Chapter 005_再会と出逢い。
カレント2,181年 金海の月20日。天気は晴れ。
「・・・う?」
「あらっ!?」
汽車を乗り継いだ私は、故郷【ルボワ市】が所属する【ノワイエ領】の最寄り駅である【ラエン領】の【ラエン駅】に辿り着いた。
ここからノワイエ領まで、馬でも最低6日。
ど田舎ルボワまでだと、さらに10日、上乗せだ。
だから焦ったって仕方ない。
夕陽で茜色に染まるラエン駅に併設されているお宿に今日は泊って。明日の朝。馬をレンタルしてのんびり帰ればいい。そのつもりだった。
けど・・・
「騎士団が…布陣しておられますね!?」
線路に沿って沢山の騎士さんが並び、ジッ・・・と。沈む夕日を見つめていたのだった。
さらに、騎士さん達の後ろには天幕や焚火もあり、そこでは休憩している歩兵さん。馬の世話をしている騎兵さん。談笑しているおじ様達の姿も見えた。
槍や弓も沢山並んでいた。
模擬戦なのか・・・剣を振るい合っている歩兵さん達もいた。
どこからどう見ても。陣を張っているようだった・・・
「な、何だというんだ!?」
「ラトラブール駅(ラエン駅の一つ手前にあるラトラブール領の駅。地理的に言うと、ラエンの北)ではこんな事になってなかったのに…」
一緒に汽車を下りた人たち(リブラリアの汽車は1駅走るのに丸1日かかり、朝出発して夕方到着・・・というダイヤ編成をしている。このため、途中下車する場合も、もっと先の駅を目指す場合も。どちらも駅に着いたら汽車を下りて、お宿に泊まらなければならない)も、物々しい雰囲気に驚いていた。
「せ、戦争…内戦か?」
「どうだろうな…?」
「またかよぉ…」
実は私の故郷エディアラ王国は戦争が多い国だ。
戦争の一番の理由・・・原因・・・は、南西部で国境を接するエディアラ王国長年の宿敵【ラヴェンナ王国】にある。
ラヴェンナ王国とエディアラ王国は、文化も宗教も民族さえ違う。だから考え方が根本から違っていて・・・お互いにお互いを誹謗中傷したり、迫害したり、虐殺してきた歴史があるので非常に仲が悪い。
さらにマズい事に彼の国は肥沃の大地を持っているため、農業大国である母国にとっては魅力的で是非とも手に入れたい土地でもある。
そしてラヴェンナ王国からすると、エディアラ王国の王都【エディステラ】が宗教上の聖地であり、是が非でも手に入れたい重要な場所なんだそうだ。
この為、度々両国は相手国に攻め入り・・・実際に何度か吸収し・・・その度に抵抗され・・・独立され・・・また戦争を仕掛けて土地を奪い・・・取り返され・・・を繰り返してきた。
2,000年以上もの間。断続的に・・・ね。
両国の関係は修復不可能な所まできている。
エディアラ王国とラヴェンナ王国の未来は・・・
①この先もずっと争い続けるか。
②どちらかが滅びるか。
③両方滅びるか。
・・・その3択だろう。
最近では、ちょうど私が生まれた年・・・11年ほど前・・・に、ラヴェンナ王国はエディアラ王国に所属していた【グラハ領】を襲い、クーデターを起こして独立させ、事実上の傀儡国家に仕立て上げた。
41年前にヴォ―チェ領が【ヴォ―チェ公国】として独立したのも。54年前に【カーナリア公国】が独立したのも。すべてラヴェンナ王国の仕業・・・と、言われている。
「お客様!ご安心くださいっ!!これは戦争ではないそうです。騎士団の方々は彼の国の不穏な動きを察知して警戒して下さっているだけです!!宣戦も出ておりません!!なにより、宿は安全です!!通常営業しておりますので、どうぞお寛ぎくださいませ!!」
お宿の従業員の人たちが乗客を迎えながらそう、訴えているけれど・・・
「戦争じゃ…ない?」
「でも。現に騎士様が…」
「あ、安全…だと?これがか!?」
数百人の騎士が並ぶその光景を前に、乗客たちは不安でいっぱいだった。
もちろん。私も・・・
「で、でも…」
「このまま外に居ても仕方ない…」
けど、他に出来ることも無くて・・・
納得いかない胸を抱えながらも、続々とお宿へ入っていくのだった・・・
「・・・あれ。ノワイエ騎士団の軍旗。」
そんな中。天幕の合間に見覚えのある胡桃のマークを見つけた。
「えぇっ!?じゃ、じゃあ…ひょっとして、お嬢様の御家族様が…」
ラエン領はノワイエ領のお隣。地理的に近い事もあって昔から仲が良く、交易も盛んで騎士団の交流も多い。いわば・・・友好都市だ。
だから、ここにノワイエ騎士団がいる可能性も高いと思っていた。
「・・・行ってみる。」
「は、はいですっ!…あ、ボーイさん!荷物はお部屋にお願いしますねっ!!」
「かしこまりました…」
私はローズさんと共に旗の下へ向かった・・・
・・・
・・
・
騎士団の天幕に近づいた私は、沢山の騎士さんに包囲され「お家にお帰り…」と、優しく諭された。
けど・・・ノワイエ騎士団長の孫であることを告げると、すぐに取り次いでもらう事が出来たのだった。どうやら、私が来ることは事前に知られていたようだ・・・
そして数分と待たずに見知った顔・・・ロクサーヌさんとジャメルさんが駆けつけてくれたのだった。
挨拶もそこそこに、お祖父様のいる天幕へ連れて行ってもらい感動の再会を・・・と、思ったら。
「…何しに来た。」
これである。
「・・・お祖父様!進学の為に帰郷する旨。お手紙でお伝えしたはずです!ロクサーヌさんも・・・ラエン領の騎兵さんすらご存知でした!!何しに来たのか・・・なんて。あんまりです!!」
「あ、あははは…」
まったくもうっ!
