Chapter 038_蜘蛛のオモチャ
林檎です。
本話。ちょっと長めです。ご了承くださいませ。
『ォォォォー…』
「・・・」
ボンヤリと霞む視界の向こうでは、みんなが戦っていた・・・
「積年の恨み―!!」
「うぉら、どーしたぁ!!攻めてきたんじゃねーのかこん畜生!!」
「死ねー!!死、あるのみー!!」
「テメーらのせいで大赤字なんだぞっ!賠償しろー!!」
みんな溜まってたんだなぁ・・・なんて。
フワフワした気持ちのまま見つめていると・・・
「…フォニア。大丈夫か?」
「・・・う?」
「ほれ…」
「・・・んぅ。ありがと。・・・だいじょ・・・ぶ・・・」
落ちそうになった毛布を巻き直して心配してくれるおじいちゃんに、答える。
でも実は・・・さっきからボーっとしちゃって大丈夫じゃなかったりする。はっきり言って眠い。
昨日もたっぷり寝たんだけど・・・急に、どうしちゃったんだろう・・・?
「…あれほどの超大規模魔法を連続して唱えたんだ。魔力酔いも致し方あるまい。…辛かったら寝ていいんだぞ?」
魔力酔い・・・そうか。これが魔力酔い・・・
魔力酔いは魔力を使い切ったり、急に多量の魔力を消費すると起きる体調不良の事だ。
これまでなったことが無いし、魔力酔いが原因で治癒院に来る人もいないから詳しくないけど・・・気持ち悪くなって、酷いと気絶する事もあるらしい。
確かに今回、私が消費した魔力はこれまでで最多だ。
魔力酔いは病気ではなく一時的な症状に過ぎない。ちょっと休憩すれば治ると言われている。
だから・・・でもっ・・・
「・・・んっ、んーん!・・・大丈夫・・・だか、ら・・・。」
・・・それでも、かぶりを振って大丈夫と答える。
「…そうか。無理はするなよ。」
ここで眠ってしまったら・・・魔法から意識を外してしまったら、すべて水の泡だ。
涼しい気候とはいえ、いま魔法を解いてしまったら少なくない魔物が再び動き出してしまう。
「おーい!こっちも応援頼む!!」
「了解―」
「この蜘蛛…手足が少し動いてないか?」
「え…あぁ。それはレッサーじゃなくて、普通のタランテラでしょ?体が大きい分、体力があるんじゃないかしら…?」
「そうか。…ま、オレの敵じゃないがな!」
「うふふっ。私の敵でもないけどねーっ!!」
味方の部隊は既に魔物の群れの奥深くまで進んできている。
魔物をすべて始末するまでは、とても・・・
「・・・ん!ホントに大丈夫っ!」
おじいちゃんを振り返りながらそう答えると・・・
「…先生。」
「おぉ、ロクサーヌか!」
「お嬢様―!!お待たせしましたー!!」
「・・・ジャメ・・・さん。」
ロクサーヌ・シェバリエ・リシェさんと、ジャメルさんが傍にやって来た。
2人とも、しばらくこの場から動けない私とおじいちゃんの護衛役の騎士団員だ。
途中の魔物を倒しながら来てくれたのだろう・・・
「お怪我は…」
「無論、大丈夫だ。よく来てくれたな。」
「いえ。遅くなり申し訳ありませんでした…」
このロクサーヌさんは20代前半の女の人なんだけど、先の戦争で武勲を上げて閣下(領主様の事)から騎士位を叙爵(爵位を授かる事)された凄い人。
美人な上、いつもクールでとってもカッコいい。私もこういう大人になりたいなぁ・・・
「お嬢様っ!お腹空いてませんか?…ほら、デニッシュ!!食べます!?」
「・・・食べる。」
「なんとボクの手作りです!!兵舎の竈で作っちゃいました!!ご賞味あれ~~~!!」
「・・・・・・ありがと。」
もちろんジャメルさんも好きだよ!
使者の事件以来仲良くしてくれるし・・・パンもくれるし!パン男子・・・最高じゃないか!!
