Chapter 042_炎と雨
林檎です。
誤植がありましたので修正しました。ご迷惑をおかけしました。(21/10/20 20:45)
「フォニア!!奴は火と木を宿している!!気を付けろ!!」
「・・・ん!」
おじいちゃんの忠告を背中で聞きながら、自由落下を始めた蜘蛛に注目する。
「おじょぉ様ぁ…お助けぇ…」
「じゃ、ジャメル情けな、!っつぅぅー…」
「・・・ゴメンね。もうちょっとだけ待って!」
3人とも酷いケガだ。ロクサーヌさんとおじいちゃんはかなり出血している。一刻も早く診ないと・・・
それに、来る途中にはしゃがみ込んでいる人や怪我をしている人もいた。
早く終わらせなきゃ・・・
『『ゲギャグギャ…』』
「・・・」
このジャイアントといい、昨日のといい、先日の使者といい・・・傀儡の行使する魔法は妙に火魔法に偏っている気がする。
何か意味が・・・あるのかな?
「・・・すー」
ま、そんなの考えても仕方ないことかもしれない。相手はあくまでも虫。
きっと単純に、威力が高いから・・・
たまたま火魔法使いの素体が手に入ったから・・・
等という理由だけで選択しているのだろう。
けど、そっちがその気なら・・・
「・・・『業火よ』
「ふふっ…いいぞフォニア!やってやれ!!」
「お嬢様ファイッ!!」
「お嬢さまぁ…」
・・・意向返しで応えてやる!!
『ゲャっ!?』
『ギギ…ごgggごGoGO!!業火よよyy…』
負けるものか!!
『炎をもって火の粉を払い 熱を持って熱を奪う』
『ほ、ほほっほお…ほののほの…炎をもってぇ…』『ゲゲゲッ!?!?¥』
『焦熱の獄炎』
『もってMOtteēℇもってもって持って熱を奪うぅ』
傀儡の詠唱は遅い!
これならっ!
「バーっ・・・」
詠唱の最後に、魔法名でもあるキーを唱えて完唱させようとした・・・その瞬間!
「エクスプロージョン!!!」
もう1つの、特大の炎が雨を焼払った・・・
・・・
・・
・
…
……
………
「お母―様っ!」
「…」
「ね~…魔法を教えてっ!お母様の魔法!!」
「…」
「えっ!?役に立たないって?そんなことないよぉ!?」
「…」
「そ、それは…そう…だけど………。でもっ!お母様に教えて欲しいの!お母様の…魔法を知りたいの!…ダメ?」
「…」
「ホントっ!?」
「…」
「やったぁ~!じゃあ、じゃあ!!やっぱり…お母様といったら…」
「…」
「…うんっ!!」
………
……
…
…
……
………
『タタンタタンッ、タタンタタンッ…』
懐かしい…夢を見た。
「はぁ…ふぁぁぁ~~~ぁっ~~~…」
あの子が学校に通う前だから…そうか。
あれからもう、6年も逢っていなかったのか…
『タタンタタンッ、タタンタタンッ…』
6年…か。
出来れば、こんな形で逢いに行きたくはなかったが…
『タタンタタンッ、タタンタタンッ…』
せめてこの瞳で…
『タタンタタンッ、タタンタタンッ…』
この喉で…
………
……
…
・
・・
・・・
「エクスプロージョン!!!」
「・・・んぅ!?」
「なっ!?」
「なな何ですかぁ!?」
「…魔法!?」
蜘蛛が着地した、まさにその瞬間
女性の高らかな声と共に、巨大蜘蛛を丸ごと包む球形の・・・紅蓮の色をした、複雑で多重に折り重ねられた魔法印が展開!!
『ゲギャゲギャゲギャッッッッ!!?!?!?』
蜘蛛が身じろぎをする間もなく・・・
『カチィンッ!!ドグゥォォォォーーーーーーーーーーーンンッッッ………!!!!!』
閃光と共に火打石を打つような鋭い音が鳴り響き、魔法印内部で紅蓮の炎が舞い踊った!!
「わ!」「なぁっ!?」「ぎゃぁーーー!!」「きゃぁあ~!!!」
あまりの音に、光に、衝撃に熱に!!
前を向いていられなかった私は詠唱を止め、顔を覆う。
眩しぃ~!!
「・・・うぅ・・・う~?」
しかしすぐに違和感に気付く。
「あ、あれ?熱く…ない?」
「こ、こんなに凄い炎…なのに…」
最初こそ猛烈な閃光と音、そして衝撃が襲って来たけれど・・・それは、ほんの一瞬の出来事だった。
目の前で・・・複雑な魔法印が織成す球の中で乱舞する激しい炎からは、熱も衝撃も伝わらず。ただ、ゴーゴーバチバチと、煉獄の叫びだけが響いていた・・・
「・・・」「「「…」」」
中の蜘蛛がどうなったかなんて・・・誰の目にも明らかだった。
この圧倒的な炎に敵うモノなんて・・・
「・・・う!?」
「あ…」
「消えちゃ…た…」
数十秒・・・いや。十秒も経たたずに魔法印は収束し、最後はシャボン玉のように『パチンッ…』と消え去ってしまった。
跡には当然、蜘蛛の面影など残らず。それどころか・・・球形にスッパリと抉り取られた地面だけがそこに残り。思い出したように雨に濡れ始めた・・・
「ぐっ…」
「っつぅ…」
っと、いけない!!
「・・・治癒するね!!」
あまりの光景に目を奪われて忘れていたけれど、みんな怪我をしている!