「…忘れた。」
「・・・では今、改めてお伝えしますっ!!学校に入る為にお祖父様の推薦状を頂きに上がりました!!一筆お願いします!!」
「…面倒だな。」
「・・・面倒でも書いてください!!お手紙では「構わない」と仰っていたじゃありませんか!?・・・お願いします!!」
「…後にしろ。」
「・・・う~~~!!!」
もうやだこの人!面倒なのはこっちだよぉ・・・
「お、お嬢様ぁ!…も、申し訳ございません!ベルトラン様。」
「…ふんっ。」
「ま、まあまあ…落ち着いて下さい。お嬢様…」
「今は非常時でして…」
お祖父様に跳びかかろうとしたらローズさんに羽交い絞めにされ、諫められ。ロクサーヌさんとジャメルさんにフォローされた私に、お祖父様は・・・
「まったく…ちょっとは成長したかと思ったら、これか。」
「・・・うーー!!!」
余計なお世話だ!
ローズさんの腕の中で唸っていると・・・
「…はぁ。」
お祖父様はため息を一つ。そして・・・
「…後で書いてやると言っているだろう?今は待て。…戦時だ。」
・・・そう告げた。
「・・・うっ!?」
「せ、戦…時!?」
だって、さっきお宿の人が・・・
「極秘情報。…侍女さんも。」
「・・・ぅ、ぅん・・・」
「はいです…」
ロクサーヌさんの言葉にジャメルさんが声を潜めながら続けてくれた・・・
「…エヴァーナでクーデターが起こりました。領主であるブランシュ・デュック・エヴァーナ・カレ閣下が騎士団長であるジャコブ・ビコント・ルニエ様に処刑された…とのことです。」
ク、クーデター!?
騎士団長による領主討ち・・・も、もしかして・・・
「・・・ラヴェンナ?」
「十中八九…な。」
「詳細は調査中ですが…」
「グラハの時と構図が同じです。タイミングも…。…そう遠くないうちにバレちゃうだろうけど、今はまだ公にする事が出来ないんです…」
そんな・・・
こ、こんな身近な場所で・・・戦争・・・
「…で、小娘。お前…」
お祖父様が私に何かを言おうとした・・・その時だった。
「おやっ!本当にいたよ!いやいやいや…」
「・・・う?」
見知らぬデカいおっさんが抑揚のある声でそう言いながら天幕に入って来たではないか。
「いやぁ~!君が噂のっ!…おやっ!本当に黒い瞳だねぇ!!いで立ちもまさに魔女!!いやいやいやいやぁ~…」
騎士団長であるお祖父様が控える天幕に平然と入って来たんだから、それなり以上の人なんだろうけど・・・
「・・・うぅっ!?」
外が暑いせいもあるけど・・・このオッサン。テッカテカ!汗びっしょり!くさい!!
そんなオッサンが私に接近中!?いやぁ~ん!
「ちょ、ちょっと!し、失礼ですがお嬢様にあまり…」
嫌がる私に気付いたローズさんが間に入ってくれた。
すると、思わぬところから思わぬ声が・・・
「…お、お父様っ。お父様臭いっ!ま、魔女様…嫌がってるよ。止めてあげ…て!」
オッサンの足元から、戦場におよそ似つかわしくない可愛い女の子の声が聞こえたではないか!?
声のした方を見つめると、そこには・・・
「なんと!?さっき水浴びしたばかりなのだが…」
群青の髪に群青の瞳。
「もう一回か…な。」
青い薄手のワンピースを羽織り、雨も降っていないのに群青の傘を携えた女の子が・・・
「き、厳しいなコレット…」
「私も…イヤ。」
「!?!?ちょ、ちょっと待っていてくれフォニア卿!!コレットォ、済まなかったぁ~!!」
「あっ……っ!!」
自らオッサンを追放したのに…所在なさげにキョドったその子は、大慌てで傘を開き身を隠した。
そしてその隙間から私を・・・か、かなり恥ずかしそうに、真赤になって伏し目がちに見ながら・・・
「…は、は…初め…まひて。ば、ばばばばばーんしょの…ま、ままま、まじょ…しゃま…。」
ゆっくり。ゆっくり・・・時間をたっぷりかけて・・・
「こ…………コレッ………ト…だよ。」
「・・・初めまして。コレットちゃん。」
「はひっ!はじゅめまひて!!ごきげんうるわしゅごじゃひまふは!?」
かみっカミの挨拶をしてくれたのだった・・・・




