Chapter 003_畔邸
「…おい、ローズちゃん!茶器と食器のバランスおかしくねぇか!?これじゃあ…客人が来ても対応できんぞ?」
「お嬢様が気に入った茶器をどんどん買い足しちゃうから多いだけです!食器は…足りない分は買って来て下さい!」
「しょ、しょーがねぇなぁ…。おいノエル!ひとっ走り行って、足りねぇ調理器具と一緒にひと揃えして来い。数は…5人分もありゃ足りんだろ?」
「了解です師匠!!行ってきまーす!!」
「あっ、お代はツケといてくださいね!」
「りー!!」
「ローズちゃん。これ…何?どこに仕舞えばいいの!?」
「あぁっ!それはお嬢様の錬金道具です!!し、慎重に!!…書庫にでも置いておいて下さい!」
「了解!へぇ~…錬金術って、こんな道具使うんだぁ…」
「ローズさん。お嬢様の…たぶん、お若い頃の服がいっぱい入ったケースがありましたけど…これは処分し…」
「きゃぁ~!?…そ、それは私のコレクションです!安眠グッツなんです!!お金で買えない価値があるんです!!捨てちゃダメですっ。ダメ、絶対!!」
「………ではローズさんのお部屋に。」
治月の月5日。
この家に越して10日以上経つというのに…未だにここ畔邸は、
お引っ越しの混乱の渦中にある。
「ローズちゃぁ〜ん…。書庫、もう満タンになっちゃうわよ?これから学校の道具も増えるのに…大丈夫なの?」
「うっ…こ、今度お嬢様に選別してもらって、要らない物を物置き部屋に移します…」
「捨てちゃえばいいのに…」
「お嬢様は処分するのがお嫌いですし…それに、貴重な物が多いので…」
「ふ〜ん…でも、このままだと近いうちに物置き部屋も…もしかしたら外の納屋すら…いっぱいになっちゃうわよ?」
「考えておきます…」
学園の生徒は基本的に寮住まいだけど、お嬢様は我儘を押し通して
自宅通いを選ばれた。
「・・・ローズさんのお茶が飲めないなら学園なんか行かない」とまで
言ってくれた
お嬢様の我儘を、侍女たる私が叶えないわけにはいかない。
うふふふっ…。
ほんと、わがままなんだからっ!
そんなわけで、王都エディステラで家探しを始めたんだけど…
予想に反して家探しは難航した。
お嬢様お一人しかいないので豪邸を借りるわけにもいかない。かといって
アパートメントじゃ手狭だし、ちょうどいいサイズのお家だと思ったら
チェスちゃんを入れる厩が無かったり…
「おーい!そろそろお茶の時間だぞぉ〜!」
「えぇっ!?も、もうですか!?」
「うふふっ…あっという間に時間が過ぎちゃうわねぇ…」
「今は忙しい時期ですからね…」
ようやく手頃な物件が見つかったのは入学試験7日前。
悔しいけど…お嬢様のパトロンを名乗る、あの商人の娘が
見つけてきた物だった。
場所は学園の川向かいにある、大きなお屋敷が並ぶ
閑静な住宅街の一画。
間取りは小さなサロンと使用人部屋もある、5SSLLDK。
程々に広いお庭と、馬を留められる納屋まで付いている。
レダ川に面しているから大雨の日は心配だけど…お嬢様が“護岸工事”と称して
土手をカチカチに固めてくれたから大丈夫だろう。
お嬢様にはちょっと広過ぎる家だけど…通りに面した外壁が蔓で覆われて
いるのと、大きなお風呂付だったのが大層お気に召したみたい。
内覧も程々に、殆ど即決だった。
あぁ…御母堂から直々に「よろしく」と言われたのに…
2億2,000万ルーンもする、かなり割高な中古物件を即決で買おうとした
お嬢様を止められなかった…どころか、一緒になって喜んでしまった私は
侍女失格です…。
罰として、お嬢様に一生付いていきます…
「ムシュー!きょ〜おーのおーやつ〜は、な〜んだ〜ろなぁ〜!?」
「今日は入学祝いだからな!嬢ちゃんの大好物…チョコレートケーキだ!!」
「いやっほぉ!!」
「わぁ〜!!…い、いつも思うのですが、本当に家人の私達がご当主様のデザートを…し、しかもご当主様が学校に通われている間に…食べて良いのでしょうか?」
「今更何言ってんだ!?…他でもない、嬢ちゃんの指示なんだからいいに決まってるだろ!?…な?侍女長殿?」
「…お嬢様にお仕えするにはお茶の味を覚えるのが必須ですから。これもお仕事のうちですよ。」
「はぁ…」
「あははっ!…お嬢様は、そんなに深く考えてないと思うけどねぇ!…はい。ローズちゃん!ティーカップ温めておいたわよ!」
「ケーキも切ってきたぞ!」
「ありがとうございますアメリーさん。クリストフさん。…レアさんも席について下さい。」
「は、はい!…あれ?ノエル君は?」
「「あっ…」」
家探しの次に難航したのが人材集めだ。
