Chapter 002_錬金術師
林檎です。
ちょっと読みづらい箇所があったので、言葉遣いを直してルビを追加する
・・・改稿を行いました。(21/10/27 20:50)
・・・よろしくね。
「お、お前さん…まだ学校すら卒業していなかったのかい!?」
「・・・」
最初に挨拶に来たのはゴーレの貧民街にもほど近い、
日の当たらない路地裏にある知る人ぞ知る“アトリエ”【ルシェッツ】だ。
リブラリアでアトリエと言えば・・・もちろん芸術家の仕事場という意味も
あるけど・・・“錬金術師のお店”を指すのが一般的。
ここ、ルシェッツも同じだ。
水晶のガイコツや蝙蝠の翼のような物。天井から逆さ吊りにされた
不気味な人形やゴテゴテでトゲトゲの甲冑など・・・
用途不明の怪しげな物品が散乱する室内は、一見すると呪術師の呪いの館の
ようでもあるけど・・・これでもれっきとした、リブラリアを代表する
“大”錬金術師【嘘】様の魔道具を販売する小売店だ。
店舗に置いてある物が売れた事なんて、これまで1度も無い
(工房で作った“売れ筋製品”は、商人に直接引き渡しているので、
店舗には置かない)けどね・・・
因みに、リブラリアの錬金術は「薬学」「魔道具」「冶金」
「鑑定」・・・などなど、専門分野に分かれている。
全部やってる人もいるらしいけど・・・少なくとも私、そして嘘様は
【魔道具】が専門の錬金術師だ。
「お嬢様は、まだ10歳です!」
私に代わって、そう反論したローズさんに
「嘘言うんじゃないよ!お前さんのような子供、見たことないね!」
なんて返してきた・・・初夏だというのに汚れたローブを着込んで
フードまで被っている、このお鼻の高い怪しげなお婆様こそ
錬金術師【嘘】様であり・・・私の“錬金術”のお師匠様だ。
「…大方、若返りの薬でも作ったか…あるいは魔法でもかけたんだろう?
…これだから魔女は困る!」
「・・・3年も弟子をしていたのに。今更、そんなコト言われるなんて
思ってなかった・・・」
「あ、あははは…」
私がどうして嘘様(因みに本名はヴェロニカ様という。でも、仕事中の
錬金術師は【銘】で呼ぶのが慣わしだから、滅多にその名で
呼ぶ事はない。本名で呼ぶと怒られる)の弟子になったのかというと、
ドワーフ王国に行った時。現地の錬金術師さんと仲良くなれたので
興味があると話したところ、紹介してもらった・・・というのが、
その理由。
「どこへでも好きに行けばいいけどネ。若返りの秘密を置いてからにしなよ!」
「・・・秘密と言われても・・・そんな薬も、魔法も知らない。」
「じゃあこの話はナシだ!あたしの仕事を手伝いなよ!」
こんな事言っているマイスターだけど、錬金術の事なんて右も左も
分からなかった私に一からその技を教えてくれた優しい先生だ。
【コピー機】をはじめ、これまでのリブラリアには存在しなかった
魔道具を作る事が出来たのは紛れもなくマイスターのおかげ。
そして錬金術の面白さを教えてくれたのもこの人。
モノづくりって楽しいね!
「・・・それは困る。」
「ふふふっ…【烏】ちゃんが居なくなるのが寂しいだけよ。…ねー?マイスタぁー?」
「いやぁ…きっと本気だぜ!?自分はシワくちゃのババァだからな!」
話に加わってきたのは背の高いお姉様と、ちょいチャラな人間の
お兄ちゃん。名前は・・・
「そんなわけあるかいっ。いい加減な事言うんじゃないよ【鏡】!?…バカ【狸】はお黙りよ!!」
お姉様は【鏡】ちゃん。お兄ちゃんは【狸】君という。
2人とも嘘様の弟子であり・・・私にとっては妹/弟弟子に当たる。
年上だけどね・・・
「もうっ…マイスターったら意地張らなくてもいいのにぃ。私は烏ちゃんと会えなくなって寂しいわ…」
「・・・私も寂しい。」
「烏ちゃん!」
「・・・鏡ちゃん!」
「「(・・・)ハグゥー!!」」
鏡ちゃんは私がここに来て1年くらい経ったある日。エマール商会の紹介で
アトリエにやって来た女の子だ。
始めは私の開発したコピー機に興味を持って来てくれたんだけど・・・
当時の私は修行中で、弟子をとれないと説明したところ、
それなら嘘様の弟子に・・・という事で妹弟子になった経緯がある。
因みに彼女はエルフの父親と人間の母親を持つ・・・いわゆるハーフエルフで、
名前はスーラちゃんという。歳は知らない。
超が付くほどのワイン好き。
「…だったら鏡。お前はその子に付いていくといいさね!」
「やーよ!鏡映機(鏡ちゃんが開発中の鏡のような魔道具。映した映像を対の鏡に写す事ができる。)がもうちょっとで完成できそうっていうのに…こんな所で投げ出したくないわ!!…もうっ。マイスターったら本当に意地悪なんだから。」
経緯はどうあれ、鏡ちゃんはマイスターの下で毎日楽しそうに
酔っぱらいながら仕事をしている。
それに彼女は、材料の発注や製品の出荷を任せられている敏腕さんで、
このアトリエに無くてはならない人物だ。
本人には辞める気なんて無いし、マイスターも本気で言っている訳じゃない。
「…ふんっ。煩いのが居なくなれば清々するのにねぇ。」
「ふーんだ。うるさくてわるぅございましたぁ~!」
仲良き事は美しきかなぁ・・・
「…ところで烏ちゃん。学園に行ったらグランドマイスターのところに行くんだっけ?」
そう聞いてきたのは狸君。
彼はまだマイスターの弟子になって半年くらいしか経ってないけど、
面白い魔道具のアイデアをバンバン生み出す、期待の新星!
