Chapter 009_日常②
「そ、そんな!…困るよ!」
「・・・もう決めました。」
朝食後。街に出た私は治癒院に向かう前に取引をしている行商人さんの所に向かった。目的は昨年から続けていた内職アルバイトを辞めるため。
・・・バイト転職である。
「急に辞められても…こ、今月の納品はどうするんだ YO!?」
「・・・ご心配なく。エマール商会へは私が直接納めました。」
あ、いや・・・正確に言うと転職はしないのかな?
仕事内容は一緒で、仲買人を通さなくするだけ・・・だからね。
私は昨年から内職として色紙やボール紙。トレーシングペーパーといった付加価値が高い紙を製紙魔法で生み出し、オーギュストさんという行商人に売りさばいていた。
製紙魔法があるせいか・・・リブラリアという世界は筆記文化がとても盛ん。何かにつけて記録をとるし、歴史書も沢山ある。日記を付けない人なんていない!と言われる程。
だから製本や模写で使う特殊な紙の需要も高いんだけど・・・こういった紙は生産者が限られているから流通量が少ないんだそうだ。私はそこに目を付けた。
定期的に開かれる市場で文房具を売っていたオーギュストさんにサンプルを持って話をしてみたら、あっというまにお仕事を貰えたのが半年前。
私は嬉しかった。
自分の作った物が世に出て、お金までもらえて、お菓子まで買えちゃうなんて・・・
その頃はまだ治癒院のお手伝いをしていなかったし、物価や流通に関して何も知らない包まれ娘だったから考え無しにオーギュストさんに紙を渡していた。
彼がくれる対価も、それが市場価格なのだと信じていた。
「なっ!?」
「・・・定期供給を条件に価格保障付の専属契約を結んでもらいました。・・・価格を吊り上げるイジワルな行商人がいて困っていたらしいので、喜んでくれましたよ?私も高く買い取ってもらえてホクホクです。」
違和感に気付いたのはレジーナ様と一緒にお店巡りをした時。
物の価値を、現物を見て覚えろ。という、ありがたーい教えだ。
・・・
・・
・
「・・・う?」
「どうしたのフォニアちゃん?」
「・・・紙1枚で・・・半銀貨1枚!?トレーシングペーパーってこんなに高いの?」
「え?あぁ…そりゃそうよ!だって、この紙を作れるのは世界でたった1人…森羅の魔女様だけよ?」
「・・・う?そう・・・なの?」
【森羅の魔女】というのは最高位の魔法使いの1人であるエルフ女性の事。詳しい説明はまた今度かな・・・
「むしろ私はこれを知っているあなたに驚いているわ。どこで知ったの?」
「・・・知り合いの行商人から・・・」
「ふーん…。それにしてもこのお店、ずいぶん沢山在庫しているわね?流通量は多くない筈なのに…何でかしら?」
「・・・」
業界大手エマール商会の中でも格式高い部屋にそれは置かれていた。
お父様の背中を足踏みマッサージしながら生み出した私のトレーシングペーパーはガードマンが控えるガラス戸の中。名工の手による万年筆の隣に堂々と。まるで宝石のように納められていた。
ちなみに半銀貨1枚は5千円相当。
オーギュストさんへの売値は銅貨1枚で・・・100円。
・
・・
・・・
「ず、随分な事をやってくれるじゃないか…」
「・・・ビジネスですから。」
そんなわけで私はエマール商会に乗り込み支店長と直談判。
専属契約を結び、晴れてボッタクリ行商人の魔の手を逃れたのだった。
「こ、子供のクセに調子に乗って…」
「・・・子供と思ってバカにされては困ります。100ルーン(ルーンは通貨単位。価値は¥とほぼ一緒。)で仕入れて4,000ルーンで卸したあなたの方が調子に乗っています。」
「こ、このままで済むと…」
「・・・森羅様の作と偽っていたそうですね。・・・あの方を擁するデュクサヌに気付かれたらどうなるか・・・お考えになりましたか?」
「ぐっ…」
「・・・幸い、エマール商会が頑張ってもみ消したそうです。・・・私も今までの事は勉強させてもらったと思って不問にします。・・・まだ何かありますか?」
「…」
「・・・ご機嫌麗しゅう。」
先生達と出会って1年。
2人は私を街に連れだし、人と合わせ、冒険者登録までしてくれた。黒目の私は、それはもう目立っていたけれど・・・先生が、自分が後見人であることを宣伝して回ってくれたし、冒険者としての活動も支援してくれたから顔と名前が通った。治癒院のお手伝いもいい方向に作用してくれた。
奇しくも、有名になったおかげで堂々と街を歩けるようになった。
「おっ、フォニアちゃんこんにちは!ご機嫌ようございますか?」
「・・・こんにちは。パン屋のコームさん。・・・私は元気。」
「どうだい?今日は買っていってくれないのかい!?」
「・・・これから治癒院なの。また今度ね。」
「そうかい?焼き立てなんだがなぁ…」
「・・・焼き・・・立て?」
「あぁ!今日は…そうだなぁ。ブリオッシュなんかどうだい?あま~くて、ふっかふかで、お~いしいよぉ!」