まさかこんなお屋敷を買う事になるとは思っていなかったため、
何の準備もしていなかった私は大急ぎで学園生時代の知人や業者を当たった。
何とかハウスキーパーとして私の元クラスメイトの妹ちゃん(レアさん)
を見つけることが出来たけど…素性の分からない人を雇うわけにもいかないし、
当主が未成年と知って辞退した人もいた…
「う〜む…今日のお茶は…ル、ルビオスか!?」
「ぶぶー…クリストフさん。アウトォ〜」
「ぐぬっ…ま、まずいな。料理番として非常にまずい。本気で勉強しないと…」
「く、クリストフさんがお茶を提供する事は無いと思うのですが…」
「むむむ…これは難問ね!」
「…レアさんの答えは?」
「うっ…私ですか…。う〜ん…もしかして…き、昨日と同じディキャン…では…?」
「ピンポーン!レアさんセーフです!」
「ほぉっ…。く、首が繋がった…」
「違いが分からん…」
幸運だったのはシェフのクリストフさんとノエル君が訪ねてきてくれた事だった。
クリストフさんは…元、某公爵の別邸付の料理人で…滅多に帰ってこない公爵閣下に料理人として嫌気がさしたので「おいしい、おいしい」とパクパク食べてくれるお嬢様の元に家族共々移住してきたのだ。
もちろんお嬢様は大喜びで迎え入れたけど…もし、他の料理人を雇っていたら
どうするつもりだったんだろう?
ノエル君はお嬢様がゴーレを出た後にクリストフさんの下に来たお弟子さんだ。
彼は今、レアさんと共にこの家で住み込みをしており、お料理以外にも
いろいろお手伝いをしてもらっている…
「ルビオスはディキャンに比べて水色も濃く、味も甘くなります。キャラメルのような甘い香りがあるのでチョコレートのような個性が強いデザートに合わせると。ぶつかってしまうのです…」
「なるほど。深いな…」
「じゃあ、じゃあ!逆にルビオスには何が合うのかしら!?」
「そうですねぇ…オレンジピューレとか、果物系が合うと思います…」
「フルーツタルトとかどうです!?」
「それも良さそうだな!」
そしてアメリーさん。
彼女は…元王宮付きの、超ベテランの侍女様だ。
私の下に付くには勿体ないようなお人なんだけど…子育てがひと段落して退屈。
でも、家庭もあるし…という理由で、
通いのハウスキーパーをしてくれることになった。
「う~ん…ルビオスもミルクを入れれば、案外チョコレートに合うんじゃないかしら?」
「えっと…すみませんアメリーさん。それは試した事ないです…」
「お嬢様おもてなし作戦会議なんだから…試してみましょうよ!」
「ただいまでーす!」
「…ほらっ!ノエル君も帰ってきた事だしっ!!」
アメリーさんは本当に凄いお人で…テキパキとお仕事をこなしてくれる
だけじゃなく、内装やお嬢様の装い、お茶や作法の
アドバイスまでしてくれる。今や、この畔邸に無くてはならない人物だ。
そして悔しい事に。彼女は、あの商人の娘の紹介…
「おう、ノエル!いいのは見つかったか?」
「あ、はい!師匠!…サレバドロスのカサブランカ(エパーニャ・リアナ王国にある食器ブランド。ブランドカラーは青だけど、カサブランカシリーズは白)をひと揃えできました!!もちろん、言われた調理器具も用意できていますよ!後ほど、お店の人が運んでくれるそうです!」
「そうか。ご苦労…」
「ご苦労様ですノエル君。…お茶の時間ですから、スグに来て下さいね。」
「ありがとうございます!ローズさん!」
「お、お疲れ様ですノエル君!ケ、ケーキもどうぞ!」
「ありがとうございます!レアさん!」
「い、いえ…///」
「ふーん…レアちゃんって…そうなんだぁ~…」
「ふぇっ!?しょ、しょんにゃんじゃ…」
「…ところでノエル?おめぇが持ってるその小包は…?」
「あ、これは…そ、その。…お嬢様の入学祝いにと思って…。も、もちろん自分のお給金から出してますよ!」
「お嬢様へのお祝い?中身は…?」
「い、イチカのティーセット…です。…ちょ、ちょうどお嬢様がお持ちでない【スミレ】を見かけたので…」
「「「「…」」」」
イチカは花の絵をあしらった可愛らしいデザインが特徴のヴィルス帝国にある茶器ブランドで、お嬢様のお気に入り。きっと…いや、間違いなく。喜ぶだろう…
「………プレゼントを渡すのは構いませんが…分かってますよね?……っ殺しますからね。」
「ひ、ひぃっ!?」
「目が笑ってないわよ!ローズちゃん!?」
「こ、こえぇな。こいつはマジだぜ…」
「はわわわっ…」
林檎です。
ご飯の前に見直し改訂!
・・・よろしくねっ!
(23/10/22 18:35)




