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まほー(物理)  作者: 林檎とエリンギ
1st Theory
54/476

Chapter 052_セプテンアルケーの蜘蛛

『…』


気付けば蜘蛛はそこに居た。

ここがどこかなんて知らない…いや、知る必要も無い。

ただ、目の前にあったうまい餌を食べたところ、何かが起きて…こうして、自分という存在を自覚しただけだ。



「「「「「きゃぁぁー!!」」」」」

「し、進化だ!進化したぞ!!」

「ま、マズい!恐らく…マザータランテラだ!!逃げろっ!!」

「くっ…魔物に占拠された施設を有効利用しようと使い始めた途端に、これか…。やはり、魔女は呪われているな…」

『…?』


目の前では小さな獲物が騒ぎ立てていた。



『ギッ…』


「は、早く逃げろ!!」

「こいつらはどうする?」

「そんなもの…そのままに決まっているだろう!いい囮だ!!」

「おい、行くぞっ!!」

「お、おうっ!!」


狩りを…とも思ったが、生まれて初めて感じた満腹感に満たされていた蜘蛛は反応が遅れ、その隙に獲物の何匹かが何処かへと行ってしまった…

だが…まあ、いい。



「そっ…そんなっ!!」

「わ、私達は…っ」

「あぁぁぁ~…お母様ぁ…助けてぇ…」

「こ、こんな最後なんて…あんまりよっ…」

「お、お助けをっ…誰かっ…誰かぁ!」


こうして、餌はまだあるのだから…







『ギギッ…』


それから幾年月が()ったか知れない…

最初にあった餌のお陰で数匹の子供を生むことができた蜘蛛は、その後は周囲の動物を狩って食いつないでいた。

ごく稀にうまい餌が手に入る事もあったが…そんなのは数年に一度、あるか無いかの事だった。

あと少しで自分が次のステージに上がれる予感を感じながらも、それが出来ずに、ただ本能が命じるがままに生きていた。


厳しい冬もあったし、他の動物やうまい食料の反撃に遭うこともあった。子を失う事も数多(あまた)にあった。

だが…どうにかこうにか、生きてきた。


しかし…



「り、リーザ!!アリューシャ君っ!!」

「後にしろペチカ!今はこいつに集中するんだ!!」


この時ばかりはさすがに、もう後がなかった…



『ギュギ…』『ギギギッ…』


長い年月をかけて大きく成長した2匹の子供は動けなくなっていた。

まだ死んだわけでは無いが…



『ギ…』


蜘蛛はその本能で、逃げ出すことが出来なかった。一度決めた巣を変えられない…それがマザータランテラに課せられた本能という名の(かせ)だった。



「『滝よ そなたは…』」


やるしか…なかった。



『ギギッ!!』


それは蜘蛛にとって、最後の賭けだった。



「なっ!?ペチカっ!!」

「えっ!?」


不味そうな餌が立ち止まった隙をついて、蜘蛛は先程から一考に攻撃を仕掛けてこない、うまそうな餌に歩脚を突き立てた!



「きっ…がぁっ!?!?」

「ペチカぁ――――――――!!」


自分の持てる最大の力で、最速の攻撃を放った蜘蛛の腕は、餌の持つ大きな何かの脇をすり抜け、餌の体の中心を縫い留めた!

さらに…



『ギッ!!』

「がはっ!!」

「なっ!」


餌を貫いた脚と、その対になる脚を支えにして無理やり尻を前に突きただした蜘蛛は、隙だらけになっていた不味そうな餌に向けて、渾身(こんしん)の糸を放った!!

勢い余り軸としていた1対の脚をへし折ってしまったが…これが、知恵の少ない蜘蛛が考えた、今の自分に出来る最大の攻撃だった。


失敗すれば残りの脚でこの動物に抗う事など出来ないだろう…それも覚悟の。本当に、最後の抵抗だった…



『ズズ―ンッ!!』


倒れこみ、傷を負いながらも…



「ぐあっ!!な、なんだこれはっ!!?」


蜘蛛の渾身の…最後の攻撃は幸を成し…



「ぐっ…ゴボッ……」


生きる為、傷を治すため…


『ッ…ギッ…」

「っ!?っっ!!?!?!がはっ!あ゛ぐっ゛gggゴッ!?!?!?!…………………」



「はっ!?ぺ、ペチカァァァァァーーーーー!!」


本能の赴くままに…


『ブシュッ…ゴッ…』

「あああぁぁあぁぁぁぁーーーーーーー!!!!」

『ガジュ…』


………

……






「く、くそっ!!くそくそくそくそっっ!!!そんな…そんなっ!!!」


「はぁ…はぁ……あ、危なかった…わ……………」

「呪われろ!!呪われろ魔物っ!!死ねぇぇええぇぇぇえぇ!!!」


「…ふっ…ふふふっ…あっははっはははっっーーーー!!!!!!!」

「こ、こんな…こんなことがあっていいのかぁぁぁぁ!!!!!!!」


うまそうな餌は………飛び級にうまい餌だった。

豊富な魔力。確かな知識。


遂に、待ち望んでいたこの時が…



「…そう。この子は…ペチュカっていうのね…。」

「なっ!?!?ど、どこでその名をっ!?ま、まさか…記憶まで!?あぁぁっ、あぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!死ねぇ!!死ね死ね死ね死ねェェェ!!!」


「じゃあ…今から私はペチュカ…セプテンアルケーのペチュカ姫…ね。」

「ふざけるなふざけるなふざけるなふっざけるなぁぁぁぁっぁああああああ!!!!」


「あぁ~………美味しかった。この子、珍しい味をしてるわね。ふ~ん…ふふふっ。“治癒術”っていうのかぁ…。これはこれは…当たりを引いたわね。こればっかりは、運だからなぁ…」