まだ商品化した製品は無いけど・・・きっと凄いものを作ってくれるに
違いない!
因みに本名はエルモライ君で、歳は16歳らしい。本人は何にも云わないけど・・・
言葉とは裏腹に所作が礼儀正しくて、貴族っぽい。
「・・・ん。そのつもり。」
グランマイスター・・・とは、師匠“の”師匠の事。
嘘様の師匠はエルフの女性で、銘を【錘】様と言う。
この人は錬金術師界のレジェンドの一人なんだけど、学園のある
王都エディステラにアトリエを構えている。
「じゃあじゃあ!今後も活動を続けるのね!?」
「・・・そのつもり。・・・まだ改良したいし・・・」
「か、改良って…【卵】の事だよね?あんなに完成度高いのに、まだ弄るの?」
私がここで開発した製品の中で一番のヒット商品が、狸君が言った
【卵】という魔道具。
某地獄谷で売っている温泉卵みたいな真っ黒な卵型をしているから
ピッタリでしょ?
どんな製品かと聞かれれば・・・“魔力バッテリー”と言えば分かるかな?
技術の名前で言うと“蓄魔装置”という。
「・・・ん。もうちょっと改良すれば持っているだけで勝手に魔力を蓄えてくれる抱卵機能をつけられると思う。それができたら次は・・・蓄魔に未対応の魔道具にも、卵に蓄えた魔力を使える托卵機能をつけたい。」
製品化されて2年経ち、みんなの協力もあって市場での売れ行きも絶好調
なんだけど・・・使われていく中で新しいニーズや改良点が浮き彫りに
なるのがモノの性。
これまでにもたくさん改良を加えて・・・例えば、売り出し当時は1つしか
なかったサイズのラインナップを増やして・・・きた。
今回の改良に関しても、蓄魔作業(魔力の充填作業には数秒かかり、
神経の集中も必要とされる。)を短縮したいという冒険者さんの意見や、既存
の魔道具にも使いたい(今の所、蓄魔に対応している魔道具にしか使用できない。
それでも普及率が高いし、魔道具を卵に対応させるための技術を公開しているから、
多くの錬金術師さんが蓄魔対応魔道具を作ってくれるようになった)・・・という
ユーザーさんの意見を取り入れて改良案を立てたのだ。
「…まぁ。狸は烏を見習うべきだネ。お前さんはアイデアが多いのはいいが…実験がうまくいかなかったからって簡単に投げ出し過ぎだよ!失敗しても、もう一度よく考えてみな。」
「お、おぅ…」
「…それと鏡もネ。いつまで実験しているつもりだい!?市場に出さなきゃ分かんない事もあるだろう!?お前さんが課題だと思っている所も、もしかしたらユーザーは気にしないかもしれないじゃないか!」
「………う、うん…」
2人にも頑張ってほしいよね・・・なんて。ちょっとだけ先輩面してみたり。
「・・・」
ホッコリと2人を眺めていると・・・
「…それとね烏。」
「・・・う?」
マイスターからお呼びがかかった。
・・・私も怒られちゃう?
「…コレと、コレ。」
「う、う・・・う?」
マイスターがおもむろに投げてよこした2つの封筒をキャッチ。
なんだろう・・・?
「…持っていきな。」
「・・・くれるの?」
「何でしょうか?…お手紙?」
1つは本当に手紙の様だけど・・・もう一つは分厚く膨らんだ紙包みで、
ただの手紙じゃない。
ローズさんと2人で眺めていると、マイスターは
「1つはあたしの師匠…錘様への紹介状だよ。会ったら渡しな。」
なんと!紹介状を書いてくれていたなんて・・・
「もう一つは…まあ、祝いだ。開けてごらん。」
「・・・ん。」
「…はい。お嬢様。ペーパーナイフです。」
「・・・ありがと。」
ローズさんからペーパーナイフを受け取り包を開けると・・・
「箱…ですか?」
「こ、これって…」
「ごくっ…」
包みの中からは高級感のある革製の黒い箱が出て来た。
もしかして・・・
「・・・」
中身の予想がつき、姿勢を正して蓋を開けると・・・
「や、やっぱり…」
「銘印…。羨ましぃ…」
リブラリアの錬金術師は師匠に弟子入りすると【銘】と呼ばれる・・・
ま。自分のブランド名・・・を慣習としてもらい、自分で開発した製品に
刻むことが許される。
そして免許皆伝になった時、その証として師匠から銘が掘られた
ハンコを貰うのだ。
「・・・ありがと。マイスター。」
「…もう師匠じゃないよ。」
銘印は製品にハンマーで打ち付けたり、焼印として押し付けて使うものだから
金属で出来ているのが正規品。
しかも・・・
「・・・すごい。【鑑】様の逸品だ!・・・うれしい。ありがと!」
「ふんっ。…まあ、お前さんのお陰で稼がせてもらったからね。」
【鑑】様というのはドワーフの名工で、銘印造りの大家だ。
むちゃくちゃ高かったはず・・・
「…せいぜい頑張るんだね。」
「・・・ホントにありがと!・・・頑張るね。」
「ふんっ…」
錬金術師としても・・・頑張らなきゃね!




