Chapter 051_雨の行方
林檎です。
本話。いつもより短めです。ご了承くださいませ。
「お願いよ…っ。も、もう。人を襲わないわ。この森も去るわ。…や、約束する!」
アラクネは・・・その容姿も、声も記憶に残るペチュカさんと同じだった。
確かにアラクネは、素体の記憶や知識だけでなく容姿も受け継ぐと聞いていたけど・・・面影が残る。なんて物じゃない。完全に・・・
「だからお願い…。許してっ…」
そして、涙ながらに訴える彼女の姿は・・・魔物と分かっていても非情を誘った。
ペチュカさんの事をよく知るみんなにとっては、余計に・・・だろう。
「お願い…します…」
敗北を認め命乞いをするその涙は、思わず見とれてしまう程美しく、そして哀れだった。
「・・・」
許してもいいのでは・・・と。
ちょっとだけ、思ってしまう程には・・・
・・・けどね。
「ふ~…『リブラリアの理第1原理』
けど・・・ここまで私の街に被害をもたらした魔物を逃がすなんて事・・・できるはずがない。
一体、何人が犠牲になっていると思っているの!?
何十人があの街を去ったと思っているの!?
何百人が傷ついたと思っているの!?
どうして師匠が、こんなにも辛い役目を果たさなければならないのだと・・・思っているのよ!!
「…っ!?そ、そんなっ!おっ、お願いよっ!!」
・・・それがお前に分かるのか!!
「時間を稼ぐよ!『林の願い 原始の森を往く』ブレス!!」
『ギッ!?』
時を同じくして、ガルさんは剣を手にジャイアントタランテラへと駆け、同時に突風魔法を唱えた!
「『林の願い 原始の森を往く』ブレス!・・・セドにゃん!!」
「にゃっす!」
『ギャ!』
もう1匹のジャイアントタランテラには私が突風魔法を唱える!
接近戦をセドにゃんにお願いしようと声をかけたけど・・・彼はその前に動いてくれていた。
さすがっ!
「『礫よ 穿て』グラベルアロー!!」
「きゃぁあ~っ!?」
ディミトリさんはアラクネに向けて礫矢魔法を行使!
『綴られし定理を今ここに』
ジャイアントタランテラはガルさんと私の魔法で距離を取らされ、アラクネはディミトリさんの礫矢でダメージを受けて子蜘蛛を抱えたままその場にうずくまった!!
その隙に師匠の詠唱は進み、そして・・・
「ぜりゃぁ!」
『ギギッ!』
「せやっ!」
『ギヤッ!』
『煉獄よ』
ガルさんとセドにゃんは苦もなくジャイアントタランテラの歩脚を次々に切断。
「…。」
『万物に死を』
ディミトリさんは師匠の前に壁のように立ちはだかり
「あぁっ…いたいっ…痛いよぉ!」
「・・・すー『邪な願い 手足捕らえし 寄の枝 原始の森を這う』アイビー!」
「きゃあ!?ぐっ…こっ、このぉ!」
『万事に終焉を』
私は続けて木属性第4階位の捕縛魔法で、アラクネを子蜘蛛もろとも縛り上げる。
「せいっ…はっ!」
『万感に忘却を』
ガルさんはバランスを崩したジャイアントタランテラの顎にロングソードを刺し込み、そのまま切り上げて両断し・・・
「うー…にゃーっ!!」
『炎と炎と炎の檻で』
セドにゃんが木立に向って跳んだたと思ったら、その枝をバネの様にして勢いを付け、ジャイアントタランテラの頭にナイフを突き立てた。
「あっっ!?」
「・・・これは返してもらう。」
「そ、それは私のよっ!」
『永久をも熔かす絶縁の劫火』
最後に私が、アラクネが取り落としたペチュカさんの・・・発動子を・・・回収して、
「エクス…」
いよいよ歌の終わりが・・・ロジック(呪文の“呪文部分”の事)を唱えた師匠が、キー(呪文の“魔法名部分”の事)を唱えはじめた・・・その時、