・・・
・・
・
「…」「…」「…」
「・・・もにもにもに・・・」
作戦は順調に進んでいた。
「せりゃぁーーー!!」
「す、すげぇ…巨大蜘蛛を、たった一人で…」
「お見事!さすがクロエ殿!!」
「ふぅ…。硬いのは確かだけど…手ごたえないわねぇ…」
少し離れたところではクロエお姉様がジャイアントタランテラの頭をスピアで貫き倒し・・・
「見て見てアベルぅ!…ほらっ!乗れた!!」
「おっ!オレも記念に…」
「アベルは前にも乗ってたじゃ~ん!?」
一方では東門のジュリーさんが大きな蜘蛛のオモチャに登って遊んでいた・・・
「いかんのぉ…」
「…ですね。だいぶ弛緩してきたようです。」
「もはや“作業”ですからねぇ…」
「・・・もくぅ・・・」
迷霧魔法と霜魔法のコンボが予想以上に効果的だったみたいで、普通のタランテラはおろか、ジャイアントタランテラまでもが殆ど動けなくなっている事が分かってきた。
時間が経ち魔物が脅威ではないことが分かると、殲滅戦に参加していたみんなの緊張感も薄れ、いつの間にか“蜘蛛のオモチャを壊すだけの簡単なお仕事”になっていた。
「おっ!こいつ動いてんぞ!?」
「しぶとい害虫め~!」
「くらえっ!!ふぁいあーぼ~る!」
「ぷっ…火球出てないじゃないっ!!」
「しかも剣で突き刺してるしっ!」
「気分だよ!きーぶーんっ!!…火魔法は氷を解かすからって、禁止されてるしなぁ!」
「ほらぁ~アベルもおいでよぉ~!」
「ジュリー、真面目にやれ!」
「そうよ!いくら弱ってるからって、油断しちゃダメよ!」
「えぇ~…。でも、全然動かないし…もう死んでるんじゃないかなぁ?おでこに傷もあるし…」
「「「「「…」」」」」
そんな市民や冒険者の様子を騎士団の人たちは苦々しく見つめていた。
立場的に市民は騎士団に協力してくれているボランティアだし、冒険者はギルドの依頼を受けているから・・・騎士団はどちらにも強く言う事が出来ない・・・
「…くぉらぁ、そこの冒険者ぁ!!なにを遊んどる!?!真面目にやらんかー!!」
「っひゃっ!?」
「「「は、はいぃっ!!」」」
若干1名、例外的なお祖父様がいたけどね・・・
「お前だ、女ぁ!!サッサと下りんかぁ!!」
「…言わんこっちゃない。」
「ほら、ジュリー!!早く下りなさい!」
「ちぇ〜っ…フォニアちゃんのお祖父様。怖ぁ〜い」
お祖父様が怖いというのは同感だけど・・・ジュリーさんも大概だと思うよ?
「…ほ、ほらジュリー!みんな言ってるし…もう下りろって。」
「はぁ〜い…」
ジュリーさんの奇行に、周囲からは苦笑いが聞こえていた。
お祖父様以外、本気で怒っている人なんていなかった。
それくらい、戦場は緩んでいた・・・
だから・・・私達の反応は遅れた。
「ヒーヒュヒュンッ!!」
「わ」
「おぉうっ!?」
突然チェスが嘶き、後ろ足で立ち上がった!!
「…こ、こらっ!シュリル!?」
「ぎゃぁ〜」
ロクサーヌさんとジャメルさんの馬も突然暴れだし・・・何かに怯えてる!?
おじいちゃんに強く抱きしめられて見た、揺れる視線の先では・・・
『はhhhaнハハハハはは』
「へっ!?」
『ははは、はー林の願いブレスぅぅ!!!』
恐れていた・・・はずなのにっ!?
「っ!?きゃぁぁぁーーっっっ!!!」
「「「ジュリー!?!!!」」」
誰も予期できなかった、蜘蛛の反撃だった!!