「・・・・・・さんこ・・・んーん、5個ちょうだい!」
「まいどっ!」
「フォニアちゃーん!!今日からチリソースも始めたわよー!買ってかなーい!?」
「・・・かう!普通の串焼き肉とチリソース8本ずつ!!」
「まいどありぃ!!」
私の毎日は・・・
夜明け前から先生と朝練。
家で朝ご飯を食べたら・・・家族と畑へ行くか/先生と特訓したり冒険者としてダンジョンに入るか/治癒院に行ってアルバイトするか/たまに内職の納品を挟む。
夕食を食べたらレジーナ先生と夜までお勉強。時々家事手伝い。
フォニアは毎日ハードスケジュール。
遊ぶ時間なんて無い。お腹はいつもぺっこぺこ。夜はバタンキュー。
でも・・・
「フォ―二アー!!おっそーい!!なに道草食ってるのよぉ!!」
「・・・ごめん。すぐに診るねイレーヌ!」
「あぁ、もうっ!手洗って、口濯いでからにしなさい!!…ソースついてるわよ!」
「・・・んぅっ。」
でも毎日が充実していた。
毎日新しい発見があって、毎日成長を実感できた。
この世界は魔法のおかげで異世界に比べ実力主義の傾向が強いから、私はそこそこ認められて、ちょっと生意気に振舞っても受け入れられた。そんな所も都合が良かった。
「・・・すー『右手に針を 左手に糸を 祈り込めて縫い合わせる』リカバー。」
「っつ!…おぉっ!」
「・・・お終い。・・・痛くない?動く?」
「一瞬ピリッと来たが…大丈夫!…よ、よし!ちゃんと動くぞ!!これが治癒術か…すげー…」
「・・・それは良かった。・・・じゃあ、治癒費。2万2千ルーン。」
「え?あー…そんなにしたっけ?」
「・・・金額は最初に言った通り。」
「そうだったかなぁ?…それより、君まだ子供じゃないか。見習いなのに高い治癒費を請求するのか?」
「・・・私は見習いじゃない。・・・プリモと巫女長に認められたセコンドヒーラー。」
「そうは言ってもねぇ…半額で良いよね?どうせ全額は払えないし…」
「・・・メ。・・・お金ないのに受けたの?」
「いいだろ、別に…。まだ新人で金なんてねーよ…くそっ。ほら!なけなしの1万ルーン!」
「・・・本気?」
「しつこいなぁ…本気にきま「・・・『火種よ』インジェクション!」ぎゃー!!」
「・・・困った人。」
「あぁ~…もうっ!ダメじゃないフォニア!!」
「・・・う?・・・ダメなのは私じゃない。この人。」
「そうじゃないわよ!床が焦げてるー!!」
「・・・それは・・・この人に請求すればいい。」
「…それもそっか。…ボドワンさーん!こいつ衛兵に突き出しといて―!!」
「・・・治癒費と損害賠償の請求も。」
生意気フォニアは実力行使も厭わない!
・・・
・・
・
そして夜。
「・・・ただいま帰りました。」
「お帰り!」
「おー、お帰りー!」
「お帰りなさいませお嬢様ぁ!」
レジーナ様から最新の国際情勢を聞いてきた私は家へと帰ってきた。
安心安全でホッとな、わが家―!!
「今日は楽しかったか?」
「・・・ん!お父様っ、あのね。今日は・・・」
「フォニアちゃん。おてて洗ってからになさいっ。」
「寝間着も用意してありますからねぇ!」
「・・・・・・ん~。・・・お父様。また後でね。」
「おうっ!お布団でな!」
「・・・ん!」
「そんな悪い奴がいたのか!?」
「・・・んっ!しつこかったから最後は燃やしちゃった。」
「も、燃やしちゃった!?えぇと…火魔法を行使したの?冒険者のお兄ちゃんに?」
「・・・ん。・・・ちょっと脅すために火種を散らしただけ。なのに驚いて転んで、たんこぶ作って気絶した。・・・最後は門番のボドワンさんに慰められて、巫女長に返済の誓約書かいて許してもらって帰った。」
「切り傷治しに行ったのに、たんこぶ作って借金まで背負って帰るなんて…そいつも災難だったなぁ。」
「・・・むー・・・お金払わなかったその人が悪いんだもん。治癒費の踏み倒しは資格はく奪のうえ極刑もありうるのに、私が無力化したから無罪になったんだもん。」
「そ、そうなの…えらいねフォニアちゃん…」
「・・・ん!・・・・・・ふぁ・・・」
「…ほら、フォニア。そろそろ寝るぞ?」
「そうよ。…お眠でしょ?」
「・・・・・・んぅ。・・・う!?その前にお母様!赤ちゃん!妹!!」
「今日もするの?毎日は必要ないでしょう?」
「こら、フォニア。疲れてるだろう?もう寝なさい。」
「・・・今日もするの。してから寝るの!」
「もぅ、ほら…」
「・・・んふふっ。また大きくなってる・・・」
「ははっ…オレには昨日と同じに見えるけどなぁ。」
「私だってそうよ…」
「・・・そんなことないもん。・・・すー・・・『祈り込めて擁する』ダイアグノーシス。」
「・・・・・・・・・んぅ。・・・今日も・・・」
「…今日も?」
「・・・お母様も・・・妹も・・・・・・元気」
「妹かは…まだわからんがな。」
「・・・・・・いもう・・・と・・・・・・だも・・・んぅ・・・・・・・・・」
「…お休みフォニアちゃん。」「お休み、フォニア。」