Chapter 049_5人対1万匹
「…この先か?」
「にゃっす。…か、数えきれない程の魔物の気配を感じますにゃ…」
「ごくっ…」
「…」
風雨の月2日。天気は雨。
「・・・隠れてる?」
主のいる森の最深部にあるセプテンアルケーという遺跡まであと半日・・・。という場所には、ぽっかりと・・・木の生えていない開けた広場がある。
私達が今いるのは、その広場の入り口だ。
ガブさんの予想では、ここが蜘蛛達の最後の防衛線。苛烈な抵抗に遭うだろうとの事。
そしてセドにゃんは、沢山の魔物の気配を感じているらしい・・・
「にゃっす、お嬢様。姿は見えなくても、囲まれてますにゃ…」
「…フォニア。こういう時は獣人の、野生の感を信じろ。」
「・・・はい。・・・疑ってごめんね。セドにゃん。」
「にゃんのにゃんの!」
獣人は人間より身体能力と感覚が優れていると言うし・・・本当の事なのだろう。
試しに、雨が降っているせいで落ちていた纏風魔法の出力をあげて、風の動きを読んでみると・・・
「・・・」
なるほど・・・ね。
「…姐さん。どうしますか…?」
師匠にそう聞いたのはガブさんだ。
遠回りすれば広場を巻くことも出来るけど・・・
「…わざわざ戦いやすい舞台を作ってくれたんだ。ご招待にあずかろうじゃないか…」
「あ、ちょっと!」
「に、にゃぁ…」
獰猛な笑みと共に師匠は広場へと足を踏み入れた。
「・・・ん。」
もちろん私もあとに続く・・・
「…っ」
「あにゃぁ…」
「はぁ…。あの師匠あってこの弟子あり…か。…ボクらも行きましょうか…」
「…」
「にゃっす…」
・・・
・・
・
「…さて。どう来る?」
「・・・」
「…」
「…」
「にゃ〜…」
広場の中央で師匠は足を止めた。
『…』
風もなく、ただ地面を湿らせるだけの細雨が降る森は静かだった。
サッカーが出来そうなくらい広い広場は薄く烟り、幻想的ですらある。
けど・・・
「い、います…ね。」
「…。」
「け、気配が濃くて、とても数え切れません。数千か…1万くらい、いるかもしれにゃい…」
「・・・」
纏風魔法が無くても分かる程の敵意が・・・殺意が。
私達に向けられていた。
私達5人か、蜘蛛1万匹。
負けた方が蹂躙された・・・と。間もなくリブラリアに綴られる事だろう。
「…」
きっと、蜘蛛たちも必死だ。
ここを突破されたら後は無い・・・その事を理解しているに違いない。
だからこそ、私達にゲリラ戦では敵わないことを悟り、こうして決闘を仕掛けてきたのだろう・・・
「・・・すー、はぁ〜」
私だって必死だ。
ここで負けたら後がないのはお互い様。
だから・・・受けてたってやる。
「き、来まし…た。」
「…」
「にゃ〜…」
生きる為に全力を尽くす。
それは生物としての本能であり・・・理だ。
「…よし。打ち合わせ通りにいくぞ。」
「アイマム!」「…!」「にゃッス!!」
「・・・ん!」
あぁ・・・安心安全と引き換えに生きる実感を失った異世界に比べて、なんて・・・
「…フォニア。」
「・・・う?」
なんて・・・
「…任せたぞ。」
・・・なんて。
「・・・はい!任されました!!」
なんて生き甲斐があるのだろう!!
「・・・すー『森の願い』・・・」
「ふぅ〜…『残火よ』…」
私が唱え始めたのはガブさんに教えてもらった風属性第6階位の旋風魔法。
そして師匠が唱えたのは火属性第5階位の残火魔法。
『木々を縫って 環を描き』
『復讐の時は来た 募りし恨み』
師匠が唱えているのはルボワ防衛戦で傀儡が唱えた・・・あの魔法だ!
『巡り巡って 時を成し』
『燃え上がらせる 悔恨の炎』
あの時はこの魔法の事を知らなかったかし、簡単に消火できたから脅威に感じなかったけど・・・それを知った今なら、なぜ騎士団の皆さんやおじいちゃんが逃げろと言ったのかよく分かる。
この魔法が発現させる“なかなか消えない炎”はとにかく厄介だ。傀儡のはそうでもなかったけど・・・高レベル術者である師匠が唱えると、とにかく凶悪。
しかも今回は、この魔法と相性がいい旋風魔法をアンサンブルする。
師匠とガルさんによると、このコンボは強力な事で有名で、集団戦・・・特に、周囲を敵に取り囲まれた状況で、途轍もない効果を発揮するとのこと。
だからこそ、今ここで唱える!
「あ、姐さん…お嬢…。…頼みます!」
「…!」
「ち、近づいてきたにゃ〜…」
そんな私達の魔法が間もなく完唱する・・・その時!
『ふ、ふふぁ…ファイアーボールぅぅぅ~uuuuu!』
「「「!!」」」
正面から不快な声と共に火球が飛び出した!さらに、
『ヴぉっヴぉヴぉヴぉヴぉうぃヴォー…ヴウォーターはアローぉーー!!』
同じ方向から水矢魔法まで放たれた!