「「「「「なにぃっ!?!?」」」」」
蜘蛛の額からボコッと剣が現れたかと思うと、同時に詠唱が聞こえ、突風魔法が発現!
直撃したジュリーさんはそのまま、大きく吹き飛ばされてしまった!!
「きゃぁぁぁーーーーーっっ!!」
「ジュリーーー!!!」
森の方へ吹き飛ばされたジュリーさんをアベルさんが追いかける!
「くそぉっ!」
「ど、どうして!?唯のジャイアントじゃ…ない!?」
「知るかっ!!とにかくやるぞ!!」
「なっ!?ジ、ジャメル!!お嬢様を!」
「イエッサーっととと…」
「もうっ!!しっかりしなさいっ!」
「見ろ!!冒険者がやられたぞ!?」
「何っ!?」
「ま、まだ生きているのか!!?」
「まさか、俺の横にあるコイツも…」
「に、逃げろっ!!」
「…いかん!クロエ!!」
「今向かってるわよーー!!」
「総員。市民を守れェェェ!!!」
「「「「おぉぉぉーーーーーっっ!!!」」」」
『ヒュブブブッ!』
「あぅぅ・・・」
「大丈夫かフォニア!!…これ、鎮まれチェス!!」
『ヒュフッ!』
辺りは一瞬で混乱の坩堝と化した。
動かないはずのジャイアントタランテラが唐突に魔法を行使し、この街で最高位の冒険者が攻撃を受けたのだ。
たった、ひと唱えで・・・戦場は一気に傾いた
『t-tttたたたn』
「ま、まずいっ!!また唱え始めたわよっ!!」
『Ñnnnのーmのここn』
「なにっ!?詠唱が2つ聞こえる…だとっ!?」
傀儡は・・・複数の人間の体を継ぎ接ぎすれば同時にいくつもの魔法を詠唱する事だってできる。
『たたたた…種の願い!』
『n…ののっ残火よ!』
「「「「「まずいっ!!」」」」」
「逃げろっ!!」
「総員てったーい!!」
「急げ!!走れェェェ!!!」
「・・・う!?う!?」
詠唱が始まった途端、騎士団の人たちの態度が一変した。
片方・・・『種の願い・・・』と続くのは風属性第3階位の風矢魔法だ。この魔法は目に見えない空気の塊をぶつける魔法だから、確かに厄介だけど・・・そこまで強力な魔法という訳でもない。
多分、今問題になっているのはもう一つの魔法。私は知らない呪文だけど・・・そんなに凄い魔法なの!?
「くそっ!!チェスぅぅ!!落ち着けっ!!走れぇっ!!」
「・・・ね!あれ、何て魔法!?」
「お嬢様っ。今はそれどころでは…」
『kkkkか彼の地を目指してぇ…』『府不腐ふ…復讐の時は…』
「ひぇ~~っ!!」
「にげろっ!!逃げろ逃げろっ!!」
「た、助けてくれぇ!!」
「・・・分かれば反撃できる!!教えて!!何属性の何て魔法!?」
私が知らないという事は第5階位以上の魔法!
だとすれば発現まで、まだ時間があるはずだ!!
馬に乗っている私達はいいけれど・・・徒歩の皆はもう間に合わない!
やるしかない!!
「か、風属性の風矢魔法と…」
「火属性の残火魔法です!!」
『aaaaa蒼碧藍アオああああ青き森を往く』『Tτtつつツツツツttt…つつ募りし恨みぃ…』
「急いでっ!!」
「はいっっ!!」
「逃げるぞっ!!」
やっぱり火属性・・・でいいのね!!
ならっ
「・・・んっ!!」
「フォニアっ!」
「「お嬢様っ!!?」」
「何をしとるかぁ!!」
フォニア!唱えますっ!!
次回!
Chapter 039_戦場の中心で愛を叫ぶ!!
~私の呪文を聞けぇ―!!~
乞うご期待!
※小説の内容は予告なく変更される可能性があります。
ご評価、ブクマ、ご感想。
頂けましたら幸いです!
・・・よろしくね ;>




