Chapter 033_里帰り
「・・・お、美味しい・・・おいひぃよぉっ!」
ノワイエ2日目。午後3時過ぎ。
中央広場の一角・・・大きな胡桃の木の下で
「お、おねちゃっ!?ね、ねさまが…とろとろしてゆよ!」
「ティシア…。お姉様は甘いものを食べると溶けちゃうんだよ。砂糖の魔法だよ…」
「こ、これが…まほー…」
「私の娘は相変わらずなのね…。いつか、悪い人にお菓子で釣られちゃうんじゃないかしら?心配だわ…」
「わ、私が気を付けておきますので!」
「た、頼んだよ。ローズちゃん…」
爽やかな風の吹く昼下がりのテラス席。私達一家の前には、この街の銘菓である胡桃をたっぷり使った・・・外はサクサク、中はとろ~り!ほろ苦いカラメルがアクセントの甘々パイが8ホール並んでいた。
「あははっ。フォニアちゃんはこうで無くっちゃ!」
「フォニアお姉ちゃんらしいね…」
「ふふふ…たーんとお食べよ!」
初めて出逢ったその日から・・・私はすっかりロワノワ(お菓子の名前)の虜。
ゴーレでの修業時代に一度、どーしても食べたくなって・・・パイを食べるためだけに数百万ルーン払って汽車に乗ろうかと思った程だ。
「・・・おいしいぃ。・・・あぁっ///おいしぃよぉ・・・」
「お姉様…ほ、本当に大丈夫?変な声出てるよ…?」
「ねさま、とろとろフルフルしてゆ…びょーきなの?…まほーなの?」
「…こら。リュカ!あなた…かお赤くしてんじゃないわよ!」
「ぼ、僕は別に…」
結局その時はローズさんに止められて叶わなかったけど・・・こうしてノワイエにいる今。食べる事に何を憚る必要があろうか!?
フォニアは食べるぞ!欲望のままに我儘に!!
「・・・あんっ・・・あぁぅ///ブドウ糖がっ・・・し、痺れちゃぅ・・・」
「本当に不安になって来たわ…。この子を1人にして大丈夫かしら…」
「わ、私がお嬢様を…」
「でも…学園にはローズちゃんも入れないんだろう?男の子に餌付けされたら、案外コロッといっちゃうんじゃ…」
「そ、それは………」
冗談を交えつつ、家族でそんな話をしていると・・・
「クーロエっ!」
「へっ!?…え、エミリー!?」
「チャオ〜!」
「フォニアちゃんもチャオチャオ!!」
「・・・チャオです。エミリーさん。」
「はぐはぐー!!」
「・・・ふに」
「おやおや!フォニア卿も…アデリーヌ殿も!…ご機嫌良うございますかな?」
「・・・こんにちは。モルガン様。はい、元気です。」
「こんにちはぁ、モルガン様。お陰さまで好調で御座います…」
モルガン・コント・ブノワ様はノワイエ領の内政を担当している左大臣様(リブラリアでは慣習として、法務担当の最高責任者を右大臣。財政担当の最高責任者を左大臣という。それ以外の大臣は、それぞれ担当部署名で呼ぶ。因みに騎士団長はそのまま。)で、エミリーさんはその奥様だ。
この二人は私が本家に養子入りした時、手続きでお世話になったし、つい先日は叙爵された件で税金や法律関係の相談にのってもらった。
二人とも優しくていい人だ!
