Chapter 008_スナイパー
「…来たぞ。11時の方向。2人だ。距離は…」
「・・・1,066m。・・・近づくのを待ちます。」
「…了解だ。」
丘の上で待つ事いち時間。
スポッターを務めてくれるジャン伯父様が告げた方向に瞳・・・鷹の目魔法で数十倍に拡大した右目・・・を向けると、馬に乗った2人組が喋りながらこちらに向かって来た。
あの軍服。あの勲章・・・お祖父様に教えてもらった通りだ。
エヴァーナ兵で間違いない・・・
「・・・周囲には誰かいますか?」
「…見当たらんな。これだけ開けているんだ。居ればわかる。」
私達2人がいる丘の周囲はちょっとした林になっているから身を隠すにはもってこい。けど、その先にはずーっと・・・どこまでも大平原が続いている。丘の向こう・・・322mほど先に1本のマロニエの木があるけど、それ以外は本当に何もない。
刈り取られたばかりの畑が地平線まで続く、エディアラ王国らしい景色が目の前に広がっていた・・・
「・・・周囲に味方はいないんですよね?」
「今は別の方角を見張らせている。3km内にはいないな。」
「・・・なら・・・安心です。」
「安心?」
「・・・大きな発砲音がするので、馬が・・・驚きます。」
「…そうだったな。」
「・・・638m。・・・そろそろ静音魔法をお願いします。」
「…よし。ふぅ~…『柳の願い 風の森を往く』サイレント…」
伯父様が唱えたのは風属性第2階位の静音魔法。
隠密行動時に対象(隠密行動をする人)が立てる音を消すために使われることが多いんだけど・・・
『ブフッ…?』『ブブッ‥』
発現すると、対象“にも”周囲の音が届かなくなる。つまり、相手から聞こえなくなるけど、自分も聞こえなくなるという事。
この効果を利用して、今回みたいに耳栓代わりに唱えることもあるのだ。
「…よし。」
「・・・584m。・・・そろそろ伯父様も伏せて下さい。」
「…分かった。」
これから何をするのかと言うと、予想通りだと思うけど・・・というか、タイトル通りなんだけど・・・スナイピングだ。
やり方はこれまでと同じように、鉛弾魔法で造った銃弾に点火魔法で火をつけて発射するというもの。
違いと言えば、鷹の目魔法で視力を大幅に強化することと、射程を伸ばすための工夫をしている・・・という事かな。
因みに、距離が正確に分かるのは鷹の目魔法の効果。
風属性第3階位のこの魔法は瞳の前に疑似的なレンズを生み出し、遠くのものを見るという魔法なんだけど・・・風属性なのを良いことに、音速と光速の速度差を利用して距離を計測する・・・いわゆる音響距離計の原理で距離を計測できるように魔改造してある。
見ている対象が全くの無音だと距離が分からないけど、生物なら拍動。植物なら梢の騒めきで計測可能だから問題ない。光が見えない完全な暗闇も計測不可になっちゃうけど・・・そんな条件下では、そもそも鷹の目魔法が役に立たないから関係ない。
ジャン伯父様から、後で教えて欲しいと頼まれている・・・
「・・・532m。」
今の所、スナイピングの実績がある距離は1,000mちょっと。
でも、今回みたいに複数人数・・・しかも、出来れば生け捕りにしたい・・・という条件まで付くと、その射程は500mにまで短縮してしまう。
今回は更に安全をとって、300mと少し・・・あのマロニエの木まで敵が近づいてから撃とうと思っている。
「・・・497m。・・・ジャン伯父様。そろそろ・・・始めます。」
「あぁ。後は…頼んだ。」
「・・・イエッサー。・・・頼まれました。」
私の言葉に応えてくれたジャン伯父様が隠れたのを気配で察知してから・・・
「・・・すー・・・はぁ~」
・・・450m。
伏せた体勢で、お祖父様のランスにギュッとしがみついて・・・
「・・・『老い錆らし囚人・・・』
囁くように・・・唱えた
『・・・閃け』レド・バレット」
381m
『イィィィ――――』
発射音が煩い・・・とは言ったけど、3年前より改善している。
あのままでは魔物にすぐに気づかれてしまうため、静かにする必要があったのだ。
具体的には、仮想バレルをこれまでよりずっと太くて長い物に・・・異世界のサイレンサーのような・・・大きな空気のクッションで弾を覆い、銃弾のスピン音と発射音を減音している。
ちなみに、静音魔法を使えば消音できるのは?って思うかもしれないけど・・・それをやると弾の周り全体(仮想バレルは筒の形をしており、弾の前後方向を覆っていない)に音の(空気の)壁が出来ちゃうから発射時に障害となり、威力減衰と精度低下に繋がっちゃうんだよね。