『ギッ…』『ギュ…』

「あぁ…可愛いわが子。いま、お母さんが治してあげますからね…」

「呪われろ呪われろ呪われろぉぉぉぉ!!!!!」



「…痛かったね。よく、頑張ったわ。偉い偉い…」

『ギー…』『ギュー…』

「こんな事が…なぜだっ!!!なぜだぁぁぁあーーーーー!!!」


「ふむふむ…この子、何で自分じゃ使えない…火魔法?…の知識なんて持っているのかしら?…変な子ね?…ねぇ。そこの…えぇと…あぁ!ヴァル兄!!」

「っ!?!?!ふ、ふ…ふふふっざけるなぁぁぁーーーーーーー!!!!!」

「なによヴォル兄?ちょっと聞きたかっただけなのに…なーんて!…本当は聞く必要なんて無いんだけどね!!ペチュカはお母様が大好きだから…でしょ!?…うふふふっ!」

「返せっ!!!返せ返せ返せぇぇぇぇ!!!!」

「あら?…私は…ペチュカは。あなたのモノじゃなくってよ。ヴァル兄ぃ!」

「その名を呼ぶなぁぁぁあ!!!!」

「あっははははーーーーー!!!」



予想に反してヴァル兄は美味しかった。


周囲に倒れていた…えぇと…リーザちゃん?もそこそこ。次が…レッサーちゃんに倒されたザコザコのポタ君。アリョーシャ君は…まあ。ないよりマシって程度かしら?


とはいえ、ペチュカのお友達のお陰で私の傷も癒え、千匹ちょっとの子供を生む事もできた。



「さぁ!子供達!!森に行ってご飯を取ってきて頂戴!!傷付いたら、すぐにお母さんが治癒してあげますからね!!」

『『『『『ギッ!!』』』』』


ペチュカの能力は…それはもう、大いに役に立った。

子供の消耗を半分以下に抑える事が出来るのだから、それは当然の事だった。それに…



「う~ん…。みんなの首をとって置いたのはいいけど、特にヴァル兄とリーザちゃんにいきなり試すのは勿体ないなぁ…。糸繰は難しいから練習しないと。実験が必要ね…」

『ギッ!』

「…へ?」

『ギギュッ!』

「ほ、ほんとっ!?ホントに次の人間の餌を捕まえてきたのっ!?」

『ギギッ!!』

「みんないい子っ!!」

『ギュ///』


それに治癒術は、時々子供たちが持ってくる人間の餌で糸繰の練習をするのにうってつけだった。限界はあったけど・・・壊しても、また治せるなんて素敵!

なにより…



「ふふっ…この子ってば、赤い瞳なのにこんなに魔力が少ないなんて…あぁ、かわいそうに。でも大丈夫!私があなたの可能性を引き出してあげるから!!」


なにより、素体融合は素晴らしかった。

進化した瞬間にその可能性に気付いていたけれど…本当にできた時は、声を上げて喜んでしまったほど!



「ふふっ…ふふふふふ…」


私の王国は繁栄する…それは間違いなかった。

これが笑わずにいられるだろうか?






けど…今思えば。これが良くなかった。

私は本能に従って…調子に乗って。巣を拡張し過ぎてしまっていた…



「えっ!?人を…に、逃がしたですって!?」

『ギュー…』

「すぐに追いかけて始末なさい!!街に帰しちゃダメよ!!」

『ギギッ!!』


結果、子供たちは森の動物と魔物を駆逐してしまった。

そして、恐れていた事が…



「よ、よりにもよってあの、黒目の子供が来ていたなんて…。あと、ちょっとだったのに…」

『ギュ…』

「す、すぐに対策を講じないと!!」


私は焦った。

あの子供も脅威だけど…それ以上に恐ろしい魔女と魔術師という存在がいる事を知っていたからだ。

私の存在も…名前も。…きっと知られてしまった。

この名はきっと、ペチュカの記憶にある最強の魔女の呼び水になってしまうだろう。そうなれば…終わりだ。


対向する手段があるとすれば1つだけ。

あの黒い瞳を我が物にして、あの街を飲み込んで…誰も手を付けられない程に成長することだけだった。


私は、この巣から離れる事が出来ないから…



「やるしか…ない。」


死にたくない。

その脅迫的な意志に従ったまでだった…


………

……






『ギュー…』

「…そう。ヴァル兄も…」


私は必死に戦った。けど…



『…』

「…」


あと、私に出来ることがあるとすれば…2つだけ。



「命乞い…か。果たして、あの人に通じるか…」

『キュー…』

「あとは…」


………

……






「・・・う?地下室・・・」

『…』


「お嬢~!」

「・・・う?なぁに?ガブさん!」

「…あぁ!こんなところに居たのかい?そろそろ姐さんが帰るって!!」

「・・・ん!でも・・・」

「地下室…見つけたのかい?」

「・・・ん。まだ調べてないけど・・・」

『…』


「う~ん…でも、ま。糸も張られていないし…卵も無い。魔物の気配も感じないし…大丈夫じゃないかな?」

「・・・そう?」

「…どのみち、姐さんの魔法に巻き込まれるだろう?」

「・・・それは・・・分からないけど・・・」

「それより!速くいかないとボクらも巻き込まれちゃうよ!!ほらっ!」

「・・・わ!ぅ、んぅ!」


母たる私が最後に出来る事といえば…



『………ぎ』


…愛し子に希望を託す事だけ。

林檎です。


半年間にわたるアラクネを巡る闘い・・・お疲れ様でした。


1st Theory も残すところあと、ちょっと。

もうしばし、お付き合いくださいませ。



もしよろければ、

ご評価、ブクマ、ご感想いただければ幸いです。

・・・よろしくね。

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