因みに、モルガンさんはお祖父様より少し下のオジサマだけど、エミリーさんはクロエさんと同い年の幼馴染らしい。
この二人・・・父娘ほど年が離れているけど貴族同士の政略結婚でも策略があった訳でも何でもなく、普通に恋愛結婚したらしい。
「も〜!ダーリンったら、かーたーいー!そんなんじゃフォニアちゃんも心を開いてくれないぞっ!」
「えっ!?い、いや。しかし…フォニア卿は騎士だし…」
「ほ〜ら!チャオ〜って!」
「ち、ちゃお…フォニア卿…」
「・・・ち、チャオ・・・です・・・」
「よーしよしよし!いーこいーこ!!」
「え、エミリー…止めんか…」
「ふふふっ…やーよっ!!…ねー、それよりダーリン。私…フォニアちゃんみたいな可愛い女のコが欲しいなぁ!…あっ。リュカ君みたいな可愛い男の子でもいいんだけどっ!」
「え、エミリー…」
「「「「「…」」」」」
「・・・」
この二人はそう遠くないうちに爆発すると思う。
良い人なだけに・・・残念だ。
「エミリー!?ひ、ひょっとして…馬車屋(という名の宿屋さんがノワイエにはある)の!?」
フォークを咥えたままエミリーさんに抱きかかえられていると、斜め向かいに座っていたお父様がそんな声を上げた。
そう言えばエミリーさんはクロエさんの幼馴染なのだから、お父様とも同い年・・・
たぶん、知り合いだろう・・・
「ふふふっ。久しぶり…ね。テオ君…」
「お、おぉ…」
エミリーさんはお父様に振り返り、更に言葉を続けた・・・
「美人な奥様と可愛い娘さんに囲まれて…幸せそうで、よかったわ…」
エミリーさんに抱きかかえられている私には、彼女の表情が伺えないけど・・・たぶん。微笑んでいるのだと思う。
「あ、ありがとう…。………エ、エミリーも幸せそうで良かった…」
「ふふふっ。…えぇ。………とっても幸せ…よ…」
「…」
「…」
「…」
「…」
ポカンとしているティシアを膝に抱いたクロエさんはハラハラとした表情で2人を見やり、
前の席では何も知らない体のお祖母様と、その膝の上で腕を組み、「うむー…」と小さく唸るロティア。
お父様は居心地の悪そうな微妙な顔をしている。
リュカ君は無表情でミルクを飲んでいる。
そして・・・
「…」
「・・・」
お母様の顔は怖くて見れない。
「…テオ?後で詳しく聞かせてね。」
「チェ、チェルシー…。い、いや!エミリーとは…べ、別に…」
「いいわね!!」
「…はい………」
お母様。嫉妬深いからなぁ・・・
・・・
・・
・
「ね。フォニアちゃん。フォニアちゃんは…卒業したら、その後どうするの?」
お仕事中だというモルガンさんとエミリーさんに別れを告げると、お喋りの話題は私の進学の話になった。
「ね、姉ちゃん…フォニアはまだ、入学すらしてないんだぞ?」
「そりゃそうだけど…でも。フォニアちゃんの事だから…考えてるんでしょ?」
卒業後の進路・・・か。
「・・・オクタシアと錬金術師ギルドからオファーが来てるし・・・どこかで働こうと思う。・・・そうすれば、妹達を進学させてあげられるし・・・」
「おぉ~!サラッとすごい事言った!」
「さすがだねぇ!卒業…どころか、入学前からそんな話を貰っていたのかい!?」
「い、妹達の事まで考えていたなんて…さ、さすが私の娘!!」
魔法も錬金術も、どちらもとても興味深い。興味がある事をして生活が出来たら最高だし・・・期待して貰えるのも嬉しい。
それに叙爵された今なら、私の推薦で妹たちを学園に進学させてあげることも出来る。
本当に行くかどうかは彼女たち次第だけど・・・もし、行きたいというのなら、もちろん応援するつもりだ。
「お姉様…ロ、ロティアは。学校は…」
ロティアはお父様とお母様、そしてみんなの顔色を伺ってそう言った。
この子はみんなの顔色伺っちゃうタイプだから・・・
けど・・・
「・・・ロティアは行きたくないの?本当に?」
けどそれは、彼女の本心じゃ無いはずだ。
瞳を見つめて、そう言うと・・・
「…」
ロティアはお父様とお母様の顔を伺った。
すると2人から・・・
「ロティアちゃん。行かせてもらえるのなら…行きなさい。」
「そうだぞロティア!情けない親の事なんか気にするな。お前は…お前たちは!したい事をすればいい!!」
そう言われたロティアは、下を向きながらも・・・
「………い…行きたい………です…」
・・・唱えた。
「・・・じゃあ、お姉ちゃんが行かせてあげる!大丈夫。だって・・・お姉ちゃんは魔女なのよ!だから、心配なんてしなくていいから・・・ちゃんと、勉強しておくのよ!」
「はい…はいっ!が、頑張ります!!」
「ねさまぁ!テーもっ!!テーもぉ!!」
「・・・んふふっ。ティシアもね!」
「んっ!!」
妹達とそんな話をしていると・・・
「スマンなフォニア。不甲斐ない親で…」
お父様がそんな事を言い始めた。
そんな事気にしなくていいのに・・・
「・・・んーん。そんな事ないっ。私が生まれて来られたのも、ここまで成長出来たのも。全部お父様とお母様のおかげよ!・・・カッコよくて優しいテオドールお父様はとても素敵な最高の、自慢のお父様よ!・・・ロティアとティシアもそうでしょ?」
「うんっ!お父様大好きー!」
「テーもパパンすき〜!!」
私達の言葉を聞いたお父様は・・・
「娘よ〜!!」
・・・と咽び泣いていたのだった。