けどっ!
「させるかっ!『林の願い 北の森を往く』ブレス!!」
「…『泥よ立て 礎をなせ 積み上がれ』ハウル!!」
「さすがにゃっ!!」
ガルさんの突風魔法で火球は飛び散り、ディミトリさんの築壁魔法で水矢はすべて防がれた!
そしてっ!
『原始の森を往く』
「スプリッドォォ!!」
先んじて、師匠の残火魔法が発現!!!
「うをぉら!ケシズミどもぉ!!本物の炎をとくと味わうがいい!!」
師匠のレイピアの先から扇状に、紅蓮と藍色が織り重なった幻想的な魔法印が展開!
即時、魔法印の上に炎が舞い踊る!!
『 』『 』『 』
蜘蛛たちの足音も、悲鳴も、亡骸さえ燃やし尽くす圧倒的な炎が目の前に拡がり、魔物達はなすすべもなくその餌食となっていった・・・
・・・けど、本番はここからだ!
「サーキュレーション!!」
遅れて私が旋風魔法を完唱すると私達の周りを取り囲むように、巨大なドーナツ状で半透明の筒・・・風の通り道となる【風洞】・・・が現れ、さらに私から見て前後左右4か所にはドームの断面円に3枚羽のプロペラが2重に重なった魔法印が展開された。
そして・・・
「・・・廻れ!」
上へ向けたままの短剣を手の平で回して魔法を発動させる!!
すると、2枚4群のプロペラが一斉に回転を始め
『ブゥンッ!!バッ…ッパッパッパパパパパァァァ――――ッッッ!!!』
2重になっているプロペラはそれぞれ逆回転をする・・・いわゆる、二重反転プロペラだ。広場全体に風を循環させるには大きなプロペラが必要なんだけど、大きくするに従って、プロペラが回る時に生れる反作用力・・・カウンタートルクが問題となる。
魔力を投入すれば反作用力なんて、どうとでもなるけど・・・でも。それは“魔力で力押ししている”って意味だから“スマートじゃない”って思わない?
スマートさ重視の煉獄の魔女の弟子としてはいただけない!
そこで導入したのが二重反転プロペラ!
逆回転するプロペラ(ただし、片方のプロペラの羽の向きを逆にしてあるため、風の向きは同じになる)がカウンタートルクをお互いに打ち消してしてくれるから、大きなプロペラをスムーズに回す事ができるのだ!!
機構が複雑だから、めちゃくちゃイマジネーションの難易度が高いけど・・・でも!
『バパパパパァァ――――ッッッ!!!』
『ゴバアアアァァァーーーーーッッ!!』
威力は申し分ない!そしてスマート!!
「わ、わぁ~…」
「…」
「にゃぁ~…」
ドームの中ではタランテラがビュンビュン飛び交い、その下では風に煽られた師匠の炎がガンガン燃えていた。
「・・・」
その様子を眺めていたら、不意に・・・
「…ふんっ。おい、フォニア!お前の風、弱いんじゃないのか!?」
師匠がそんな事を言ってきた。
振り返って見るとイジワルな顔をしているから・・・本気で言っているわけでは無いのだろう。
けど、そっちがその気なら・・・
「・・・師匠こそ。ボヤのままだと、消しちゃいますよ?」
と、言い返してみる。
すると師匠は・・・
「くくくっ…消せるものなら消してみろ!」
『ゴバババババアアアアァァァーーーー!!!』
悪〜い笑顔でそう言って、更に火の勢いを強めたのだった。
む・・・
「・・・」
『パパパッパッ…バッバッババババァァァーーッ!!!』
だから私も、ちょ〜っとだけ回転数を上げてみる。
すると・・・
『!!?』
飛ばされずに耐えていたジャイアントタランテラまでもが動き出し・・・火だるまになって転がり始めたのだった・・・
「ふ、2人とも!もう止めたげてー!」
「…!」
「な、何も見えにゃい…」
私の旋風魔法は始めから師匠とのアンサンブルを想定していたので、単に空気を循環させるだけではなく、常に酸素の吸気と二酸化炭素の排気を行っている。
だから実は、風が吹けばそれだけ師匠の火の勢いが増す事になる。
今やドームの中は、師匠の紅蓮と藍色の炎が隙間なく循環する・・・火炎旋風が吹き荒れる地獄の様な場所になっていた・・・
「くっくっくっ…煉獄の炎はもっと熱いぞ?」
「・・・」
師匠、楽しそうだね・・・
林檎です。
師匠と弟子のアンサンブル・・・いかがでしたでしょうか?
二重反転プロペラとか、カウンタートルクとか、風洞とか・・・物理(科学技術?)用語も、ちょっとだけ出してみました。
難しかったでしょうか?
でも…ヒコーキとか好きな人には「堪らん!」な用語ではあると、思いますので…
ビビッときたら検索してみて下さいね!
お楽しみ頂ければ幸いです。
ご評価、ブクマ、ご感想いただければもっと幸いです!
・・・よろしくね XD




