Chapter 008_日常①
「・・・・・・・・・ぅ・・・」
う~?
「・・・・・・んぅ~・・・ふぁっ・・・・・・う・・・」
・・・あれ?
さっきまでお布団の中でお父様と、今日あったことをお話して・・・
「・・・っ!」
いけない!!
・・・
・・
・
「・・・おはようございますロジェス先生!」
「遅いっ!」
「ごめんなさい!」
春 某日。時刻は夜明け前。
時計が無いから正確な時刻は分からないけど・・・まだ外も暗い時間に目覚め、着替えて、東の空が明るくなる前に先生の所に向かうのが私の日課だ。
目的は・・・朝練!
「まあ、よし。…チェスを迎えに行くぞ?」
「・・・はい!」
チェスというのは先生が飼っているエディアラ王国産の栗毛の牝馬だ。今年6歳。
訓練も兼ねてお世話したり、先生にくっ付いて乗馬させてもらったりしている。
「・・チェスー!おはよ!」
『ヒュブ!…ヒュブブブブッ!!』
「・・・わわ。今出してあげるから暴れないで・・・」
『ヒュブッ…ヒーヒュヒュン!!』
チェスは先生以外を背中に乗せようとしないし他の人のお世話も渋々受けるような気位の高い馬だ。
子供で体も小さい私はかなり見下されているようで・・・初めは見向きもされず、乗馬しようとしたら暴れ、散々だったけど・・・お世話を続けるうちに徐々に仲良しになった。
そして・・・
『ヒュブブブッ…』
「・・・ん!大人しく鞍も付けたね。いい子!」
最近になってようやく、私一人でもお世話させてくれるようになった。
前世では動物のお世話なんて全くした事なかったけど・・・やってみると楽しいね!
ツンツンしていたお馬さんのお世話を続けるうちに、徐々に仲良くなり、やがて1人と1頭は・・・
『ブフフッ…』
「きゃっ!・・・んふふっ。くすぐったいよ、チェス。」
これがツンデレ攻略の醍醐味か・・・
「…よし!もう1人でできるな?」
「・・・はい!」
「明日からは一人で【厩】に来て、準備して待っていろ。わしは後から来る。」
「・・・う?ひとり・・・で?」
【厩】というのは馬を預かって世話をしてくれる施設(無論、お金を取る)の事。街の入り口にある。
お金持ちや馬を多数所持している人は自前の厩を持っていたりするけど、先生はチェス1頭だけだしね・・・
「そうだ。」
「・・・チェスの、乗馬の準備をしておく・・・という事ですか?」
「そうだと言っているだろう!…すぐに出発できるようにして待っているんだぞ。分かったら返事は?」
「はい!」
先生は次から次へと新しい事を教えてくれるけど、出来るようになると、どんどん任される。
大変だけど・・・その分モチベーションも上がる。
「良し。行くぞ!…乗れ!」
「はいっ!・・・えっと・・・」
いよいよ出発!となったとき、先生は私に乗れ!と言った。もちろんチェスに乗れという意味なんだけど・・・
「さっさと乗らんか!」
「は、はい!・・・チェス。の、乗るね・・・暴れないで・・・」
以前、暴れたチェスから落馬したトラウマがあるので恐る恐るチェスに近づいて・・・
「・・・んしょ・・・っと・・・」
『ヒュブブブ…』
鐙と鞍に取り付いて慎重に乗り込む・・・
幸い、今回はチェスは暴れることなく私を受け入れてくれた。
それはもちろん嬉しい事なんだけど・・・
「よし。行くぞ?」
「・・・」
「…どうした?早く進まんか。」
「・・・あ、足が・・・・・・・・・届かないです・・・」
先生は、いつもチェスの上で足をプラプラさせている私を見ていなかったのだろうか・・・?
チェスは先生の馬だから。当然、付けられている鐙も先生の物。
べ、別に私の足が短いという訳ではないよ!ただ、体全体が小さいだけで・・・
「…牽いてやる。」
「・・・お世話かけます。・・・チェスいく・・・」
『カッポカッポ………』
「・・・」
なんでだろう?