だからそれは、威力も精度も無視できる近距離専用の技・・・かな。・・・今のところは。
374m
「・・・すー」
349m
「・・・はぁ~」
339m
「ごくっ…」
325m
「・・・『火種よ』」
324m
「インジェクションっ、」
323m
「ファイアァァァ―――――!!!」
322m
『ブフッ…』『ブルルッ…』
・・・
・・
・
…
……
………
「なぁ~、エロワぁ…聞いてくれよぉ!」
「…さっきから聞いてるだろう、カミーユ!」
カミーユはオレと同期だが結婚したのは俺より早く、5年も前になる。しかし…なかなか子供が出来なくて苦しんでいた。
だがつい先日。ようやく1人娘が生まれた。
勿論オレは祝ったさ。オレの嫁…シュゼットと共にな。
だが、こいつは1回の祝宴じゃ物足りないようで、その後も繰り返しうちに来ては自慢話をしていった。
戦時に不謹慎と言われればその通りかもしれんが…ま。気持ちは分からんでもない。オレも相手してやったさ。
だが…
「だってよぉ~!オレのシルヴィが可愛くてよぉ!!早く帰って抱っこしたいよぉ!!」
だが、さすがに任務中にこの態度はマズい。
…ったく。
しかたねー奴だぜ…
「だったら、さっさと行くぞ!ほらっ!!速く敵陣に近づいて…今日も追い払われて、成果無し…って報告すればいいだろう!!」
オレ達は軽騎兵…斥候だ。ニヤケながらでは敵陣監視どころか、その接近にも気づけない。
気が緩んでいるのはマズい。
「…お前っ。天っ…才っ!」
「アホか!」
無事に帰ってやらないとサラだって、自慢のシルヴィだって…オレのシュゼットだって。…悲しむだろ?
「…ほらっ!気ー抜くな!」
「アイアイ!」
…だから油断は禁物だ。
………
……
…
「あ、あれ?今日は…ずいぶんと来ちゃったな。」
「…あぁ。」
いつもならもっと…線路を眺める“あの”丘から数km以上離れた場所でラエンの騎兵に見つかって逃げ帰るというのに、今日はその気配も無く。丘の近く…マロニエの木の手前まで来てしまった。
「…どういうことだ?他の班に気をとられでもしたか?」
今回はオレ達とは別に、もう2班が斥候に出ている。
数が多い方が得られる情報も多くなるし、かく乱にも使えるからな。
だが、敵陣営が敷かれているはずのラエン駅に真っ正面から向かっているオレ達がこんなに接近できるなんて…
「分からんが…待ち伏せかもしれん。…用心するぞ。」
「あ、あぁ………」
敵の鷹の目を掻い潜った成果か、それとも罠か…それは分からない。
だが、警戒するに越した事は無い。
もっとも、仮に罠だとしても敵が隠れ潜むことが出来る場所なんて目の前のマロニエの木か…あるいはずっと先の丘だけだ。
1本のマロニエの木に隠せる兵力なんてせいぜい1人。距離がある丘なら襲われたとしても…逃げ切れる。
「マロニエの木は…うん。大丈夫だな。」
少し迂回してマロニエの木の裏を調べたカミーユは、すぐに戻ってそう言った。
カミーユは魔力の動きに敏感だ。仮に魔法で敵が隠れていたとしても見つけられる。その為の魔道具だって携行している。抜かりはない。
「…よし。一度、馬を下りて丘を調べよう。」
「そうだな。安全第一だ!」
木立の前まで来たオレ達は馬を下り、周囲を警戒しながら前に進み…
「…ごめん。ちょっと水飲むわ。」
「分かった…先に鷹の目で調べとくわ。」
「頼んだ。」
「頼まれた。」
水筒に手をかけたオレの横で、カミーユは片膝を立て…
「…すー『鷹の願い 地平を臨み 原始の森を往く』」
鷹の目魔法を唱えた。そして…
「ホークア…」
あとは、キーを唱えるのみ…その時だった。
「…いっ!?」「は?」
丘上の茂みから…一瞬の閃き!?
『ドグヴァォアォッ!!』
直後、ナニカが弾け飛ぶ轟音。
「がぁっ!!」
足元に感じた赤い熱。
「はぁっ!?」
瞳に映った夏の空と・・・マロニエの花。
『ゴッッ!』
後頭部に感じた強烈な衝撃。
『タァァアァーーーーーーンッッッ………』
薄れゆく意識の中で聞こえた…甲高い音。
林檎です!
皆さん。
いつもご覧いただきありがとうございます。
2nd Theoryに入ってからというもの、本当にたくさんの方にお目通りが叶い、嬉しい限りです。
私の拙い文章でも皆さまのお暇つぶしが出来るのなら・・・幸甚です。
まだまだフォニアの冒険は始まったばかりですので、
もし、お楽しみ頂けたのならば「次」もお願いいたします。
・・・よろしくね:)




