっ!」
「それはそれは!ようこそエディステラへ!かわいいお嬢さん。」
「・・・んふふっ!ありがと!お礼に折り紙を「わー!お嬢様ストーップ!」・・・う?」
折り紙・・・というのは、異世界島国の「折り紙付き」の「折り紙」と同じような物。美味しいお菓子や気に入ったお店にサイン入りの製紙を渡すと喜ばれる。
「え?折り紙かい?…ははは。気持ちは嬉しいが…うちはこれでも男爵さまの折り紙を貰っているからねぇ。無名のお嬢ちゃんの折り紙を貰っても…」
「で、ですよね!ほ、ほら、お嬢様!あっちにも美味しそうなお店がありますよ!行きましょ!?行きましょう!!」
「・・・ん、んぅ・・・」
「お嬢ちゃん!気に入ったらまた頼むよー!」
「・・・んー。」
ローズさんは私をメロンパン屋台から引き剥がすと、小声になって・・・
「お、お嬢様!?お嬢様は今、人の心を惑わすフツーに超絶の美少女なのですよ!どこの馬の骨とも分からぬ男爵程度からしか折り紙を貰えない…お嬢様の美貌にありきたりのコメントしか言えない愚かなテキ屋などに折り紙を渡してはいけません!目立ってしまうではありませんか!」
だ、だいぶ金盤屋さんと名も知らぬ男爵様に失礼な事を言っているけど・・・
「・・・んぅ。・・・ごめん。」
た、たしかに・・・“世を忍ぶ仮の姿”でお出かけを楽しんでいるというのに、身元がバレてしまっては台無しだ。
「…分かればいいのです!分かれば!!…というか、普段から簡単に折り紙を渡すなと言っているでありませんか!?お嬢様程のお方が、そう易々と折り紙を書いてはいけませんよ!」
異世界島国で有名人のサイン色紙を飾っている飲食店みたいな感じで、折り紙には「○○様御用達」・・・みたいな宣伝効果があるらしい。
私は美味しい物が好きだから、これまでにも・・・師匠(ローデリア様)の別邸近くでメドヴィク(蜂蜜ケーキ)を売っているケーキ屋さんとか、ノワイエでロワノワを出してくれるカフェとか、ルボワの串焼肉屋台とか・・・に渡してきたんだけど、その度に、今回と同じように注意されてきた。
みんな喜んでくれるし、好きなお店が繁盛してくれればうれしいし・・・
そりゃあ今回は控えた方がいいだろうけど、そうでないなら出し渋る必要なんてないと思うんだけどなぁ・・・
「…さ。それよりも…次に行きますよ?」
ま。そうは言ってもローズさんに反抗する気も無い。彼女は彼女なりに私の身を案じてくれている。
ここは素直に頷いて・・・
「・・・ん!」
この日の為にエディステラグルメマップを作ってくれた仕事熱心なローズさんに手を引かれ、次のお店に向かったのだった・・・
・・・
・・
・
「・・・ここが・・・【壺】・・・」
私が暮らすエディアラ王国の王都エディステラは6つの城壁に護られた難攻不落の城塞都市だ。
農業大国に広がる肥沃の大地を支える2つの大河【ラウナディア川】と【レダ川】が東から西に向って流れ込み、一時的に合流するこの場所にエディステラという都が興されたのは2,000年以上、昔の事。
戦火や災害級魔物の襲撃を経験した事もあったらしいけど・・・その悉くを耐え抜き、今では人口40万人を抱えるリブラリア最大の都市に成長した。
この街はかなり特殊な地形の上に築かれている。
先程言った通り、2本の大河の合流地点なんだけど・・・この合流地点にはさらに、南北に向って断層・・・大地を上下に隔てる段差・・・が走っている。
つまり街のど真ん中に巨大な滝があるという事。
滝の上段・・・断層の東・・・の中でも、王城に近い地域が貴族街になっており、ここを【上町】と呼ぶ。
そして、城壁を挟んで上町の外側が【下町】という名の市街地。因みに、汽車の駅も下町にある。
最後に滝の下段・・・滝の飛沫で一年中湿度が高くてムシムシしているうえ、上町と下町の汚水やゴミの被害も受ける・・・に広がる巨大なスラムを【壺】と呼ぶ。
「はい…。壺は治安がとても悪いと聞きます。どうかお嬢様。私から離れないように。気を付けて下さいませ…」
「・・・ん。」
どうしてそんな場所に女2人で来たのかというと・・・
「はぁ…。大師匠様も、どうしてこのような場所にアトリエを構えたのでしょうね?」
「・・・分かんない。」
「とにかく…早く行きましょう?」
「・・・ん。」
林檎です。
次話についてですが・・・
言葉だけではエディステラの街を紹介するのが難しいため、
閑話として「王都エディステラの地図」を挟みます。
・・・よろしくね。