近づいたと思ったチェスとの距離がまた離れてしまった気が・・・
・・・
・・
・
「・・・きゅぅ~」
「………ほれ。大丈夫か?」
「・・・・・・ぅ!?あ・・・参りました・・・」
「…うむ。」
先生の教えは習うより慣れろ。
最初は体力作りの為にマラソンとか準備体操とか魔纏術の方法とか教えてもらったけど、徐々に実戦的になり最近は毎日模擬戦だ。
毎日、私の惨敗・・・
「・・・」
「…これ。そう、へそを曲げるな。」
「・・・曲げてないもん。」
毎日、悔しい・・・
「…今日は惜しかったな。」
「・・・」
朝練は日の出とともに終わりを迎え、家路は毎日反省会。
いつもは背中から聞こえるその声を、今日は斜め前から聞きながら・・・チェスに1人揺られ悔しさを噛み締めていた・・・
「わしも危うかったぞ?」
「・・・うそ。」
「嘘なものか。その剣の扱いもだいぶ慣れたな。懐に入られた時はヒヤッとした。」
「・・・嘘だもん。おじいちゃん余裕で切り替えしてきたもん。ヒヤヒヤな顔してなかったもん。」
「これ。修行中は先生と…」
「・・・もう修行はお終い。」
「むぅ…」
模擬戦では魔法を使っていいと言われている。けど、今の私にはたったひと節しかない第1階位の魔法すら唱える余裕がない。
おじいちゃんに貸してもらった短剣だって、防御の為に構えているばかりで・・・
「・・・頑張ったのに。負けちゃった・・・」
「だが随分良くなってきた。もう少しだ。…もう少しで、お前が得意な魔法を唱える余裕もできよう。」
私は魔法使い志望だから攻撃の主体は魔法だし、ダンジョンに入ればほとんど魔法だけで魔物を退治している。きっと今後も、武器で直接攻撃をする機会なんてほとんど無いだろう。
けど・・・それでもこうやって毎日修行しているのは他でもないおじいちゃんの勧めだ。
「・・・嘘。昨日と同じミスして負けちゃった・・・」
「そのナイフとてお前にはまだ大きい。余裕が無いのも仕方あるまい…」
武器の取り扱いを学んでいるのは、もちろん護身用という意味もあるけど、それ以上に“魔法使いとして”武器に精通していなければいけないからだ。
実はここ、リブラリアでは魔法使いも剣や槍と言った武具を携えるのが一般的。
ゲームみたいに木の杖を持っている魔法使いは・・・どちらかというと少数派だ。
「・・・ナイフじゃないもん。短剣・・・剣だもん!」
「おっと。そうだったな…」
「・・・おじいちゃんの形見の、私の発動子だもん!」
「おい。わしはまだ生きとるぞ…」
魔法使いが武器を持っている最大の理由は、それが魔法行使に必要だから。
ごく低位の魔法や、治癒魔法なら必要ないんだけど・・・高位の魔法となると、自らの体では無く“意思無きモノ”を介して魔法が発現するタイミングや効果範囲、発現座標を決めなくてはならない。
この時必要な道具が・・・【発動子】
「・・・それくらい大事に思ってるって事。それに・・・もうすぐおじいちゃんは私に負ける。そうすれば似たようなもの。」
「ほほぉ…言うじゃないか小娘。…明日も叩き潰してやる!」
「・・・さっき「もう少しだ。」って言ったのに?」
「明日とは言っとらん。」
発動子は“意思無きモノ”であれば何でもいい。
発動子が違っても魔法の効果や威力に直接は影響しないと言われている。
それこそ、道端に落ちているヒノキノボウでだって、使う人が使えば魔王を倒せる極大魔法を放てる・・・という事。
ただ、魔法は術者の気分やイマジネーションの影響も受けるから本当の意味で“何でもいい”とは言えない。
どうせ選ぶなら、術者にとって“良いモノ”・・・手に馴染んで、常に身に着けていて、愛着があって、いざとなったら護身用の武器にもなるモノがいい。
それが一番合理的・・・
それがリブラリアの長い歴史が導き出した最適解。
「・・・明日は私が勝つんだもん!」
「ふふっ…そうだな。その意気だ!ほれ、もう街に着くぞ。今日は…」
「・・・今日は野暮用済ましてから治癒院でアルバイト。だから、おじいちゃんとはここでお別れ。・・・また、夜にね。」
「あぁ。しっかりやって来いフォニア!」
「・・・ん!行ってきます!!」
さぁ、今日も忙しい一日のはじまりだ!!