すぐに手当てしないと・・・
「・・・ロクサーヌさんから・・・」
「あ、ありがと…」
出血が酷いロクサーヌさんの診断を始めようと近づくと・・・
「…おい。」
剣を鞘に仕舞う音と・・・こちらに近づいて来る足音。そして、先ほどと同じ女性の声が背中から投げかけられた。
「あなたは…」
「さ…先ほどはありがとうございました!!」
先ほどの魔法の術者に違いない。
ロクサーヌさんの所見を取りながらその気配を背中で感じていると・・・
「…キサマだ小娘。聞こえないか?」
どうやら私に用があるらしい。けど、今は・・・
「・・・聞こえています。でも今は・・・『祈り込めて擁する』ダイアグノーシス!」
「…んなっ!?」
ちゃんと振り返ってお礼を言うべき・・・とは思う。けど、今は治癒の方が優先。
それを分かってもらう為にも、背中の人物にも聞こえるように診断魔法を唱える
「小娘、キサマ…。噴水魔法を唱えたのはキサマだな?先ほども業火魔法を唱えようとしていたし、治癒魔法まで…」
「…先ほどは危ないところを助けていただきありがとうございました。ですが…」
「お嬢様は治癒に専念して下さっております。今はお待ちを…」
私の代わりにおじいちゃんとジャメルさんが答えてくれた
「ほぉ。ふふふ…。いいさ。終わるまで…そうだな。そこら辺の魔物でも狩って待っていてやろう。」
そう言って、その女性は遠ざかっていった。
「お、お嬢…様…今のお方は…」
・・・うん。ロクサーヌさんの言いたいことも何となくわかる。
なんとな~く・・・予感が。
・・・でも、
「・・・ロクサーヌさん。時間がないのでこの場で治癒を行います。完全に治すには、かなりの・・・一生忘れられないくらいの痛みに耐えてもらわなければなりません。それでも・・・やりますか?」
「っ…お、おねがい…します!」
今は・・・こっちが最優先だ!!
・・・
・・
・
「トリートメント!!」
「ぐはっぁっ!!…っ…つぅ~……がっ!はぁ~、はぁ~。はぁ…あぁぁ…っくそっっ!!」
「・・・お疲れ様でした。おじいちゃん。」
「はぁ~………こ、これほどとはな…。ロクサーヌ。お前もよく耐えたな…」
「耐えたというか………泣き叫んじゃいましたし…ね…」
申し訳ないけど、2人にはトラウマ級と名高い無鎮痛での上級外科処置魔法を施術させてもらった。
一命を取り留めるだけなら下級治癒魔法で止血するだけでいいんだけど・・・それでは2人の足と手を元に戻す事が出来ない。どうしても上級が必要だったのだ。
残念ながら、今の私では同時に2つの高位治癒魔法・・・外科処置魔法と鎮痛魔法・・・を行使することが出来ない。魔力量の問題じゃなくて・・・単純に技術の問題で。
「・・・痛くしてごめんなさい。」
「そ、そんなっ!お嬢様のお陰でこうして、また立つ事ができたのです!感謝に耐えません!!どうか謝らないで下さい!」
「まったくだ。…ありがとう、フォニア。」
相手の体を治せても、心を傷つけてしまったら元も子もない。だから本当は、鎮痛魔法と同時行使をできるようになりたいんだけど・・・ね・・・
「・・・ふぅ~。・・・それじゃあ、次はジャメルさんを。」
「ボ、ボクは結構ですっ!!」
「・・・う?」
2人に比べて軽傷だったジャメルさんには申し訳ないけど待ってもらっていた。けど、それも終わったので治癒術を始めようと振り向いたところ・・・断られてしまった。
「ボ、ボクは軽傷ですから…」
「・・・でも、立てないし・・・痛いでしょ?・・・それ、骨、折れてる。」
ジャメルさんは“2人より軽傷”というだけで、決して軽い怪我ではない。
足首が大変な方向に曲がってますよ?
「だ、だだだだ大丈夫ですとも。えぇ!!これくらい!!」
「・・・怖い?」
「こ、ここここkk怖くなんてぇ…」
「・・・じゃあいいよね?それに・・・ジャメルさんは2人ほど痛くないはずだし・・・」
「えぇっ…。で、でも…ちょっと…」
気持ちはわかるけど・・・
「・・・治さないと動けない。・・・おじいちゃんに背負ってもらう?」
東門まで行けばイレーヌがいるから何とかなるんだけど・・・
「新兵。何事も経験だぞ?」
「…ジャメル。いいからここで治してもらいなさい。命令。」
「えぇぇぇ~…!?そ、そんなぁ…」
「・・・嫌ならやめる?」
治癒術は信頼の魔法と言われている。
それは、人の体には多少の差こそあれ魔力があるから、本来なら魔法を発現できない(対象の体を“内側から”爆発させたり出来ないのは、このため。魔法はあくまで“外側から”対象に作用している。)んだけど、治癒魔法だけは対象の体の内側で発現させる魔法だからだ。
対象が術者をある程度、信頼していないと治癒術は通りにくくて・・・魔力を多く込めれば不可能じゃないんだけど・・・効率が悪い。
本人が嫌がっているなら、あまり積極的には・・・
「甘えるな新兵!周りを見ろ!!キサマを担いでなどいられるか!?」
「そ、それは…」
「ジャメル。自分の仕事を忘れるな。その身体で何が出来る?」
「…」
私は・・・何も言わないけどね。
「っ…」
けど、2人に言われたジャメルさんは辺りを見回して・・・
傷だらけの自分の体を見て・・・
「…」
最後に、私の瞳を見つめ・・・
「…お、お嬢様っ!!」
唱えた・・・