「い、いやっ!助けて…助けてお母様!!」
泣き晴らしたアラクネが、その銀の瞳で真っ直ぐに師匠を見つめ・・・唱えた
「っ!」
師匠の詠唱は一瞬止まり・・・
「…プロージョン!!」
時計の針が一歩進んだのち
「いやぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!」
藍炎が彼女の罪を焼いた・・・
・・・
・・
・
「…終わったか?」
「アイマム!」
「…」
「にゃっす!」
「・・・ん。」
その後。私達はアラクネの巣の調査を行った。
巣にはまだ、沢山の卵と生まれたばかりのごくごく小さな蜘蛛たち。そして・・・なり損ないの傀儡が残されていた。
セプテンアルケー遺跡は長年にわたりタランテラ達が占領していたため、調査が済んでいない(“調査が済んでいない”どころか、その名前すら【使者】が齎した新情報だった・・・)。だから、本当なら専門家に調査してもらうべきなんだろうけど・・・内部は荒廃が進み歴史的価値がある物は見当たらなかったし、大量の子蜘蛛を放置する事も出来ない・・・と言うことで、遺跡ごと破壊することになった。
アラクネは卵が孵化する心配はない。なんて言っていたけど・・・それも信用出来ないしね。
「…よし。」
そんなわけで、アラクネの巣から少し離れて、その全景が見える場所まで離れた私達。
適当な頃合いで師匠は振り返り・・・
「ふ〜…『茜よ 空を染めて 大地を染めて 熱と光で命を濡らす それは夜の帳 または太陽の残り香 西よりいずる光炎の時雨』トワイライトスコール…」
しっとりと・・・唱えた。
「終わった…な…」
火属性第7階位・・・夕立魔法・・・
アラクネの築いた糸の城は、師匠が唱えた1つの魔法で今、焼き尽くされようとしていた・・・
『ポッ…ポッ…』
遺跡の空の上を広く覆いつくす茜色の魔法印から炎の雨が、ポツリポツリと滴りはじめ・・・
『ザァァー―――ッッ…』
すぐに音をたてて土砂降りとなり、遺跡を、糸を、卵を、子蜘蛛を、亡骸を・・・焼いた。
「「「「…」」」」
文字通り“火の雨”を降らせるこの夕立魔法・・・
魔法印の下はあっという間に火の海となり、最強の火魔法使い・・・【煉獄の魔女】の名を冠するこの人にふさわしい景色を生み出した。
けど・・・
「・・・きれい。」
けど、雨上がりの西日に照らされる森の真ん中に降り注ぐ炎の時雨は・・・圧倒的で暴力的で破滅的な筈なのに・・・美しかった。
「…っ………」
まるでそれは、乱暴な態度で接しながらも、みんなを愛し、見守り、心配し、最後まで背負ってくれるこの人の涙の様に・・・熱い赤い光を放っていた。
「…っ……ぐ…」
「「「…」」」「・・・」
その背中を私達は、なにも言えずに見守っていた・・・
・・・
・・
・
「・・・すー」
師匠の魔法が発現していたのはわずか1分。それで十分だった。
次は・・・私の番。
「・・・はぁ~」
後始末は・・・あなたの弟子が、務めさせて頂きます。
「『慈雨よ そなたは春の告げ人 蒼き空より降り注ぎ 葉先に下りて碧を染め 大地に下りて青濡らし ただ、春を告げる』スプリングシャワー・・・」
消えかかっていた師匠の魔法印と入れ替わるように・・・
『ポッ…ポッ…』
西の茜と、東の夜闇の真ん中に展開した巨大な青い魔法印からは、静かに雨が滴り・・・
『サァァーーーーッッ…』
炎を消し、戦いの余韻を冷ましていった・・・
「・・・」
どうか・・・
「…っっ…」
・・・どうか。
この雨が、全てを許してくれますように・・・
コッソリ挿絵を追加です!!
(2023/06/18)




